君に恋していいですか?

櫻井音衣

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不器用な二人

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随分夜も更けた頃、薫が相変わらずぼんやりとタバコを吸いながらビールを飲んでいると、突然スマホの着信音が鳴った。
こんな時間に誰だろうと思いながらスマホを見ると、着信画面には梨花の名前が表示されていた。
薫は何事かと首をかしげながら電話に出る。

「もしもし……」
「あっ、卯月さーん!!」
「どうしたの、こんな時間に……」
「実は終電逃しちゃって……。申し訳ないんですけど、今晩泊めてくれませんか?」

唐突な梨花の言葉に少し驚きながら、なんとなく一人でいるのは寂しいと思っていた事もあって、薫はその頼みを聞く事にした。

「それは別にいいけど……ここまで一人で来られる?迎えに行こうか?」
「ハイ!すぐ近くなんで、今から行かせてもらいますね」
「ホントに大丈夫?気を付けてね」

電話を切ると薫は、ビールの空き缶を片付け、灰皿に山積みになっていた吸い殻をキッチンのゴミ箱に捨てた。
梨花が急に泊めてと言い出した事が不思議に思えて、薫はほんの少し首をかしげた。

(しかし珍しいな……。まぁいいか、明日は休みだし……)


その頃梨花は、今日のお昼過ぎに販売事業部のオフィスへSSの販促品売り上げ資料を持って行った時の事を思い出しながら、急ぎ足で薫の家へ向かっていた。
その時、たまたまデスクにいた志信に声を掛けると、志信はどことなく元気がなかった。

「笠松さん、今日はなんだか元気がないみたいですけど……体調でも悪いんですか?」
「ああ……長野さんか……」
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん……」

志信はハッキリと返事をしなかった。
ただぼんやりと何かを考えているようだった。
怪訝に思いながら立ち去ろうとすると、オフィスの出入口の辺りで、石田が梨花を手招きした。

「梨花ちゃん、ちょっといい?」
「なんですか?」

梨花がそばに行くと、石田は廊下に出て、休憩スペースへ行こうと促した。

「先週の週明けからアイツ、ずっとあんな感じなんだよ」
「えっ、そんなに?!」

直感的に梨花は、薫との間に何かあったのだろうかと思い首をかしげた。
もちろん薫からは何も聞いていない。
だけど梨花には確信めいたものがあった。
ここ最近は随分和らいでいた薫の表情も、どことなく沈んでいたような気がしていたのだ。

「先週の土曜日、笠松の家で鍋やろうって事になってさ。うちの部署の男ばっかり4人集まったんだけど……その時に、これ」

石田はそう言いながら、ジュエリーショップの小さな紙袋を差し出した。
これがなんなのかと、梨花はまた首をかしげる。

「これ?」
「なんかな……笠松、卯月さんにフラれたらしい」
「ええっ?!」

梨花は驚いて、思わず声をあげた。

「部屋の隅にポイッと放ってあった感じだったから、これなんだ?って聞いたら、もう必要ないから彼女にでもあげてくれって。中を見ようとしたら、慌てて中からなんか取り出してゴミ箱に捨てて……。気になったから、後から笠松が目を離してる隙にそれ拾ったら、これだったんだ」

石田は紙袋を開いて、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。

「後でよく聞いてみたら、ハッキリとフラれたわけじゃないんだ。アイツ、多分卯月さんには何も言ってない」

何も言っていないのにフラれたとはどういう事なのか、梨花にはさっぱり意味がわからなかった。

「どういう事ですか?」
「笠松がな、『オレじゃダメみたいだから』って言ったんだよ。もしかしたら恋人がいたのかも……。卯月さんから何か聞いてない?」
「卯月さんはそういう話、絶対に会社ではしないので、私は何も聞いてません」
「そうか……。でもさ、オレらにはわからないけど、アイツは卯月さんの事、仕事熱心でさりげなく気遣いできて、優しくてすっげぇかわいいって。笠松が卯月さんの事をすげぇ好きなのはわかるんだ。それなのに、気持ちも伝えないままで終わっていいのかなって……」

なんとかして薫に近付きたいと思っていた志信の気持ちを知っているだけに、梨花には石田が言わんとしている事がよく理解できた。

「そうですよね。私もわかりますよ、笠松さんは表面ばっかり見るんじゃなくて、卯月さんをまるごと好きなんだなって思います」
「他に誰か恋人がいるってのも、笠松の勘違いかも知れないだろ?」
「わかりました。私、石田さんに習って、ちょっとお節介焼いてみます」
「頼むよ」

石田は封筒を紙袋の中にしまって、梨花に手渡した。
梨花は受け取った紙袋を大事そうに抱えてSS部のオフィスへ戻り、薫には気付かれないように、その紙袋を別の袋にしまった。


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