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切なさに身を焦がす夜
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薫が志信から視線をそらし、身動きもできず立ち尽くしていると、志信がゆっくりと近付いてきて、静かに口を開いた。
「昨日の事……謝ろうと思って……」
「え……?」
「あんな遅い時間にあんな所に置いてきぼりにしてごめん。オレもちょっと酔ってた」
「うん……」
薫は志信の手に握られた小さな紙袋を見て、できるだけ平静を装って尋ねる。
「あ……それ、たしかモールのジュエリーショップの紙袋だよね。もしかして買い物帰りに寄ってくれた?笠松くんもアクセサリー着けたりするの?」
志信の心は、薫が何気なく放った一言に打ち砕かれた。
彼氏でもない男からアクセサリーを贈られたって、迷惑に思われるだけだ。
これは薫に贈りたくて買ったものだなんて、言えるわけがない。
志信は紙袋を隠すように後ろ手に持ち直した。
「いや……これはオレが着けるんじゃなくて……。すっげぇかわいい子がいてね……その子に似合いそうだからプレゼントしようかなって思ってさ……」
「そうなんだ。その子の事、好きなの?」
薫の問い掛けに、志信は目一杯無理をして、微かに笑みを浮かべた。
「うん……。すっげぇ好きなんだけどね……。オレの片想いなんだ」
「そう……。笠松くんにもそんな人がいるんだね。だったら尚更……私なんかに冗談ばっかり言ってちゃダメだよ」
「うん……」
ほんの少しの沈黙が流れた。
薫は財布の中の五千円札を志信に返そうと思っていた事を思い出し、玄関に置いたままだった鞄を引き寄せた。
「昨日のお金、返すね」
「いや、いいよ。お詫びに取っといて」
「でも……」
「今の人……昨日卯月さんが言ってた人?」
「え?」
「別れた後も、ずっと好きなんだ……って」
そんな言葉を薫の口からはハッキリと聞いたわけでもないのに、志信はわざとそれらしく尋ねた。
「私……そんな事言ったの……?」
「うん……。良かったな、想いが通じて。そうだ、お祝いって言うには少ないけど、その金で飯でも食いに行ってよ。……彼氏と二人で」
「……」
何も答えない薫に、志信は笑って手を振った。
「やましいことは何もなくても、彼に変な誤解されちゃうかも知れないから……オレはもう誘わない方がいいよな。じゃあね、卯月さん」
「待っ……」
背を向けて歩いて行く志信を呼び止めようとして、薫はその言葉を飲み込んだ。
そして薫は静かにドアを閉めて、玄関にしゃがみ込む。
(呼び止めてどうするつもりだったの……?笠松くんには好きな人がいて、私は……)
志信は自宅に戻ると、部屋の隅にネックレスと手紙の入った紙袋を投げつけた。
床に座り込んでタバコに火をつけ、ぼんやりと煙を目で追う。
(告白もしないうちに失恋しちゃったよ……。結局、ネックレスも手紙も、無駄になっちゃったな……。もう……二人で笑いながら酒飲んだり、飯食ったりする事もないんだろうな……)
誰よりも一生懸命に仕事をして、飾り気のない薫が好きだった。
無愛想だと言われても、媚びたりお世辞を言ったりせず、正直で、少し照れ屋で、さりげなく気遣いのできる優しい薫が、どうしようもないくらいに好きだった。
二人でお酒を飲む時は、他の女の子と違って変な気を遣う必要もなく、ただただ楽しかった。
いつかは『同期として』じゃなく、一人の男として、薫の特別な存在になりたかった。
(卯月さんにとっての特別な人は、オレじゃなかったんだな……。一度くらい、『薫』って呼んでみたかった……)
倒れそうになった薫を抱きしめて額にキスした事も、酔って泣いている薫を抱きしめた事も、自分にとっては胸が痛くなるほど切なかった。
だけどもう、薫のそばには想い続けた人がいるのだと、志信は告白もできなかった自分を責めた。
(もっと早く勇気出して声掛けて、告白すれば良かったのかな……)
どんなに悔やんでも、過ぎた時間は戻らない。
そんな事はわかっているのに、勇気がなくて告白もできなかった不甲斐ない自分を、悔やんでも悔やみきれない。
(始まってもいないのに終わっちゃったんだな……オレの恋……)
「昨日の事……謝ろうと思って……」
「え……?」
「あんな遅い時間にあんな所に置いてきぼりにしてごめん。オレもちょっと酔ってた」
「うん……」
薫は志信の手に握られた小さな紙袋を見て、できるだけ平静を装って尋ねる。
「あ……それ、たしかモールのジュエリーショップの紙袋だよね。もしかして買い物帰りに寄ってくれた?笠松くんもアクセサリー着けたりするの?」
志信の心は、薫が何気なく放った一言に打ち砕かれた。
彼氏でもない男からアクセサリーを贈られたって、迷惑に思われるだけだ。
これは薫に贈りたくて買ったものだなんて、言えるわけがない。
志信は紙袋を隠すように後ろ手に持ち直した。
「いや……これはオレが着けるんじゃなくて……。すっげぇかわいい子がいてね……その子に似合いそうだからプレゼントしようかなって思ってさ……」
「そうなんだ。その子の事、好きなの?」
薫の問い掛けに、志信は目一杯無理をして、微かに笑みを浮かべた。
「うん……。すっげぇ好きなんだけどね……。オレの片想いなんだ」
「そう……。笠松くんにもそんな人がいるんだね。だったら尚更……私なんかに冗談ばっかり言ってちゃダメだよ」
「うん……」
ほんの少しの沈黙が流れた。
薫は財布の中の五千円札を志信に返そうと思っていた事を思い出し、玄関に置いたままだった鞄を引き寄せた。
「昨日のお金、返すね」
「いや、いいよ。お詫びに取っといて」
「でも……」
「今の人……昨日卯月さんが言ってた人?」
「え?」
「別れた後も、ずっと好きなんだ……って」
そんな言葉を薫の口からはハッキリと聞いたわけでもないのに、志信はわざとそれらしく尋ねた。
「私……そんな事言ったの……?」
「うん……。良かったな、想いが通じて。そうだ、お祝いって言うには少ないけど、その金で飯でも食いに行ってよ。……彼氏と二人で」
「……」
何も答えない薫に、志信は笑って手を振った。
「やましいことは何もなくても、彼に変な誤解されちゃうかも知れないから……オレはもう誘わない方がいいよな。じゃあね、卯月さん」
「待っ……」
背を向けて歩いて行く志信を呼び止めようとして、薫はその言葉を飲み込んだ。
そして薫は静かにドアを閉めて、玄関にしゃがみ込む。
(呼び止めてどうするつもりだったの……?笠松くんには好きな人がいて、私は……)
志信は自宅に戻ると、部屋の隅にネックレスと手紙の入った紙袋を投げつけた。
床に座り込んでタバコに火をつけ、ぼんやりと煙を目で追う。
(告白もしないうちに失恋しちゃったよ……。結局、ネックレスも手紙も、無駄になっちゃったな……。もう……二人で笑いながら酒飲んだり、飯食ったりする事もないんだろうな……)
誰よりも一生懸命に仕事をして、飾り気のない薫が好きだった。
無愛想だと言われても、媚びたりお世辞を言ったりせず、正直で、少し照れ屋で、さりげなく気遣いのできる優しい薫が、どうしようもないくらいに好きだった。
二人でお酒を飲む時は、他の女の子と違って変な気を遣う必要もなく、ただただ楽しかった。
いつかは『同期として』じゃなく、一人の男として、薫の特別な存在になりたかった。
(卯月さんにとっての特別な人は、オレじゃなかったんだな……。一度くらい、『薫』って呼んでみたかった……)
倒れそうになった薫を抱きしめて額にキスした事も、酔って泣いている薫を抱きしめた事も、自分にとっては胸が痛くなるほど切なかった。
だけどもう、薫のそばには想い続けた人がいるのだと、志信は告白もできなかった自分を責めた。
(もっと早く勇気出して声掛けて、告白すれば良かったのかな……)
どんなに悔やんでも、過ぎた時間は戻らない。
そんな事はわかっているのに、勇気がなくて告白もできなかった不甲斐ない自分を、悔やんでも悔やみきれない。
(始まってもいないのに終わっちゃったんだな……オレの恋……)
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