君に恋していいですか?

櫻井音衣

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不器用な二人

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「もうあんな思いはしたくないって……二度と恋愛なんてしないって思いながら必死で頑張って来たのに、その人がまた本社に戻ってきてね……。今でも好きだから、もう一度付き合って欲しいなんて、勝手な事言うんだ。去年奥さんと離婚したんだって。そんなの私には関係ないのにね……」
「その事、笠松さんは知ってるんですか?」

志信の名前を聞いて、薫は唇を噛みしめた。

「笠松くんにも、他の誰にも話した事ないよ。ただ……もう一度付き合って欲しいって言われた後に、その人にキスされたところを、笠松くんに見られちゃった……」
「そうなんですね……。笠松さんはなんて?」
「私、酔ってて覚えてないけど、その人の話をしたみたいなんだよね。別れた後もずっと、今もその人の事が好きだって言ったんだって。笠松くんは……想いが通じて良かったね、って。誤解されるといけないから、もう誘わないって……」
「笠松さんがそんな事言ったんですか?」
「うん。笠松くんにも、すっごく好きな人がいるって。すっごくかわいい人なんだって。その子に似合いそうなアクセサリー見つけて、プレゼントしようと思って買ったんだって。笠松くんは優しいから、きっとその子は幸せになれるんだろうね」

薫は寂しげに笑って目を閉じた。

「笠松くん、誰にでも……こんな私にまで優しいんだもんな……。一生懸命頑張って仕事してる私の匂いが好きだとか、愛しくて抱きしめたくなるとか言ってさ……。私なんか女らしさの欠片もないのに、どんなかっこうしててもかわいいとか言ってくれるんだもん。もしかしたらって、勘違いしそうになっちゃった。そんなわけないのに……」

自嘲気味に笑う薫を梨花はジッと見つめた。
その目は真剣そのものだ。

「本当に……勘違い、ですか?」
「え?」
「笠松さん、誰にでも優しいわけじゃないですよ。飲みに行こうとか食事しようとか、どんなに誘っても、面倒だから行かないって断るんですって。ガードが固いって、販売事業部の女子がいつも言ってます」

薫は梨花の言葉を聞いて怪訝な顔をした。
声を掛けて来たのも、飲みに行こうと誘ってきたのも志信の方からだった。
自分が思っていたのとはずいぶん違う。

「そんな事ないでしょ?飲みに行こうっていつも誘ってくれたのは笠松くんだよ?……あっ、そうか……。女らしくない私には気を遣わなくて済んでラクだったからかな。よく考えたら、モテる笠松くんが私の事なんか好きになるわけないよね……」

きっと薫は、今までもこうして自分の気持ちを抑えて来たのだろう。
梨花の目には、薫が泣いているように見えた。

「卯月さんは、笠松さんといて楽しかったですか?」
「うん……他愛ない事話して、一緒に食べて飲んで、タバコ吸って、笑って……。もっと一緒にいたいなって思うくらい、すごく楽しかった……。だけど、笠松くんだってホントは、かわいい子と一緒の方がいいんじゃないかなってずっと思ってた」

薫の閉じたまぶたから、滴が落ちた。
自分が泣いている事にも気付かないで、薫は話し続ける。

「同期以上の事は期待しないでって自分から言ったくせに、心のどこかで笠松くんの優しさに期待なんかして……。それなのに笠松くんが近付くとまた傷付くんじゃないかって怖くて素っ気なくして……。私ってバカだよねぇ……。そんな心配しなくたって……笠松くんは私なんかじゃなくて、かわいい子が好きなんだよね……。わかってるのに、気が付いたら笠松くんの事ばっかり考えてる……」

梨花は薫の隣に座り、優しく背中を撫でた。

「素直な卯月さん、すごくかわいいですよ。私は大好きです」
「ふふ……。ありがと。私も長野さん、妹みたいでかわいくて好き」

薫が涙目で笑ってそう言うと梨花は微笑んだ。

「卯月さん、ちゃんと好きって言えるじゃないですか。前の恋がちゃんと終わってなかったから、ずっと悲しくてつらくて、また恋をして傷付くのが怖かっただけなんですよね。だから踏み出せなかったんでしょう?」
「どうかな……」
「卯月さんの気持ちは、卯月さん自身にしかわかりません。本当はどうしたいのか、自分の気持ちに正直になって下さい」
「どうしたいのか……?」
「そろそろ、目をそらさないでちゃんと見てみませんか?そうすれば、卯月さん自身が本当に好きな人も、卯月さんを本当に好きだと思ってくれてる人も、わかると思います」

梨花は石田から受け取った紙袋をそっと差し出した。
あの時志信が持っていた物だと気付き、薫は驚いて梨花を見た。

「これ……笠松くんが……」
「開けてみてください」

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