社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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かけて引いたり、足して割ったり

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「めちゃくちゃ熱いぞ、これ……」
「いくら揚げたてが美味しくても、やけどするほど熱いのはちょっとねぇ……」

私もフォークでポテトをひとつ刺して、口に入れた。
確かに熱々だけど、やけどするほどではない。

「佐野は熱いの平気なのか?」
「少なくとも猫舌ではないけど、熱いものは熱いよ。伊藤くんほどは熱いと思わなかっただけ」

伊藤くんはポテトを冷まさずそのまま口に入れようとして、また熱さに悶絶している。
さっきは冷ましても熱かったものを冷まさず口に入れようとするなんて、彼に学習能力というものはないのか。

「無理しないで少し冷めてから食べれば?」
「そうする……。なんのための揚げたてなんだかな」

揚げたてフライドポテトに敗北した伊藤くんは、少し悔しそうにアイスコーヒーの氷で口の中を冷やしている。

「佐野は橋口と付き合っててさ、相手との温度差っていうか……本当に自分のこと好きなのかなとか、そういうの感じたことないか?」
「うーん……そういうのはなかったかな。伊藤くんはあるの?」
「葉月は俺のことどう思ってるとか、全然言ってくれなかったし、信じてくれなかったからな。葉月は本当に俺のこと好きなのかなって、俺だっていつも不安だったよ」

照れ屋で恥ずかしがりの葉月は、伊藤くんのことが好きで好きでたまらないのに、その気持ちを素直に言葉にできなかったらしい。
伊藤くんは葉月に信じて欲しくて、好きなのは葉月だけだから絶対に浮気はしないと、いつも言葉と態度で伝えていたけど、葉月の不安は取り除けなかったそうだ。
例のスマホ水没事件の後で葉月に会いに行ったとき、葉月の部屋のインターホンのボタンを押すと、葉月ではなく背の高い関西弁の男の人が出て来たと言った。

「そいつが玄関先で、葉月は今、人前に出られる状態じゃないって言ったんだよ。奥から葉月がそいつを呼んで何か話してたんだけど、『要らんから帰ってもらって』って言うのが聞こえて……。ああ、俺ついに葉月にとって本当に必要なくなったんだなって、目の前真っ暗になった」

伊藤くんの話を聞いていると、店の入り口の方から瀧内くんが誰かを連れて歩いてくるのが見えた。
ここだと合図をしなくても瀧内くんがすぐ私に気付いたので、私は伊藤くんの話の腰を折らないよう、黙って聞いていた。

「伊藤くんは葉月が男の人といちゃついてたって言ったけど、それこそ現場を見てないよね?」
「現場は見てないけど顔も出さなかったし、男の方も上半身裸だったから……人前に出られないってのは、服着てないとかそういう意味だったのかなって思ってさ」

そういう状況のときに誰かが来たとして、普通わざわざドアを開けるかな?
しかも浮気相手と盛り上がってる最中に彼氏が来たなら、なおさら居留守を使うだろう。
彼氏と別れて乗り替えるつもりなら、もう別れるから来ないでとか、自分の口で言うんじゃないだろうか。

「私は葉月がそんなことするとは思えないんだよね。何かしら行き違いがあるみたいだから、ちゃんと確かめた方がいいよ」

瀧内くんは席の近くまで来ると、向かいの席に伊藤くんがいることに気付き、口角を上げてニヤリと笑う。
そして後ろを振り返り、連れてきたその人に、人さし指を唇にあてる仕草を見せた。
瀧内くんの後ろにいた葉月はその意味がわかると、絶句して口元を手で覆った。
今にも逃げ出しそうな葉月の腕を瀧内くんがガッチリとつかむ。
瀧内くんが連れてきた人が誰なのかわかったときは驚いたけれど、私はそれを伊藤くんに気付かれないように平然として話を続けた。

「俺はあのときどうすれば良かったんだろうって、今でも思うよ。葉月が不安がってるの知ってたから本当は離れたくなかったけど、仕事だから行かないわけにはいかないし、プロポーズしても無理だって断られて……。あのときゴネたりしないで、あっさり別れて解放してやった方が葉月にとっては幸せだったのかな」
「そう思うなら潔くあきらめる?葉月は幼なじみと結婚して大阪に帰るって言ってるよ。それとも自分の方が葉月を幸せにできるって自信ある?」
「当たり前だ、あの男より俺の方が絶対に葉月のこと好きだからな!葉月は絶対誰にも渡さない!」

伊藤くんの言葉を聞いて、瀧内くんが葉月の腕を引き寄せ背中を押した。

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