社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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不戦敗

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私が声を掛けるのをやめて営業部の前を通りすぎようとしたとき、タイミング悪く三島課長が顔を上げてこちらを見た。

「し……佐野!」

三島課長は私を『志織』と呼び掛けたのか、慌てて呼び直した。
見つかってしまったものはしかたがない。
無視するのは大人げないし失礼なので一応足を止めると、三島課長は急いで私の方に近付いてきた。

「お疲れ様です」
「お疲れ……。これから帰るのか?」
「はい、総務部に寄ってから帰ります」

私はわざわざ会いに来たわけじゃないと言い訳をするように、手に持っていた書類の入った封筒を大袈裟に三島課長に見せる。

「そうか……。あのさ……」
「お昼はすみませんでした。ちょっと仕事のことで頭がいっぱいで、食欲も余裕もなくて……」

何を言われるのか内心ビクビクしていた私は、三島課長が何かを言おうとするのを遮って一方的に話し始めた。
三島課長は言いかけていた言葉を飲み込む。

「ああ……うん……。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと慣れない仕事をして疲れただけなので。でも明日も忙しくなりそうなので、今日は帰って早めに休みます。そうだ、バレーの連絡があるんでしたね。ちょうどいいから今聞いておきます」

私は三島課長に話させるのをなんとかして食い止めようと、別の話題を振る。

「そうか……そうだったな。次の土日にスポーツセンターで中学生のバスケとバレーの公式試合があるから、中学校でも練習時間を延長するらしくて、今週は平日も土日も練習場所を確保できなかったんだ。だから今週の練習はなしということで」
「わかりました。今週は残業も続きそうだし、土日は疲れて行けそうになかったのでちょうど良かったです。それじゃあ私はこれで失礼します」

勝手に話を切り上げて頭を下げると、三島課長は私の腕をつかみかけて躊躇した。
その手は頼りなく宙をさまよい空を切る。
きっと下坂課長補佐が見ているからだろう。

「うん……もう遅いから気を付けて帰れよ」
「はい、三島課長も。お仕事の邪魔してすみませんでした」

下坂課長補佐にも軽く会釈をしてからその場を離れ、再び総務部のオフィスに向かって歩き出した。
三島課長のことは好きだし、もちろん会いたい気持ちはあるけれど、これからは会社では三島課長とあまり会いたくない。
できれば三島課長が下坂課長補佐と一緒にいるときだけ、私の視界に入らないでくれたらいいのに。


翌日は昼休みに社員食堂に行かなくて済むように、昼食を買っていこうと、出勤の途中でコンビニに寄った。
昨日みたいにまた三島課長と下坂課長補佐が一緒にいるところは見たくない。
会社の廊下ですれ違うのはどうしようもないけれど、社員食堂には私が行かなければ済む話だ。
コンビニに入って缶コーヒーと鮭のおにぎりをかごに入れ、サンドイッチのコーナーを見ていると、後ろから肩を叩かれた。
また三島課長じゃないかとおそるおそる振り返ると、そこにいたのは瀧内くんだった。

「志織さん、おはようございます」
「あ……瀧内くんか……。おはよう」
「朝食ですか?」

瀧内くんは私が手にしていたかごの中を見ながら尋ねた。

「いや、昼食をね……。仕事忙しいし食欲もあまりないから、食堂に行く手間を省こうかなと思って。瀧内くんは?」
「僕はコーヒーとこれを」

瀧内くんの手には缶コーヒーとミントのタブレット、そしてチョコレートが握られていた。
どうやら瀧内くんはチョコレートが大層お好きらしい。
私はミックスサンドを手に取りかごに入れる。

「今週はバレーの練習ないんだってね」
「そうらしいですね。今週は忙しいし、たまにはゆっくり休めていいんじゃないですか?」

瀧内くんはそう言いながら、おにぎりの陳列棚から梅のおにぎりを取り、私のかごに勝手に放り込んだ。
瀧内くんと一緒に買い物をするといつもこのパターンだ。

「……梅おにぎりが食べたいの?」
「いえ、志織さんが食べるんですよ。梅は疲労回復にいいって言いますし、おにぎり1個とサンドイッチだけじゃ少なすぎます。疲れて食欲がなくても、ちゃんと食べないと体に悪いですからね」

私はそんなに疲れた顔をしているんだろうか?
瀧内くんがそんな些細なことに気付いて、私の体を気遣ってくれたのは素直に嬉しかった。

「うん……気を付ける。ありがとね、心配してくれて」

一緒にレジに並んで会計を済ませ、店の外に出た。
二人で並んで歩いていると、瀧内くんがコンビニの袋の中からチョコレートの箱を取り出し、包装フィルムを外した。

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