社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
144 / 268
不戦敗

しおりを挟む
私が声を掛けるのをやめて営業部の前を通りすぎようとしたとき、タイミング悪く三島課長が顔を上げてこちらを見た。

「し……佐野!」

三島課長は私を『志織』と呼び掛けたのか、慌てて呼び直した。
見つかってしまったものはしかたがない。
無視するのは大人げないし失礼なので一応足を止めると、三島課長は急いで私の方に近付いてきた。

「お疲れ様です」
「お疲れ……。これから帰るのか?」
「はい、総務部に寄ってから帰ります」

私はわざわざ会いに来たわけじゃないと言い訳をするように、手に持っていた書類の入った封筒を大袈裟に三島課長に見せる。

「そうか……。あのさ……」
「お昼はすみませんでした。ちょっと仕事のことで頭がいっぱいで、食欲も余裕もなくて……」

何を言われるのか内心ビクビクしていた私は、三島課長が何かを言おうとするのを遮って一方的に話し始めた。
三島課長は言いかけていた言葉を飲み込む。

「ああ……うん……。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと慣れない仕事をして疲れただけなので。でも明日も忙しくなりそうなので、今日は帰って早めに休みます。そうだ、バレーの連絡があるんでしたね。ちょうどいいから今聞いておきます」

私は三島課長に話させるのをなんとかして食い止めようと、別の話題を振る。

「そうか……そうだったな。次の土日にスポーツセンターで中学生のバスケとバレーの公式試合があるから、中学校でも練習時間を延長するらしくて、今週は平日も土日も練習場所を確保できなかったんだ。だから今週の練習はなしということで」
「わかりました。今週は残業も続きそうだし、土日は疲れて行けそうになかったのでちょうど良かったです。それじゃあ私はこれで失礼します」

勝手に話を切り上げて頭を下げると、三島課長は私の腕をつかみかけて躊躇した。
その手は頼りなく宙をさまよい空を切る。
きっと下坂課長補佐が見ているからだろう。

「うん……もう遅いから気を付けて帰れよ」
「はい、三島課長も。お仕事の邪魔してすみませんでした」

下坂課長補佐にも軽く会釈をしてからその場を離れ、再び総務部のオフィスに向かって歩き出した。
三島課長のことは好きだし、もちろん会いたい気持ちはあるけれど、これからは会社では三島課長とあまり会いたくない。
できれば三島課長が下坂課長補佐と一緒にいるときだけ、私の視界に入らないでくれたらいいのに。


翌日は昼休みに社員食堂に行かなくて済むように、昼食を買っていこうと、出勤の途中でコンビニに寄った。
昨日みたいにまた三島課長と下坂課長補佐が一緒にいるところは見たくない。
会社の廊下ですれ違うのはどうしようもないけれど、社員食堂には私が行かなければ済む話だ。
コンビニに入って缶コーヒーと鮭のおにぎりをかごに入れ、サンドイッチのコーナーを見ていると、後ろから肩を叩かれた。
また三島課長じゃないかとおそるおそる振り返ると、そこにいたのは瀧内くんだった。

「志織さん、おはようございます」
「あ……瀧内くんか……。おはよう」
「朝食ですか?」

瀧内くんは私が手にしていたかごの中を見ながら尋ねた。

「いや、昼食をね……。仕事忙しいし食欲もあまりないから、食堂に行く手間を省こうかなと思って。瀧内くんは?」
「僕はコーヒーとこれを」

瀧内くんの手には缶コーヒーとミントのタブレット、そしてチョコレートが握られていた。
どうやら瀧内くんはチョコレートが大層お好きらしい。
私はミックスサンドを手に取りかごに入れる。

「今週はバレーの練習ないんだってね」
「そうらしいですね。今週は忙しいし、たまにはゆっくり休めていいんじゃないですか?」

瀧内くんはそう言いながら、おにぎりの陳列棚から梅のおにぎりを取り、私のかごに勝手に放り込んだ。
瀧内くんと一緒に買い物をするといつもこのパターンだ。

「……梅おにぎりが食べたいの?」
「いえ、志織さんが食べるんですよ。梅は疲労回復にいいって言いますし、おにぎり1個とサンドイッチだけじゃ少なすぎます。疲れて食欲がなくても、ちゃんと食べないと体に悪いですからね」

私はそんなに疲れた顔をしているんだろうか?
瀧内くんがそんな些細なことに気付いて、私の体を気遣ってくれたのは素直に嬉しかった。

「うん……気を付ける。ありがとね、心配してくれて」

一緒にレジに並んで会計を済ませ、店の外に出た。
二人で並んで歩いていると、瀧内くんがコンビニの袋の中からチョコレートの箱を取り出し、包装フィルムを外した。

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

練習なのに、とろけてしまいました

あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。 「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく ※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

処理中です...