120 / 268
カオス
3
しおりを挟む
三島課長は『俺のことを彼氏だって言っとけば?』と言っていたけれど、本当にそれでいいんだろうか。
とりあえずそう言えば一時的にでも母の催促から逃れられると思ったけれど、あのせっかちな母のことだから、早い段階で『式はどうするの?』とか『入籍はいつ?』だとか言い出しかねない。
母が本格的に娘の結婚に乗り気になったところで、今までの話は全部嘘でした!とは言いづらい。
そもそも私は婚約者のふりを頼まれただけで、三島課長には好きな人がいるんだから、「後戻りできなくなったから私と結婚してください」とも言えない。
私がしばらく何も答えられないでいると、しびれを切らした母が『まさか……』と呟く。
『何も答えないってことは……親に言えないような相手?もしかしてあなた、妻子ある人と付き合ってるの?』
「違うから!断じてそれはない!」
どうして私まで不倫しなくちゃいけないんだ!!
三島課長は正真正銘独身だけど、本当の彼氏じゃない。
……それだけだ。
『あの人と付き合ってるのかと思ったんだけど……そうじゃないならお見合いしなさい。相手は何人か見繕ってあるから』
「えっ、もうお見合い相手選んでるの?!」
お見合いをほのめかされたのはついこの間のことなのに、私を無視してもう話を進めているなんて、どこまで気が早いんだ!!
『いいお話があるなら早いに越したことはないでしょ?そのうちそのうちって言ってたら、あっという間に歳を取って、どんどん選択肢が減るのよ。とりあえず話を進めるからね』
「ちょっと待って!相手いる!お見合いいらない!」
焦ってしまい、なぜかカタコトのような返事をした。
それと同時に、言ってしまったとまた焦って心拍数が上がり、にじみ出た変な汗が背中を伝った。
『やっぱり昨日の人と付き合ってるのね?』
「……まぁ……」
『ハッキリしないわね。まぁいいわ。だったら近いうちにその人を連れて来なさい』
母からそう捲し立てられ、私はぐるぐると混乱する頭でなんとか切り抜ける方法を考えて、少しだけ待ってと頼んだ。
「忙しい人だから、すぐっていうわけには……。繁忙期だから仕事が立て込んでるの。昨日も久しぶりに丸一日休めたくらいで……」
苦し紛れにそう言うと、母はあまり納得してはいないようだったけれど、『わかった。でもその人と相談して、できるだけ近いうちにね』と言って電話を切った。
電話を切ってスマホをテーブルに置き、やってしまったと頭を抱えながら床の上を転げ回る。
「どうしよう……」
もし三島課長が知ったら、母の強引さを知らない三島課長は、自分も両親に対して婚約者のふりをしてもらったのだから、そのお返しに私の両親と会うと言い出しそうだ。
お互いに好きならともかく、そうじゃないのにいきなり結婚はできない。
誰が決めたか知らないけれど、一般的に結婚適齢期とは25歳から29歳くらいを指すらしい。
そのリミットが近いからって、なんでこんなに結婚というものに振り回されなきゃいけないんだろう?
むしろそれに振り回されているのは、子の将来を案ずる親の方かも知れない。
結婚できるなら誰でもいいわけじゃないのに。
『志織……』
私の名前を呼ぶ誰かの優しい声が聞こえた。
『志織……』
その人はそっと私の髪を撫でると、もう一度名前を呼んで、私の唇にゆっくりと唇を近付ける。
私はそれが誰なのか確かめようと手を伸ばす。
この人は……護?それとも……。
伸ばした手が空を切り、叩きつけられた固くて冷たい床の感触で目が覚めた。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
少々練習の疲れが出てしまったようだ。
「んー……なんか変な夢見た……」
ひとりごとを呟きながら窓を見ると、すっかり日が暮れて外は真っ暗だった。
壁に掛けられた時計の針は、間もなく8時を指そうとしている。
「わっ、もうこんな時間……」
のろのろと起き上がって伸びをする。
夕食に何か簡単なものでも作ろうと冷蔵庫のドアを開け、今日買ったばかりの食材をいくつか取り出した。
「ごはん炊いて野菜炒めでも作るか……」
一人暮らしが長くなると、やけにひとりごとが増える。
お米を研ぎながらさっき見た夢を思い出し、思わず首をかしげた。
……あの場面で、どうして護の名前が出てくるんだろう。
付き合いだした頃はともかく、今の護はあんなに優しく私を呼んだりしないのに。
まだ私の中に、昔の護に戻って欲しいとか、私のことを愛して欲しいとかいう願望でも残っているのかと思ったけれど、たぶんそうじゃない。
夢の中だからしょうがないかと思いながら、研いだお米を炊飯器にセットして野菜を刻む。
……だったらあれは誰だったんだろう?
それこそあの夢は、私だけを大切にしてくれる優しい人と出会いたいという願望?
「まぁ……ただの夢だしな……」
夢には特に意味なんてないと思いながら、豚肉と刻んだ野菜を炒めた。
とりあえずそう言えば一時的にでも母の催促から逃れられると思ったけれど、あのせっかちな母のことだから、早い段階で『式はどうするの?』とか『入籍はいつ?』だとか言い出しかねない。
母が本格的に娘の結婚に乗り気になったところで、今までの話は全部嘘でした!とは言いづらい。
そもそも私は婚約者のふりを頼まれただけで、三島課長には好きな人がいるんだから、「後戻りできなくなったから私と結婚してください」とも言えない。
私がしばらく何も答えられないでいると、しびれを切らした母が『まさか……』と呟く。
『何も答えないってことは……親に言えないような相手?もしかしてあなた、妻子ある人と付き合ってるの?』
「違うから!断じてそれはない!」
どうして私まで不倫しなくちゃいけないんだ!!
三島課長は正真正銘独身だけど、本当の彼氏じゃない。
……それだけだ。
『あの人と付き合ってるのかと思ったんだけど……そうじゃないならお見合いしなさい。相手は何人か見繕ってあるから』
「えっ、もうお見合い相手選んでるの?!」
お見合いをほのめかされたのはついこの間のことなのに、私を無視してもう話を進めているなんて、どこまで気が早いんだ!!
『いいお話があるなら早いに越したことはないでしょ?そのうちそのうちって言ってたら、あっという間に歳を取って、どんどん選択肢が減るのよ。とりあえず話を進めるからね』
「ちょっと待って!相手いる!お見合いいらない!」
焦ってしまい、なぜかカタコトのような返事をした。
それと同時に、言ってしまったとまた焦って心拍数が上がり、にじみ出た変な汗が背中を伝った。
『やっぱり昨日の人と付き合ってるのね?』
「……まぁ……」
『ハッキリしないわね。まぁいいわ。だったら近いうちにその人を連れて来なさい』
母からそう捲し立てられ、私はぐるぐると混乱する頭でなんとか切り抜ける方法を考えて、少しだけ待ってと頼んだ。
「忙しい人だから、すぐっていうわけには……。繁忙期だから仕事が立て込んでるの。昨日も久しぶりに丸一日休めたくらいで……」
苦し紛れにそう言うと、母はあまり納得してはいないようだったけれど、『わかった。でもその人と相談して、できるだけ近いうちにね』と言って電話を切った。
電話を切ってスマホをテーブルに置き、やってしまったと頭を抱えながら床の上を転げ回る。
「どうしよう……」
もし三島課長が知ったら、母の強引さを知らない三島課長は、自分も両親に対して婚約者のふりをしてもらったのだから、そのお返しに私の両親と会うと言い出しそうだ。
お互いに好きならともかく、そうじゃないのにいきなり結婚はできない。
誰が決めたか知らないけれど、一般的に結婚適齢期とは25歳から29歳くらいを指すらしい。
そのリミットが近いからって、なんでこんなに結婚というものに振り回されなきゃいけないんだろう?
むしろそれに振り回されているのは、子の将来を案ずる親の方かも知れない。
結婚できるなら誰でもいいわけじゃないのに。
『志織……』
私の名前を呼ぶ誰かの優しい声が聞こえた。
『志織……』
その人はそっと私の髪を撫でると、もう一度名前を呼んで、私の唇にゆっくりと唇を近付ける。
私はそれが誰なのか確かめようと手を伸ばす。
この人は……護?それとも……。
伸ばした手が空を切り、叩きつけられた固くて冷たい床の感触で目が覚めた。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
少々練習の疲れが出てしまったようだ。
「んー……なんか変な夢見た……」
ひとりごとを呟きながら窓を見ると、すっかり日が暮れて外は真っ暗だった。
壁に掛けられた時計の針は、間もなく8時を指そうとしている。
「わっ、もうこんな時間……」
のろのろと起き上がって伸びをする。
夕食に何か簡単なものでも作ろうと冷蔵庫のドアを開け、今日買ったばかりの食材をいくつか取り出した。
「ごはん炊いて野菜炒めでも作るか……」
一人暮らしが長くなると、やけにひとりごとが増える。
お米を研ぎながらさっき見た夢を思い出し、思わず首をかしげた。
……あの場面で、どうして護の名前が出てくるんだろう。
付き合いだした頃はともかく、今の護はあんなに優しく私を呼んだりしないのに。
まだ私の中に、昔の護に戻って欲しいとか、私のことを愛して欲しいとかいう願望でも残っているのかと思ったけれど、たぶんそうじゃない。
夢の中だからしょうがないかと思いながら、研いだお米を炊飯器にセットして野菜を刻む。
……だったらあれは誰だったんだろう?
それこそあの夢は、私だけを大切にしてくれる優しい人と出会いたいという願望?
「まぁ……ただの夢だしな……」
夢には特に意味なんてないと思いながら、豚肉と刻んだ野菜を炒めた。
0
お気に入りに追加
429
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる