社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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偽婚約解消

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「明日の歓迎会だけど、予約してる店から連絡があって」
「はい、なんでしょう」
「うちの営業部の二課とかぶってるらしい」
「えっ、二課とですか?!」

まさかのバッティングに気が遠くなり、危うくスプーンを落としかけた。

「人数が多いから貸し切りにして対応するんだってさ。二課がテーブル席を使って、うちが座敷を使うらしい」

その店は座敷とテーブル席を簡素なついたてで仕切られているだけなので、いやでもお互いの様子が見えてしまう。
また見たくない場面に遭遇してしまうのではないかと思うと気が重い。

「この時期はどこの部署も歓迎会があるだろうし、予定を変更するのは難しいからしょうがないな。みんなの都合もあるわけだし」
「はぁ……そうですね」
「それでどうせ貸し切りにするから、よそで二次会やるくらいならお安くしときますから時間を延長して使ってくださいってさ」
「わーお……良心的……」

なんとありがた迷惑な……!
できればテーブル席を見ないで済む席に座りたいけれど、一応役職就きの私は課長と一緒に上座に座ることになるだろう。
目を閉じるか下を向いていない限りは、常にテーブル席の見える席で、ひたすら歓迎会が終わるのを待つしかなさそうだ。
でも私のわがままで変更にするわけにはいかないからしかたがない。
明日は少しでもいやなことを考えなくて済むように、いつもより多めに強いお酒を飲んでやろう。
……ザルの私が酔えるかどうかはわからないけれど。

「それじゃ、そういうことだからよろしく」
「はい、わかりました」

食事を終えた有田課長はトレイを持って席を立ち、ひと足先に社員食堂を後にした。
私は残りのオムライスを平らげ、有田課長に渡すはずだったプリンを手に取る。
思いがけず私の元に戻ってきたということは、もしかしたら何かいいことでもあるのかもなどと思いながらプリンを食べた。
やっぱり千代子おばちゃんの作るプリンは絶品だ。
大人の男性まで虜にしてしまう、ほどよい甘さの甘すぎないプリンが優しく舌の上でとろけるような食感、そして甘さとほろ苦さの割合が絶妙なカラメルソースがたまらない。
次の一口を早く食べたくて、スプーンを口に運ぶ手が止まらず、夢中になってプリンを味わう。
プリンの美味しさを堪能してホッとひと息つくと、また誰かが私の目の前にプリンを置いた。
驚いて顔を上げると、すぐとなりに三島課長が立っていた。
そしてさっきまで有田課長が座っていた席に座る。

「あっ……お疲れ様です……」

口のまわりにケチャップやカラメルソースなんかがついていないかと、慌てて紙ナフキンで口元を拭う。

「お疲れ……。どういうわけか今日も買えたから、もし佐野に会ったら渡そうと思って買ってみたんだけど……」

プリンが大好きな恋人の下坂課長補佐に買ってあげるならわかるけど、どうして私に?

「私にですか?でも今食べたところで……」

三島課長の厚意は嬉しいと思うものの、お腹がいっぱいで、さすがにもうひとつは食べられそうにない。
三島課長は空になったプリンの容器を見つめている。

「……また先を超されたみたいだ」
「え?」
「ホントに俺はタイミングが悪いな」

プリンひとつでそんなに落ち込まなくてもいいのに、三島課長はがっくりと肩を落としている。

「すみません……。いただきたいのはやまやまなんですけど、もうお腹いっぱいで……。そうだ、下坂課長補佐に差し上げたらいかがですか?喜ばれると思いますよ」

私がそう言うと、三島課長は大きなため息をついた。

「そうじゃなくて……」
「え?」 
「いや、やっぱり自分で食べるからいい。無理に押し付けるのは迷惑だもんな。佐野は気にしなくていいよ」
「はぁ……」

三島課長はプリンを持って席を立った。
なんだかやけにプリンにこだわるなとは思ったけど、もしかしたらこの間も三島課長からのプリンを受け取らなかったことを気にしているんだろうか。
こんなことなら無理にでも有田課長にプリンを渡しておけば良かった。
しかし食べてしまったものはしょうがない。
私も食器を下げて社員食堂を後にした。


自販機コーナーでコーヒーを買ってオフィスに戻ると、奥田さんが私の隣に来て不在連絡票を差し出した。
つい先ほど、工場から私あてに電話があったらしい。

「ありがとう」

コーヒーを飲みながら内容を確認して、デスクの上の電話に手を伸ばす。

「佐野主任は有田課長と付き合ってるんですか?」

奥田さんは声を潜めて私に尋ねた。
あまりにも唐突すぎて、危うくコーヒーを吹き出しそうになる。

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