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使えるものは親でも使え
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護は料理を作ってくれた人に対する感謝だけでなく、気遣いも遠慮もなかったなといまさらながら思う。
もし護と結婚して一緒に生活していたら、私も護もそれが当たり前だと勘違いしていたに違いない。
私は席を立って冷蔵庫から生卵を取り出し、三島課長に差し出した。
「生卵入れてみますか?かなり辛さが和らぐと思いますよ」
「……ありがとう、そうさせてもらうよ」
三島課長は卵を受け取り、カレーの上に割り入れる。
それがなんとなく恥ずかしそうに見えて、笑ってはいけないと思いながらも、こらえきれず笑いがもれた。
「すみません、三島課長が辛いの苦手だって知らなくて。苦手なものは苦手だって言ってもらっていいんですよ」
「いや……佐野が謝ることはないよ。俺が辛いの苦手だって知ってるくせに、わざとこれを選ぶ瀧内が悪い」
三島課長は生卵を混ぜたカレーを口に入れてうなずく。
「大丈夫、これならいける」
「良かったです」
いつも作るカレーよりかなり辛かったけれど、三島課長と一緒に食べたカレーはとても美味しかった。
一緒に食べる人の気遣いひとつで、自分の作った料理の味まで変わるなんて初めて知った。
そういえば、ずいぶん前に子育てに専念したいという理由で退職した先輩がこんなことを言っていた。
『ただ付き合ってるだけなら、感覚の多少のズレはさほど気にならないけど、結婚するなら物事に対する価値観と金銭感覚と、あとは絶対に食べ物の好みが合う人がいいよ。無駄な気苦労とか喧嘩をしなくて済むから』
どんなに小さく刻んであってもピーマンの入った料理はイヤだとか、こちらが忙しくても体調が悪くても、ちゃんとした手作りのごはんを食べさせてくれだとか、新婚のうちはかわいいものだと許せる小さなわがままも、子どもができると大きなストレスにしかならないらしい。
私には結婚とか親兄弟以外の誰かと暮らした経験はまだないけれど、これはおそらく、一緒に生活するならとても大事なことなんだろう。
いつか結婚するなら、息をするように自然にお互いを思い合って一緒に暮らせる人がいいなと思った。
食事が済んで後片付けをしようとすると、三島課長がサッと立ちあがり、「後は俺がやるから」と言って二人分の食器を下げてくれた上に、食後のコーヒーまで淹れてくれた。
些細なことかも知れないけれど、なんてできた人なんだろうと感心すると同時に、上司にこんなことまでしてもらっていいんだろうかと恐縮した。
「いい旦那さんになりそうですね」と何気なく言うと、三島課長は「こんなことくらいで大袈裟だな」と照れくさそうに呟いた。
コーヒーを飲み終わると時刻は10時を回っていたので、三島課長が「もう遅いから家まで送る」と言ってくれた。
残業で遅くなったときはもっと遅い時間でも一人で帰るのだから大丈夫だと遠慮したけれど、三島課長は車のキーと私のバッグを手に立ち上がった。
「こういうときは遠慮せず送られなさい。そうでないと佐野が無事に家に帰ったことを確認するまで、俺が心配でしかたない」
さすがは三島課長、甘え下手な私の性格を熟知している。
普段はあまり強く自己主張をしない三島課長が、いつになく強引に私の手を引いて玄関へ向かったので本当に驚いたけれど、せっかくの厚意なのでお言葉に甘えることにした。
自宅まで送ってもらう道のりで、気になっていたあの大きな一軒家のことを尋ねてみる。
「三島課長は一人暮らしなんですよね?」
そう言っただけなのに、三島課長は私が考えていたことを察したようだ。
「あの家、一人で住むには広すぎるって思ってるんだろ?」
元々は父親が建てた家で、子どもの頃は両親と一緒に住んでいたけれど、中学生のときに両親が離婚して母親が出ていった後は、父親と二人で暮らしていたそうだ。
「半年前に親父が再婚して、夫婦二人で住むには広すぎるからって別のところに引っ越してな。ローンは終わってるから税金だけ払えば家賃は要らないし、お前もいつかは所帯を持つんだから、ここにそのまま住めって言ってさ。掃除とか手入れも大変だし、俺まだ独身なのに、無駄に広すぎて正直困るんだ」
どんな理由があるのかは知らないけれど、三島課長のお父さんは、どうしても息子に早く結婚させたいらしい。
家まで明け渡されたら、これは相当のプレッシャーだろう。
もし護と結婚して一緒に生活していたら、私も護もそれが当たり前だと勘違いしていたに違いない。
私は席を立って冷蔵庫から生卵を取り出し、三島課長に差し出した。
「生卵入れてみますか?かなり辛さが和らぐと思いますよ」
「……ありがとう、そうさせてもらうよ」
三島課長は卵を受け取り、カレーの上に割り入れる。
それがなんとなく恥ずかしそうに見えて、笑ってはいけないと思いながらも、こらえきれず笑いがもれた。
「すみません、三島課長が辛いの苦手だって知らなくて。苦手なものは苦手だって言ってもらっていいんですよ」
「いや……佐野が謝ることはないよ。俺が辛いの苦手だって知ってるくせに、わざとこれを選ぶ瀧内が悪い」
三島課長は生卵を混ぜたカレーを口に入れてうなずく。
「大丈夫、これならいける」
「良かったです」
いつも作るカレーよりかなり辛かったけれど、三島課長と一緒に食べたカレーはとても美味しかった。
一緒に食べる人の気遣いひとつで、自分の作った料理の味まで変わるなんて初めて知った。
そういえば、ずいぶん前に子育てに専念したいという理由で退職した先輩がこんなことを言っていた。
『ただ付き合ってるだけなら、感覚の多少のズレはさほど気にならないけど、結婚するなら物事に対する価値観と金銭感覚と、あとは絶対に食べ物の好みが合う人がいいよ。無駄な気苦労とか喧嘩をしなくて済むから』
どんなに小さく刻んであってもピーマンの入った料理はイヤだとか、こちらが忙しくても体調が悪くても、ちゃんとした手作りのごはんを食べさせてくれだとか、新婚のうちはかわいいものだと許せる小さなわがままも、子どもができると大きなストレスにしかならないらしい。
私には結婚とか親兄弟以外の誰かと暮らした経験はまだないけれど、これはおそらく、一緒に生活するならとても大事なことなんだろう。
いつか結婚するなら、息をするように自然にお互いを思い合って一緒に暮らせる人がいいなと思った。
食事が済んで後片付けをしようとすると、三島課長がサッと立ちあがり、「後は俺がやるから」と言って二人分の食器を下げてくれた上に、食後のコーヒーまで淹れてくれた。
些細なことかも知れないけれど、なんてできた人なんだろうと感心すると同時に、上司にこんなことまでしてもらっていいんだろうかと恐縮した。
「いい旦那さんになりそうですね」と何気なく言うと、三島課長は「こんなことくらいで大袈裟だな」と照れくさそうに呟いた。
コーヒーを飲み終わると時刻は10時を回っていたので、三島課長が「もう遅いから家まで送る」と言ってくれた。
残業で遅くなったときはもっと遅い時間でも一人で帰るのだから大丈夫だと遠慮したけれど、三島課長は車のキーと私のバッグを手に立ち上がった。
「こういうときは遠慮せず送られなさい。そうでないと佐野が無事に家に帰ったことを確認するまで、俺が心配でしかたない」
さすがは三島課長、甘え下手な私の性格を熟知している。
普段はあまり強く自己主張をしない三島課長が、いつになく強引に私の手を引いて玄関へ向かったので本当に驚いたけれど、せっかくの厚意なのでお言葉に甘えることにした。
自宅まで送ってもらう道のりで、気になっていたあの大きな一軒家のことを尋ねてみる。
「三島課長は一人暮らしなんですよね?」
そう言っただけなのに、三島課長は私が考えていたことを察したようだ。
「あの家、一人で住むには広すぎるって思ってるんだろ?」
元々は父親が建てた家で、子どもの頃は両親と一緒に住んでいたけれど、中学生のときに両親が離婚して母親が出ていった後は、父親と二人で暮らしていたそうだ。
「半年前に親父が再婚して、夫婦二人で住むには広すぎるからって別のところに引っ越してな。ローンは終わってるから税金だけ払えば家賃は要らないし、お前もいつかは所帯を持つんだから、ここにそのまま住めって言ってさ。掃除とか手入れも大変だし、俺まだ独身なのに、無駄に広すぎて正直困るんだ」
どんな理由があるのかは知らないけれど、三島課長のお父さんは、どうしても息子に早く結婚させたいらしい。
家まで明け渡されたら、これは相当のプレッシャーだろう。
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