君に恋していいですか?

櫻井音衣

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不器用な二人

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梨花との電話を切ってしばらく経った頃、薫の部屋にチャイムの音が鳴り響いた。
薫が玄関のドアを開けて出迎える。

「卯月さん、急に無理言ってすみません」
「うん、いいよ。たまにはね」
「私、卯月さんと飲みたいなぁと思って、お酒買ってきました!」

梨花は手に持っていたコンビニ袋を差し出した。
袋の中には缶ビールやチューハイが何本か入っている。
薫は笑みを浮かべながらそれを受け取った。

「いいね。さっきまで一人で飲んでたから味気なかったんだ。飲み直そうかな」

金曜日なのに一人で飲んでいたと言う事は、志信とも恋人とも会っていないんだなと梨花は思う。
薫は梨花を部屋に案内して、食器棚からグラスを2つ取り出した。
それぞれにお酒を注いで乾杯すると、梨花はビールを飲む薫の様子をそっと窺う。

「ずっと飲んでたんですか?」
「うん。帰ってからずっとね」
「すごいですねぇ……」

この時間を考えると、自分が来るまでにかなりの量を飲んでいたのかも知れない。
しかし相手は酒豪の薫だ。
梨花は先に潰れてしまわないように、グラスのカクテルをできるだけゆっくりと飲んだ。

「卯月さんと二人で飲むなんて、初めてですよね」
「そうだね」

いつものように淡々とビールを飲む薫を見ながら、梨花は行動に出る。

「せっかくだから、会社ではできないような話をしませんか?」
「……なんの話?」
「例えば、恋バナとか」
「それなら私は話すことなんてなんにもないよ。たいした恋愛してないから」

薫のガードが固いのは想定内の事だ。
梨花は次の手段として、薫の負けず嫌いな性格を利用する事にした。

「じゃあ……じゃんけんで負けた方が話すってのはどうですか?」
「じゃんけん?」
「普通のじゃんけんじゃつまらないんで、あっち向いてホイ、とかやってみます?私、結構強いんです」
「ふーん……。でもいい。どっちにしても、話したいような恋してないもん」

これでもダメかと思った梨花は、薫にカマをかけてみる事に作戦を変更した。

「えー、素敵な彼がいるんじゃないんですか?卯月さん最近キレイになったから、あの噂はホントなのかなーって」
「えっ?それ誰が言ってたの?笠松くん?」

うまく食い付いたと、梨花は心の中でガッツポーズを取る。
誰が言っていたとも言わないのに、志信の名前が出てきた事は、予想以上の収穫だった。

「噂は噂ですよ。でもやっぱり本当なんですね!!相手は誰なんですかぁ?卯月さんの恋人なら、きっと素敵な人なんでしょうねぇ」

梨花が無邪気な顔をして尋ねると、薫は少しうつむいて小さく首を横に振った。

「違うよ……あの人はそんなんじゃない……」

薫はやはり酔っているのか、恋人の存在を否定しようとして墓穴を掘っている事に気付いていない。
この調子なら、もう一押しで話を聞き出せそうだ。

「あれ?そうなんですか?でもおかしいなぁ……。なんでそこで笠松さんの名前が出るんです?」

梨花が小首をかしげてかわいらしくジッと目を見つめると、薫は途端に狼狽える。
薫は梨花のこの目に弱い。
もちろん梨花は、それを知ってやっているのだ。

「梨花、詳しく聞きたいなぁ。教えてくれないと、気になって眠れなくなっちゃう。卯月さんが教えてくれないなら、笠松さんに聞いちゃおうかなぁ」

梨花はバッグからスマホを取り出して、アドレス帳の画面を開いた。
薫は梨花の手を握り、慌ててそれを制した。

「ちょっと待って。それはやめて……」

しめしめと心の中で笑いながら、梨花は顔を上げて、スマホから薫に視線を移した。

「もしかしてこれ、笠松さんには知られたくない事ですか?それとも、もう知ってるのかな……」

薫は黙ったままうつむいて、梨花の手から自分の手を離した。

「話して下さいよ、卯月さん。笠松さんには何も聞きませんから」

なんだかおかしな展開になってしまった。
しかし話すまで梨花は引き下がってくれそうにない。
薫はとうとう観念して、ずっと誰にも話さず自分の胸にしまっていた苦い恋の記憶を、ゆっくりと話し始めた。

入社当初、社内恋愛をしていた事。
2年ほど付き合っていたその人には、実はずっと前から同じ部署に彼女がいた事。
彼女が妊娠したのを機に結婚したと、彼が支社に異同になった後で他の社員から聞いて知った事。

「何も知らないうちに、私は都合のいい浮気相手にされてた。その上、私には何も言わずにいなくなって……ちゃんとした別れの言葉もなかったんだ」

薫は時おり悲しそうに目を伏せて、静かに話し続ける。
梨花はただ、黙って薫の話を聞いていた。

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