社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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カオス

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修羅場ホイホイの瀧内くんが見たくもないものって……。

「……また修羅場?」
「修羅場ですね。会社の近くの繁華街にあるホテルの前で、真っ昼間から間男が不倫相手の夫に締め上げられてました」

会社の近くの繁華街にあるホテルって……金曜日に護が元カノだとかいう女の人と入っていった、あのホテルだ。
金曜日の夜にそこに泊まって、昨日の昼前に二人で出てきたんだとすると……。

「その間男って、もしかして……」
「お察しの通りですよ。あの様子だとかなりの泥沼になるでしょうね」

呆れ果てて言葉も出ない。
私が手を下さなくても、天罰というものは勝手に下るものらしい。

「ホントにどうしようもないね」
「これを機に、あんなゲスな男はスパッと斬ってやればいいんじゃないですか?」

そう言って瀧内くんは、形の良い唇の端を上げて冷たい笑みを浮かべた。


買い物を済ませた後、瀧内くんとは駅前で別れた。
家に帰ってシャワーで汗を流した後、洗濯物を仕分けて洗濯機に放り込み、スタートボタンを押す。
ここ数日留守にしていたこともあって、いつもより洗濯物の量が多い。
洗剤と柔軟剤を投入して、洗濯が終わるまでは筋肉痛の体をベッドに投げ出し、ぼんやりとして過ごした。
護を痛い目にあわせてやろうと意気込んでいたけど、具体的にどうするのかはまだ何も思いつかない。
数学の問題なんかとは違って明確な答えがあるわけじゃないから余計に難しい。

「どうしようかなぁ……」

ひとりごとを言いながら寝返りを打つと、疲れた筋肉が悲鳴をあげるように、体のあちこちが軋む。
そういえば今日はゆっくりお風呂に浸かってストレッチをしてから寝るようにと、三島課長から言われていたんだった。
今夜は湯船に取って置きの入浴剤でも入れて、ちょっとした贅沢にひたろう。


筋肉痛に耐えながらなんとか洗濯物を干し終えると同時にテーブルの上でスマホが鳴った。
スマホの画面に表示されていた発信者名は母だった。
……また結婚を急かされるのかな。
正直言って気が重いけれど、もし急な用だったらと思うと無視はできない。
私はひとつため息をついて通話ボタンをタップした。
母は珠理の結婚式に着ていく服はどうするのとか、前日の晩は実家に泊まって、当日一緒に式場に行こうとか、もう少し先でもいいような話をした。
これで用件は全部済んだかと思って私が電話を切る方向に話を持っていこうとすると、母は『そういえば』とわざとらしく前置きをした。

『昨日シーサイドガーデンで一緒にいた男の人は、どういう方なの?』

私の予想を遥かに上回ることを言われ、頭が真っ白になった。
男の人と一緒だったことはおろか、シーサイドガーデンに行ったことすら母には一言も話していないのに、なぜそれを知っているの?

「人違いでは……」
『私が見間違えるわけないでしょう。いい雰囲気だったから邪魔したら悪いと思って声かけなかっただけよ。スポーツ用品店を出てガーデンエリアの方に歩いて行ったわよね?』

中村さんの店を出て海辺の散歩へ向かうところを見られたのか!
……と言うことは、私と三島課長が手を繋いでいたのも見られてるんだ!!
いい歳して男の人と手を繋いでいるところを母親に見られるなんて、恥ずかしくてたまらない。

「……お母さんはそこで何してたの?」
『キッズエリアでヒーローショーがあったのよ。ツバサたちがばぁばと一緒に行きたいって言うから付き合ったんだけどね、翼がサッカーを始めることになったから、ヒーローショーの前にサッカーのスパイク買いに行ったの。そうしたら志織がお店から出てくるのをたまたま見かけて』

まさかそんな偶然があるとは!
……いや、待てよ。
いつもなら出かける先々で知り合いに会う私が、昨日は珍しく誰にも会わなかった。
たしかに会わなかったけど、顔を合わせなくても見られてたんだから、会ったのと同じじゃないか!
翼というのは私の一番上の兄の二人目の子で、幼稚園の年長さんだ。
母は普段そんなおしゃれな場所には行かないのに、可愛い孫におねだりされて、嬉々として出掛けたのだろう。
孫を甘やかすのと同じくらいにとは言わないが、実の娘にも少しは優しくして欲しいものだ。

『それで、あの人とお付き合いしているってことでいいのね?』

母に尋ねられて私は返答につまってしまう。

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