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別れを告げた恋、始まった二人の恋
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心配そうに見つめる志信に、薫は穏やかに笑って見せた。
「大丈夫。絶対に家には入れないし……話が済んだら電話するから、家で待ってて」
「……わかった。じゃあ……また明日」
「うん」
志信は一度薫の手をギュッと握りしめてから、ゆっくりと手を離し、優しく頭を撫でて、来た道を帰って行った。
薫は志信の背中を見送って、ひとつ大きく息をつき、浩樹の方へとゆっくり近付いた。
「薫……今の……」
浩樹は遠ざかって行く志信の背中をジッと見ている。
「彼とは付き合ってないって……」
「うん。あの時はまだ違ったから……。でも今は……私の、一番大事な人」
「彼の事が好きなのか?」
薫は深くうなずいて顔を上げ、まっすぐに弘樹の方を見た。
「うん……好き。すごく好き」
薫の返事を聞いた浩樹は苦々しそうに顔をしかめ、唇を噛みしめた。
「オレとの事は考えてくれないの?」
「私を騙して捨てたのは浩樹だよ。恋人だと思ってた人が支社に異動になった事も、ずっと前から付き合ってた彼女が妊娠して結婚したって事も、他の人から聞かされた。その時の私の気持ちが、あなたにわかる?」
浩樹は唇を噛みしめたまま、黙って薫の話を聞いている。
「自分の知らないうちに都合のいい浮気相手にされてたなんて……。だから人に知られるのが面倒だったんだって……つらくて悲しくて、ものすごくみじめだった……」
「ホントに悪かった……。だからその分、今度こそ薫を幸せにしたいんだ。オレのところに戻って来て欲しい。どうしようもないくらいに好きなんだ、薫の事が……」
薫は小さなため息をつき、ゆっくりと首を横に振った。
「浩樹との事、長い間誰にも言えずに苦しんで来たけど……私は彼のおかげで、やっと前に進もうって思えるようになったの。だからもう……浩樹との未来は考えられない」
薫がキッパリと答えると、弘樹はしばらくの間うつむき、何も言わず小さく肩を震わせ、拳を強く握りしめていた。
そしておもむろに顔を上げ、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……そうか。道理でキレイになるわけだな……」
弘樹は寂しげに作り笑いを浮かべて薫を見つめた。
薫にはその瞳が心なしか潤んでいるように見えた。
「あの時は別れの言葉もなかったから、今度こそ浩樹との事、ちゃんと終わらせたいの」
浩樹はまたつらそうにうつむいて、拳をギュッと握りしめた。
騙すつもりなどなかった。
別の相手がいるのに、薫を本気で好きになってしまった。
しかしどちらを切り捨てる事もできなかった、優柔不断な自分が悪かったのだ。
それが原因でどちらにもつらい思いをさせてしまったのだから、せめて薫には幸せになって欲しい。
本当は自分が薫を幸せにしたいと思っていたけれど、薫を幸せにできる相手は自分ではなかったようだ。
弘樹は潔く身を引く決心を固め、無理をして笑みを浮かべた。
「わかった。つらい思いをさせて悪かった……。ホントにごめんな……。オレは陰ながら薫の幸せを願う事にするよ」
「そう思うなら、次の人には悲しい思いはさせないでね」
「ああ……」
薫は微笑みながら、まっすぐに浩樹の目を見つめる。
「さよなら、浩樹」
「さよなら、薫……。幸せになれよ」
しっかりとうなずいた薫は、浩樹に背を向けて歩き出した。
長い間ずっと、みじめな自分を嘆いて一人で泣き続けた。
女としての自信のなさを言い訳にして、もう誰も自分の事を好きになってくれる人なんていないと、浩樹との恋の記憶にしがみついていた。
また恋をして傷付くのを怖れ、新しい恋にも踏み出せず、志信に惹かれている自分の気持ちに嘘をつき、もう二度と恋愛なんかしないと心を閉ざして、志信を遠ざけようとしていた。
浩樹に別れを告げた事で、薫のつらく苦しかった想いに、やっと終止符が打たれた。
そして、終わった恋に縛られて下を向いていた昨日までの自分を脱ぎ去れた気がした。
薫は清々しい気持ちで、愛しい人の顔を思い浮かべる。
それはかつての苦い記憶の中の恋人ではなく、ありのままの自分を好きだと言ってくれた、この先ずっと一緒にいたいと思える人の優しい笑顔だった。
薫を送った帰り道を、志信は落ち着かない気持ちで歩いていた。
家に帰って待っているように薫に言われ、その通りにしようと帰る事にしたけれど、やっぱり引き返そうかとか、何かされてはいないだろうかとか、薫の事が心配で仕方がない。
しかしやはり一番心配なのは、薫の心が浩樹の元へ戻らないかと言う事だった。
(ホントに大丈夫なのか……?ずっと忘れられなかったって事は、きっとそれだけ好きだったからだろ……?)
もしかしたら薫は、やっぱり浩樹の方が好きだと言うかも知れない。
やっと想いが通じて薫と恋人同士になれたと言うのに、長い間ずっと薫の胸にとどまって消える事のなかったかつての恋人に、薫を奪い返されるのではないかと、どうしようもなく不安になる。
きちんと断ると薫は言っていたけれど、昔の事をいろいろと思い出して、流されたり気が変わったりしないか?
志信は胸につかえたモヤモヤしたものを吐き出すように、大きなため息をついて空を見上げた。
(一緒に幸せになろうって約束したんだ。薫は約束破ったりしない。今はオレの事が好きだって言ったの……信じていいんだよな?薫……)
「大丈夫。絶対に家には入れないし……話が済んだら電話するから、家で待ってて」
「……わかった。じゃあ……また明日」
「うん」
志信は一度薫の手をギュッと握りしめてから、ゆっくりと手を離し、優しく頭を撫でて、来た道を帰って行った。
薫は志信の背中を見送って、ひとつ大きく息をつき、浩樹の方へとゆっくり近付いた。
「薫……今の……」
浩樹は遠ざかって行く志信の背中をジッと見ている。
「彼とは付き合ってないって……」
「うん。あの時はまだ違ったから……。でも今は……私の、一番大事な人」
「彼の事が好きなのか?」
薫は深くうなずいて顔を上げ、まっすぐに弘樹の方を見た。
「うん……好き。すごく好き」
薫の返事を聞いた浩樹は苦々しそうに顔をしかめ、唇を噛みしめた。
「オレとの事は考えてくれないの?」
「私を騙して捨てたのは浩樹だよ。恋人だと思ってた人が支社に異動になった事も、ずっと前から付き合ってた彼女が妊娠して結婚したって事も、他の人から聞かされた。その時の私の気持ちが、あなたにわかる?」
浩樹は唇を噛みしめたまま、黙って薫の話を聞いている。
「自分の知らないうちに都合のいい浮気相手にされてたなんて……。だから人に知られるのが面倒だったんだって……つらくて悲しくて、ものすごくみじめだった……」
「ホントに悪かった……。だからその分、今度こそ薫を幸せにしたいんだ。オレのところに戻って来て欲しい。どうしようもないくらいに好きなんだ、薫の事が……」
薫は小さなため息をつき、ゆっくりと首を横に振った。
「浩樹との事、長い間誰にも言えずに苦しんで来たけど……私は彼のおかげで、やっと前に進もうって思えるようになったの。だからもう……浩樹との未来は考えられない」
薫がキッパリと答えると、弘樹はしばらくの間うつむき、何も言わず小さく肩を震わせ、拳を強く握りしめていた。
そしておもむろに顔を上げ、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「……そうか。道理でキレイになるわけだな……」
弘樹は寂しげに作り笑いを浮かべて薫を見つめた。
薫にはその瞳が心なしか潤んでいるように見えた。
「あの時は別れの言葉もなかったから、今度こそ浩樹との事、ちゃんと終わらせたいの」
浩樹はまたつらそうにうつむいて、拳をギュッと握りしめた。
騙すつもりなどなかった。
別の相手がいるのに、薫を本気で好きになってしまった。
しかしどちらを切り捨てる事もできなかった、優柔不断な自分が悪かったのだ。
それが原因でどちらにもつらい思いをさせてしまったのだから、せめて薫には幸せになって欲しい。
本当は自分が薫を幸せにしたいと思っていたけれど、薫を幸せにできる相手は自分ではなかったようだ。
弘樹は潔く身を引く決心を固め、無理をして笑みを浮かべた。
「わかった。つらい思いをさせて悪かった……。ホントにごめんな……。オレは陰ながら薫の幸せを願う事にするよ」
「そう思うなら、次の人には悲しい思いはさせないでね」
「ああ……」
薫は微笑みながら、まっすぐに浩樹の目を見つめる。
「さよなら、浩樹」
「さよなら、薫……。幸せになれよ」
しっかりとうなずいた薫は、浩樹に背を向けて歩き出した。
長い間ずっと、みじめな自分を嘆いて一人で泣き続けた。
女としての自信のなさを言い訳にして、もう誰も自分の事を好きになってくれる人なんていないと、浩樹との恋の記憶にしがみついていた。
また恋をして傷付くのを怖れ、新しい恋にも踏み出せず、志信に惹かれている自分の気持ちに嘘をつき、もう二度と恋愛なんかしないと心を閉ざして、志信を遠ざけようとしていた。
浩樹に別れを告げた事で、薫のつらく苦しかった想いに、やっと終止符が打たれた。
そして、終わった恋に縛られて下を向いていた昨日までの自分を脱ぎ去れた気がした。
薫は清々しい気持ちで、愛しい人の顔を思い浮かべる。
それはかつての苦い記憶の中の恋人ではなく、ありのままの自分を好きだと言ってくれた、この先ずっと一緒にいたいと思える人の優しい笑顔だった。
薫を送った帰り道を、志信は落ち着かない気持ちで歩いていた。
家に帰って待っているように薫に言われ、その通りにしようと帰る事にしたけれど、やっぱり引き返そうかとか、何かされてはいないだろうかとか、薫の事が心配で仕方がない。
しかしやはり一番心配なのは、薫の心が浩樹の元へ戻らないかと言う事だった。
(ホントに大丈夫なのか……?ずっと忘れられなかったって事は、きっとそれだけ好きだったからだろ……?)
もしかしたら薫は、やっぱり浩樹の方が好きだと言うかも知れない。
やっと想いが通じて薫と恋人同士になれたと言うのに、長い間ずっと薫の胸にとどまって消える事のなかったかつての恋人に、薫を奪い返されるのではないかと、どうしようもなく不安になる。
きちんと断ると薫は言っていたけれど、昔の事をいろいろと思い出して、流されたり気が変わったりしないか?
志信は胸につかえたモヤモヤしたものを吐き出すように、大きなため息をついて空を見上げた。
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