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使えるものは親でも使え
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瀧内くんは慣れた手つきで門扉を開き、自分の家のように遠慮なく敷地内に入って行く。
私も慌てて中に入り、門扉を閉めて瀧内くんの後を追った。
何年も同じ会社に勤めて親しくしてもらっているから、仕事ができることとか人柄の良さとか、三島課長のことを少しは知っているような気になっていたけど、会社から一歩出ると知らないことはまだまだいろいろあるようだ。
夜の8時半になる少し前、三島課長が帰宅した。
肩で息をしているところを見ると、よほど急いで帰ってきたのだろう。
「あっ、おかえりなさい」
洗い物をしながらカウンター越しに声を掛けると、三島課長はビクッと肩を跳ね上がらせてこちらを向いた。
「た……ただいま……。あれ?なんで今日カレーのにおい……?明日タコ焼きするんじゃなかったっけ……?」
三島課長は不思議そうに鼻をくんくんさせている。
そのしぐさがなんとなく犬っぽい。
「瀧内くんがお腹空いたって言うのでカレー作ったんです。すみません、勝手にキッチン使わせてもらいました」
「それは全然かまわないけど……」
三島課長は自分の家なのに、リビングの入り口で所在なさげにキョロキョロしている。
「伊藤と木村は?」
「伊藤くんと葉月は今日が最終日の映画に行く予定があったので、最終の上映時間に間に合うように帰りました」
二人は時間がなくてカレーを食べられなかったから、明日残っていたらタコ焼きと一緒に食べるらしい。
「瀧内は?」
「今日の21時にネットで注文してた荷物が届くの忘れてたって言って、カレー食べて帰っちゃいました」
買い物の後、瀧内くんはリビングのソファーに座って、スマホのゲームをしたりテレビを見たりしていたけれど、カレーができあがって火を止めると同時に『21時に荷物が届くから早く帰らなきゃ』と言い出し、できたばかりのカレーを一人で2杯平らげてさっさと帰ってしまった。
それで結局、特に用のない暇な私だけがここに残って、三島課長の帰りを待つことになったのだ。
「あいつまた勝手なことを……!ホントごめんな。佐野は大丈夫だったのか?予定とか時間とか……」
「大丈夫ですよ。それより晩御飯にしませんか?すぐに用意しますね」
食器棚からお皿を二枚取り出してそう言うと、三島課長は少し驚いた様子でネクタイをゆるめる手を止めた。
「佐野はまだ食べてなかったのか?先に食べてくれて良かったのに……」
「私が三島課長と一緒に食べたかったから待ってたんですよ」
「そうか……ありがとな」
お皿にごはんとカレーを盛り付けてカウンターに乗せると、三島課長がそれをテーブルに置いて、嬉しそうに笑った。
料理をテーブルに運ぶとかお礼を言うとか、護はそんなことはしてくれなかったし、私が作った料理を当然のことのように食べるだけだったから、三島課長にとってはきっとなんでもないことなのだろうけど、私にとってはそれがやけに新鮮で、とても嬉しかった。
それから私は三島課長とダイニングテーブルで向かい合って席に着き、食事を始めた。
三島課長は一口カレーを食べると、一瞬目を大きく見開いた後、何度かまばたきをした。
「どうかしました?」
「もしかしてこのカレールーを選んだのは瀧内……?」
たしかに今日スーパーで買ったカレールーは、瀧内くんが『絶対にこれがいい』と言って断固として譲らなかったものだ。
その箱には【大辛】の文字が激しくおどっていた。
一口食べただけでそんなことまでわかるなんて、二人はどれだけ親密な関係なんだろう?
「そうですけど……お口に合いませんでしたか?」
「いや、そんなことは……」
私も一口食べてみてその辛さに驚いた。
「わっ……!これ、思ってた以上に辛いですね!」
私は辛いものはわりと好きな方だけど、これはかなりの辛さだ。
よく見ると三島課長は、次の一口を口に運ぶことを躊躇しているように見えた。
「もしかして辛いのは苦手ですか?」
「いや、そんなことは……」
三島課長は慌ててカレーを口に運んだけれど、どう見てもかなり無理をしているようにしか見えない。
おそらく本当は辛いものが苦手なのに、せっかく作ってくれたのだから食べないと悪いと思い、頑張って食べようとしてくれているのだ。
こんなとき護なら、口に合わない料理を作った私に文句を言うだろう。
私も慌てて中に入り、門扉を閉めて瀧内くんの後を追った。
何年も同じ会社に勤めて親しくしてもらっているから、仕事ができることとか人柄の良さとか、三島課長のことを少しは知っているような気になっていたけど、会社から一歩出ると知らないことはまだまだいろいろあるようだ。
夜の8時半になる少し前、三島課長が帰宅した。
肩で息をしているところを見ると、よほど急いで帰ってきたのだろう。
「あっ、おかえりなさい」
洗い物をしながらカウンター越しに声を掛けると、三島課長はビクッと肩を跳ね上がらせてこちらを向いた。
「た……ただいま……。あれ?なんで今日カレーのにおい……?明日タコ焼きするんじゃなかったっけ……?」
三島課長は不思議そうに鼻をくんくんさせている。
そのしぐさがなんとなく犬っぽい。
「瀧内くんがお腹空いたって言うのでカレー作ったんです。すみません、勝手にキッチン使わせてもらいました」
「それは全然かまわないけど……」
三島課長は自分の家なのに、リビングの入り口で所在なさげにキョロキョロしている。
「伊藤と木村は?」
「伊藤くんと葉月は今日が最終日の映画に行く予定があったので、最終の上映時間に間に合うように帰りました」
二人は時間がなくてカレーを食べられなかったから、明日残っていたらタコ焼きと一緒に食べるらしい。
「瀧内は?」
「今日の21時にネットで注文してた荷物が届くの忘れてたって言って、カレー食べて帰っちゃいました」
買い物の後、瀧内くんはリビングのソファーに座って、スマホのゲームをしたりテレビを見たりしていたけれど、カレーができあがって火を止めると同時に『21時に荷物が届くから早く帰らなきゃ』と言い出し、できたばかりのカレーを一人で2杯平らげてさっさと帰ってしまった。
それで結局、特に用のない暇な私だけがここに残って、三島課長の帰りを待つことになったのだ。
「あいつまた勝手なことを……!ホントごめんな。佐野は大丈夫だったのか?予定とか時間とか……」
「大丈夫ですよ。それより晩御飯にしませんか?すぐに用意しますね」
食器棚からお皿を二枚取り出してそう言うと、三島課長は少し驚いた様子でネクタイをゆるめる手を止めた。
「佐野はまだ食べてなかったのか?先に食べてくれて良かったのに……」
「私が三島課長と一緒に食べたかったから待ってたんですよ」
「そうか……ありがとな」
お皿にごはんとカレーを盛り付けてカウンターに乗せると、三島課長がそれをテーブルに置いて、嬉しそうに笑った。
料理をテーブルに運ぶとかお礼を言うとか、護はそんなことはしてくれなかったし、私が作った料理を当然のことのように食べるだけだったから、三島課長にとってはきっとなんでもないことなのだろうけど、私にとってはそれがやけに新鮮で、とても嬉しかった。
それから私は三島課長とダイニングテーブルで向かい合って席に着き、食事を始めた。
三島課長は一口カレーを食べると、一瞬目を大きく見開いた後、何度かまばたきをした。
「どうかしました?」
「もしかしてこのカレールーを選んだのは瀧内……?」
たしかに今日スーパーで買ったカレールーは、瀧内くんが『絶対にこれがいい』と言って断固として譲らなかったものだ。
その箱には【大辛】の文字が激しくおどっていた。
一口食べただけでそんなことまでわかるなんて、二人はどれだけ親密な関係なんだろう?
「そうですけど……お口に合いませんでしたか?」
「いや、そんなことは……」
私も一口食べてみてその辛さに驚いた。
「わっ……!これ、思ってた以上に辛いですね!」
私は辛いものはわりと好きな方だけど、これはかなりの辛さだ。
よく見ると三島課長は、次の一口を口に運ぶことを躊躇しているように見えた。
「もしかして辛いのは苦手ですか?」
「いや、そんなことは……」
三島課長は慌ててカレーを口に運んだけれど、どう見てもかなり無理をしているようにしか見えない。
おそらく本当は辛いものが苦手なのに、せっかく作ってくれたのだから食べないと悪いと思い、頑張って食べようとしてくれているのだ。
こんなとき護なら、口に合わない料理を作った私に文句を言うだろう。
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