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知らぬ顔をやめた順平

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「ダメ……やめて……」
「やめない。他の男のところになんか二度と行けないように、俺の手で朱里をめちゃくちゃにする」

順平とは思えない言葉が耳を通り抜け、頭から体の芯までもが一気に冷えるような感覚を覚えた。
無防備に晒された私の素肌を順平の大きな手が滑り降りて、その指先は私の中へと強引に入り込もうとしている。
さっきまで記憶と現実の狭間で迷い、危うく失いそうになっていた理性を取り戻した私は、順平の手を掴んでそれを阻んだ。

「もうやめてよ……お願いだから……」
「……なんで?」
「こんなの……あの頃の……私が好きだった順平じゃない……」

順平は私の両肩を掴んだ次の瞬間、突然私の首の付け根に噛みついた。
首の付け根に激しい痛みが走り、私はとっさに噛みつかれたところを手で押さえてその場にうずくまる。

「痛っ……!!」
「あの頃と違うのは当たり前だろ、勝手にぶっ壊したのは朱里じゃん!俺は……!」

そこまで言って順平は口をつぐんだ。
おもむろに顔を上げると、順平はうつむいて痛みをこらえている時のような顔をしていた。
口を真一文字に結んで歯を食い縛り、肩を震わせ拳を握りしめている。

「……もういい。マスターのとこにでも、どこにでも勝手に行けばいいだろ」

順平は顔を上げずに、私にバスタオルを投げつけて脱衣所から出て行った。
その後すぐに、玄関のドアがバタンと閉まる音がした。
床に落ちたバスタオルを拾い上げようと下を向くと、ポトポトと水滴が床を濡らした。

「順平……」

拾い上げたバスタオルに、涙でグシャグシャになった顔をうずめた。
冷たくしたり乱暴にしたり、そうかと思えば優しいキスをしたり、急に突き放したり……。
順平の考えている事もわからないけれど、私自身ももうどうしていいのかわからない。
順平が噛みついた首の付け根はジンジンと痛み、首筋と胸元にはいくつものキスの痕が残っている。

『朱里は誰にも渡さない』

順平の言葉が耳の奥で何度も響いた。
その晩、順平は帰って来なかった。


次の日のバイトの時間になっても順平はバーに現れなかった。
心配したマスターが電話をしても電源が入っていないと機械の音声が流れるだけで、連絡がつかないまま閉店時間になった。

「朱里ちゃん、順平から何か聞いてない?」
「いえ、何も……」

夕べの事は、さすがにマスターには言えない。
バイト中に着る制服では順平の残したキスマークが見えてしまうので、首筋の目立つところはコンシーラーで隠した。
店内は薄暗いし、マスターは気付いていないと思う。
順平をあんな風にしたのは私だ。
気になっていた事は何一つ聞けていないのに、どこに行ってしまったんだろう?
今日は帰って来るだろうか?


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