君に恋していいですか?

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
42 / 61
切なさに身を焦がす夜

しおりを挟む
土曜日。
日射しの眩しさに目を覚ました志信は、ゆっくりと目を開いて辺りを見回した。

「もう昼前か……」

知らないうちに、リビングの床に転がって眠ってしまったらしい。
テーブルの上には、何本もビールの空き缶が転がっている。
昨夜、薫と別れて一人帰宅した後、何もかも忘れてしまおうとビールを煽った。
灰皿には溢れんばかりの吸い殻が積み上げられている。
ゆうべの事を思い出し、志信はため息をついた。

(卯月さんをあんな所に置いてきぼりにしちゃったけど……あのあと、ちゃんと帰れたかな……)

抑えきれない感情を薫にぶつけてしまった。
酔っていた薫には、きっとわけがわからなかっただろう。
冷静になると、悪い事をしたなと罪悪感でいっぱいになった。

(何やってんだよ……。傷付いてたのは卯月さんの方なのに……)

酔った薫の口から聞かされた言葉が、志信の脳裏に蘇る。

『自分の知らないうちに浮気相手にされていた人の気持ちなんて、わからないよねぇ』

『あんな思いは、もうしたくない……』

『だからもう、恋愛なんてしない……』


社内恋愛をした事があるか、とも聞いていた事を考えると、薫もかつては社内恋愛をした事があるのだろう。
相手に彼女がいる事を知らずに、本気で好きになって、おそらく深い仲だったのだと思う。
その恋がどんな風に終わりを迎え、どれほど薫が傷付いたのかは知らない。
それでも『もう恋愛なんてしない』と言うほど、その傷は深く、今でも薫が苦しんでいる事だけはわかる。

(だから社内恋愛は嫌だって言ったのかな……。相手も、もしかしてその彼女も、社内の人間とか……)

自分の事を語ろうとはしない薫が、酔っていたとは言え初めて自分の過去の恋の話をしたと言う事自体、普通の状態ではなかったのだろう。
それに気付けなかった自分を不甲斐なく感じる。

(会ってすぐに泣いてたり、話したくないって言ってたのに、酔って自分の過去の恋の話をしたり……。もしかして、今まで誰にも話せなかったんじゃ……)

薫の涙を思い出し、志信はいたたまれない気持ちで胸がしめつけられるように痛んだ。

(ずっとつらかったんだ……。きっと、今も……)

それでも、泣いて名前を呼ぶほど、今でもその相手を好きなのかも知れないと思うと、またどうしようもなく胸が痛む。

(どんなに傷付けられても、まだ好きなのかな……。オレとその人を間違うくらいに……)

過去の男なんか忘れて、今ここにいる自分の事を見て欲しい。
他の誰かを愛しながら、薫を弄び傷付けたその相手を許せない。

(オレじゃダメか……?オレだったら浮気なんてしないし、泣かせたりしないのに……)

薫の気持ちは、薫にしかわからない。
どんなに好きだと言っても、拒まれるのかも知れない。
どれくらい想いを伝えれば、固く閉ざされた薫の心に触れる事ができるのだろう?



その頃。
薫はベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。

(昨日のあれ……なんだったんだろう……)

ゆうべは随分酔っていたと思う。
気が付けば志信の腕の中にいて、同じタバコの香りがする浩樹の事を思い出していた。

(やっぱり……何かまずい事でも言ったかな……)

会社を出た時はあんなに優しかった志信が、薫が目を覚ました時には素っ気なく、その後はずっと機嫌が悪かった。

(情けないとか……悔しいとか……なんの事?)

いい加減気付けよ、と絞り出すように切なげな声で呟いた志信の言葉の意味もわからず、薫はただ悶々として寝返りを打つ。

(いい加減気付けよ って……何に?)

志信が怒っていた理由がわからない。
何が『もう無理』だったのかもわからない。
ただ、別れ際の『じゃあね』の言葉が、やけに寂しげだった。

(私……笠松くんに何かした……?やっぱりわからない……)



その日の夕方、志信はあのジュエリーショップへ足を運んで、ウサギのネックレスを買った。
それから、薄い黄緑色のレターセットと青いインクのペンを買った。
とりあえず、昨日の事はきちんと謝ろう。
理由はどうあれ、あんな遅い時間にあんな所に置いてきぼりにしたのはどうかと思うし、一方的に怒鳴り付けた事は、全面的に自分が悪い。
自分の非を認め謝罪した上で、気持ちを伝えようと決めた。
面と向かって想いを伝えれば、また薫に『冗談はよして』と一蹴されるかも知れない。
少しレトロな手法ではあるが、この想いを手紙と言う形で素直に綴ってみようと思う。
ラブレターなんてガラでもないけれど、メールとか口で言うよりも、想いが伝わりそうな気がする。
どれだけ薫の事が好きなのか、どれくらい真剣にこの先も薫といたいのかを伝えたい。
それが少しでも薫の心に届くといいなと志信は思った。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

鳴宮鶉子
恋愛
Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...