君に恋していいですか?

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
44 / 61
切なさに身を焦がす夜

しおりを挟む
薫が下を向いて歩きながら、ぐるぐると思いを巡らせていると、浩樹がポツリと呟く。

「あの時は……悪かった……」

薫は何も答えず、ただ下を向いて歩き続けた。
浩樹は前を向いたまま話しを続ける。

「彼女がいたのに薫の事が好きになって、本気になってた。彼女とは別れるつもりでいたのにそれもできなくて……子供ができて結婚する事になって、その上支社に転勤が決まって……。ずっと薫に謝りたかった。でも勇気がなくて……結局オレは、薫に本当の事は何も言えないままで逃げ出した……」

浩樹の言葉を聞きながら、薫は唇を噛みしめた。
今更こんな事を聞いても、どうにもならない。
どうせならあの時に、正直に話して欲しかった。
薫は胸に込み上げてくる涙と、あの時の感情を必死で堪えた。


マンションの前に着いても浩樹は足を止めず、ビールの箱を持ったままエントランスを通り抜けた。

「もうここでいいから……」
「部屋まで運ぶよ。それくらいさせて」

結局、浩樹に押しきられる形で部屋の前まで荷物を運んでもらい、玄関の鍵を開けて荷物を受け取った。

「もう少し、話したい」

薫は浩樹の言葉を聞き流し、顔を見ないようにして玄関に荷物を置いた。

「私は……今更話したい事なんてありません」
「薫……」

浩樹は強引に玄関の中に入り、ドアを閉めて、薫の手を握りしめた。
突然の事に驚いて、薫は目を見開き手を振り払おうとした。
しかし浩樹の手は、薫の手を掴んで離さない。
薫は浩樹の顔を見る事も、手を振り払う事もできずうつむいた。

「お願いだから、話を聞いてくれないか。ずっと薫に会いたかった。薫を忘れた事なんてなかった」
「やめて……」
「オレは、今でも薫の事が……」

薫は堪らず思いきり浩樹の手を振り払い、耳を塞いだ。

「もうやめて!!なんで?なんでそんな事が言えるの?あんなひどい捨て方しておいて……奥さんも子供もいるくせに……!また私を都合のいい女にしようと思ってるの?今更そんな事聞きたくない!!」

浩樹は小さく肩を震わせる薫を抱きしめて、優しく頭を撫でる。

「ごめん……。ホントにごめん……。でも、薫が好きなんだ」
「やめてよ……。もうあんなみじめな思いはしたくない……」
「彼女とは去年別れた。薫の事を忘れられないままで、結婚生活がうまく行くはずなんてなかったんだ」
「そんなの……私には関係ない……」

薫が浩樹の腕から逃れようと身をよじると、浩樹は更に腕に力を込めて強く抱きしめた。

「薫……もう一度、オレと付き合って欲しい」
「何言ってるの……?ふざけないで……!」
「オレは本気だよ」
「離して。触らないで」
「あの販売事業部の彼と付き合ってるから?」

突然志信の事を言われ、薫は慌てて首を横に振った。

「違う……。笠松くんはそんなんじゃない……」
「だったら、今度こそ薫を幸せにするから……もう一度チャンスをくれないか。頼む……」

(信じられるわけないのに……なんで今更そんなこと言うの……?もうあなたの事なんか好きじゃないって、ハッキリ言わなくちゃ……)

頭ではそう思っているのに、あの時欲しかった浩樹の言葉が、薫の心を揺るがした。

(好きだった……。ホントに好きだった……)

つらくて苦しくて悲しかった想いが、涙になって薫の頬を伝った。

「薫、ごめん……好きだよ」

薫は浩樹の胸に顔をうずめて泣いた。
止める事のできない涙が後から後からいくつも溢れ、浩樹のシャツを濡らした。
そして、浩樹の唇が、薫の唇に重なる。
浩樹のキスは、昔と同じタバコの香りがした。

(あ……)

そのタバコの香りに、薫は無意識のうちに、志信の切なげな声を思い出す。

『いい加減気付けよ、バカ……』

薫は我に返り、浩樹の体を押し返した。

「帰って……」

うつむいたまま小さく呟く薫を、浩樹はもう一度抱き寄せた。

「さっき言った事、本気だから……。考えておいて欲しい」

浩樹は玄関のドアを開けて振り返り、もう一度薫に口づけて去っていった。
薫は不意打ちのキスを避ける事もできず、去っていく浩樹の背中を呆然と見送る。
そして玄関のドアを閉めようとした時、少し離れた場所に立ち尽くしている志信の姿に気付いた。

(笠松くん……?!なんでここに?もしかして……今の、見られてた……?)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり
恋愛
憧れの上司と一夜をともにしてしまったらしい杷留。お酒のせいで記憶が曖昧なまま目が覚めると、隣りにいたのは同じく状況を飲み込めていない様子の三条副局長だった。 互いのためにこの夜のことは水に流そうと約束した杷留と三条だったが、始業後、なぜか朝会で呼び出され―― 「結婚、おめでとう!」 どうやら二人は、互いに記憶のないまま結婚してしまっていたらしい。 ほとぼりが冷めた頃に離婚をしようと約束する二人だったが、互いのことを知るたびに少しずつ惹かれ合ってゆき―― 「杷留を他の男に触れさせるなんて、考えただけでぞっとする」 ――鬼上司の独占愛は、いつの間にか止まらない!?

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

鳴宮鶉子
恋愛
Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

スパダリな義理兄と❤︎♡甘い恋物語♡❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
IT関係の会社を起業しているエリートで見た目も極上にカッコイイ母の再婚相手の息子に恋をした。妹でなくわたしを女として見て

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...