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偽婚約解消
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始業時間の5分前になんとか席に着き、急いで今日の仕事の準備を始めると、有田課長が私のそばに来て肩を叩いた。
「おはよう。佐野主任がギリギリに出社なんて珍しいね」
「おはようございます。すみません、ゆうべなかなか寝付けなくて、今朝は寝過ごしてしまいました」
「いや、まだ始業時間前だから大丈夫。良かったらこれ飲んで。佐野主任、いつもこれでしょ?」
そう言って有田課長は私がいつも飲んでいる缶コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます。いいんですか?」
「間違えて買ったやつだから遠慮なくどうぞ」
寝過ごしてコーヒーを飲む暇もなかったし、急いで来たから喉が渇いているので、ありがたくそれをいただくことにした。
「いただきます。ちょうど喉が渇いて……」
「お礼は社食のプリンでいいよ、同じ値段だし」
「えーっ……ハードル高い……」
ただでさえ入手が難しいラッキープリンをゲットできるほどの運が、今の私に残っているだろうか。
そんなことを考えていると始業時間のチャイムが鳴り、私は沈んだ気持ちを切り替えようと一気に缶コーヒーを飲み干した。
前日に失恋して泣いても、社会人として仕事に支障があってはいけない。
今日も一日、会社の発展に貢献すべく頑張ろう。
午前中は若手に仕事を教えつつ、自分の仕事をした。
新商品の売り上げはすこぶる好調なようで、営業部は発売当初の予定数より遥かに多い数量の製造を工場に要求している。
いくつかの工場に連絡を入れると、人員を増やして就業時間を伸ばしても、現場はもう休む間もないと嬉しい悲鳴をあげていた。
『この分だと次のボーナスは期待できそうですね』などと言いながら、工場長から生産現場の様子や出荷に対する改善要求などを聞いた後、『工場で働く人たちに無理がないよう、安全第一で頑張ってください』と言って電話を切る。
電話で聞いた工場の現状や現場からの要求などをまとめ終わる頃には、まもなく昼休みになろうとしていた。
若手の仕事内容に間違いがないか確認していると、昼休みのチャイムが鳴った。
今日は昼食を用意できなかったから、昼休みは外に食べに行こうかと思っていたけど、有田課長から見返りのプリンを要求されているので、仕方なく社員食堂に行くことにした。
三島課長が下坂課長補佐と一緒に仲良くお昼御飯を食べているところを見たらかなりへこむなとは思ったけれど、それは私にはどうしようもないことだ。
むしろ三島課長が幸せなら、後輩としては喜んであげるべきじゃないか。
三島課長と会ったときに下坂課長補佐が一緒だとしても、私はいつも通りに笑っていよう。
自分にそう言い聞かせながら、ラッキープリンをゲットするために財布をつかんで社員食堂へ走った。
社員食堂に着くと、券売機の前にはお腹を空かせた社員の長蛇の列ができていた。
しまった、出遅れたか。
今日はもうプリンは売り切れているかも知れない。
誰もプリンをトレイに乗せていないところを見ると、もしかしたら今日は販売日ではないのかも……。
そんなことを考えながら順番を待っていると、私の二人前の人が食券を買っているときに、プリンのボタンに『発売中』のランプがついた。
思わず小さくガッツポーズをして、オムライスとプリンの食券を買った。
出来立てのオムライスとプリンをトレイに乗せて、運良くゲットできたプリンを献上しようと、有田課長を探して社員食堂の中を歩き回る。
有田課長は食堂の真ん中辺りで、日替わり定食のアジフライにかぶりついていた。
ちょうど隣の席が空いていたので、私もそこで一緒に昼食をとることにする。
「有田課長、お約束のプリンをお持ちしました」
プリンを恭しく差し出すと、有田課長は少し驚いた様子でそれを受け取る。
「よくゲットできたね」
「私の二人前の人が食券を買っているときに売り出されたんですよ。ラッキーですね、有田課長」
いただきますと手をあわせ、湯気が上がるオムライスをスプーンですくって口に入れる。
「まさかホントにくれるとは思ってなかったから半分冗談で言ったんだけど……なかなか買えない貴重なプリンなのに、ホントにもらっていいの?」
「遠慮なくどうぞ。お約束でしたからね」
もしかしたら私はこれで運を使い果たしてしまったんじゃないかと思いながらオムライスを頬張っていると、有田課長は一度受け取ったプリンを私のトレイに乗せた。
「やっぱ気持ちだけありがたく。佐野主任、ここんとこお疲れみたいだから、これ食べて元気出しな」
予想外の労いの言葉に意表を突かれて手に妙な力が入り、箸でつまんでいたミニトマトがツルリと抜け出して、有田課長のおかずのお皿に着地した。
「あっ……すみません」
「ははは。いいよ、代わりにこれもらっとく」
有田課長は笑いながらミニトマトを口に入れた。
何年も一緒に仕事をしているせいか、有田課長は6つも歳上の直属の上司なのに、ずいぶん気さくな人だと思う。
「おはよう。佐野主任がギリギリに出社なんて珍しいね」
「おはようございます。すみません、ゆうべなかなか寝付けなくて、今朝は寝過ごしてしまいました」
「いや、まだ始業時間前だから大丈夫。良かったらこれ飲んで。佐野主任、いつもこれでしょ?」
そう言って有田課長は私がいつも飲んでいる缶コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます。いいんですか?」
「間違えて買ったやつだから遠慮なくどうぞ」
寝過ごしてコーヒーを飲む暇もなかったし、急いで来たから喉が渇いているので、ありがたくそれをいただくことにした。
「いただきます。ちょうど喉が渇いて……」
「お礼は社食のプリンでいいよ、同じ値段だし」
「えーっ……ハードル高い……」
ただでさえ入手が難しいラッキープリンをゲットできるほどの運が、今の私に残っているだろうか。
そんなことを考えていると始業時間のチャイムが鳴り、私は沈んだ気持ちを切り替えようと一気に缶コーヒーを飲み干した。
前日に失恋して泣いても、社会人として仕事に支障があってはいけない。
今日も一日、会社の発展に貢献すべく頑張ろう。
午前中は若手に仕事を教えつつ、自分の仕事をした。
新商品の売り上げはすこぶる好調なようで、営業部は発売当初の予定数より遥かに多い数量の製造を工場に要求している。
いくつかの工場に連絡を入れると、人員を増やして就業時間を伸ばしても、現場はもう休む間もないと嬉しい悲鳴をあげていた。
『この分だと次のボーナスは期待できそうですね』などと言いながら、工場長から生産現場の様子や出荷に対する改善要求などを聞いた後、『工場で働く人たちに無理がないよう、安全第一で頑張ってください』と言って電話を切る。
電話で聞いた工場の現状や現場からの要求などをまとめ終わる頃には、まもなく昼休みになろうとしていた。
若手の仕事内容に間違いがないか確認していると、昼休みのチャイムが鳴った。
今日は昼食を用意できなかったから、昼休みは外に食べに行こうかと思っていたけど、有田課長から見返りのプリンを要求されているので、仕方なく社員食堂に行くことにした。
三島課長が下坂課長補佐と一緒に仲良くお昼御飯を食べているところを見たらかなりへこむなとは思ったけれど、それは私にはどうしようもないことだ。
むしろ三島課長が幸せなら、後輩としては喜んであげるべきじゃないか。
三島課長と会ったときに下坂課長補佐が一緒だとしても、私はいつも通りに笑っていよう。
自分にそう言い聞かせながら、ラッキープリンをゲットするために財布をつかんで社員食堂へ走った。
社員食堂に着くと、券売機の前にはお腹を空かせた社員の長蛇の列ができていた。
しまった、出遅れたか。
今日はもうプリンは売り切れているかも知れない。
誰もプリンをトレイに乗せていないところを見ると、もしかしたら今日は販売日ではないのかも……。
そんなことを考えながら順番を待っていると、私の二人前の人が食券を買っているときに、プリンのボタンに『発売中』のランプがついた。
思わず小さくガッツポーズをして、オムライスとプリンの食券を買った。
出来立てのオムライスとプリンをトレイに乗せて、運良くゲットできたプリンを献上しようと、有田課長を探して社員食堂の中を歩き回る。
有田課長は食堂の真ん中辺りで、日替わり定食のアジフライにかぶりついていた。
ちょうど隣の席が空いていたので、私もそこで一緒に昼食をとることにする。
「有田課長、お約束のプリンをお持ちしました」
プリンを恭しく差し出すと、有田課長は少し驚いた様子でそれを受け取る。
「よくゲットできたね」
「私の二人前の人が食券を買っているときに売り出されたんですよ。ラッキーですね、有田課長」
いただきますと手をあわせ、湯気が上がるオムライスをスプーンですくって口に入れる。
「まさかホントにくれるとは思ってなかったから半分冗談で言ったんだけど……なかなか買えない貴重なプリンなのに、ホントにもらっていいの?」
「遠慮なくどうぞ。お約束でしたからね」
もしかしたら私はこれで運を使い果たしてしまったんじゃないかと思いながらオムライスを頬張っていると、有田課長は一度受け取ったプリンを私のトレイに乗せた。
「やっぱ気持ちだけありがたく。佐野主任、ここんとこお疲れみたいだから、これ食べて元気出しな」
予想外の労いの言葉に意表を突かれて手に妙な力が入り、箸でつまんでいたミニトマトがツルリと抜け出して、有田課長のおかずのお皿に着地した。
「あっ……すみません」
「ははは。いいよ、代わりにこれもらっとく」
有田課長は笑いながらミニトマトを口に入れた。
何年も一緒に仕事をしているせいか、有田課長は6つも歳上の直属の上司なのに、ずいぶん気さくな人だと思う。
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