君に恋していいですか?

櫻井音衣

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切なさに身を焦がす夜

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土曜日。
日射しの眩しさに目を覚ました志信は、ゆっくりと目を開いて辺りを見回した。

「もう昼前か……」

知らないうちに、リビングの床に転がって眠ってしまったらしい。
テーブルの上には、何本もビールの空き缶が転がっている。
昨夜、薫と別れて一人帰宅した後、何もかも忘れてしまおうとビールを煽った。
灰皿には溢れんばかりの吸い殻が積み上げられている。
ゆうべの事を思い出し、志信はため息をついた。

(卯月さんをあんな所に置いてきぼりにしちゃったけど……あのあと、ちゃんと帰れたかな……)

抑えきれない感情を薫にぶつけてしまった。
酔っていた薫には、きっとわけがわからなかっただろう。
冷静になると、悪い事をしたなと罪悪感でいっぱいになった。

(何やってんだよ……。傷付いてたのは卯月さんの方なのに……)

酔った薫の口から聞かされた言葉が、志信の脳裏に蘇る。

『自分の知らないうちに浮気相手にされていた人の気持ちなんて、わからないよねぇ』

『あんな思いは、もうしたくない……』

『だからもう、恋愛なんてしない……』


社内恋愛をした事があるか、とも聞いていた事を考えると、薫もかつては社内恋愛をした事があるのだろう。
相手に彼女がいる事を知らずに、本気で好きになって、おそらく深い仲だったのだと思う。
その恋がどんな風に終わりを迎え、どれほど薫が傷付いたのかは知らない。
それでも『もう恋愛なんてしない』と言うほど、その傷は深く、今でも薫が苦しんでいる事だけはわかる。

(だから社内恋愛は嫌だって言ったのかな……。相手も、もしかしてその彼女も、社内の人間とか……)

自分の事を語ろうとはしない薫が、酔っていたとは言え初めて自分の過去の恋の話をしたと言う事自体、普通の状態ではなかったのだろう。
それに気付けなかった自分を不甲斐なく感じる。

(会ってすぐに泣いてたり、話したくないって言ってたのに、酔って自分の過去の恋の話をしたり……。もしかして、今まで誰にも話せなかったんじゃ……)

薫の涙を思い出し、志信はいたたまれない気持ちで胸がしめつけられるように痛んだ。

(ずっとつらかったんだ……。きっと、今も……)

それでも、泣いて名前を呼ぶほど、今でもその相手を好きなのかも知れないと思うと、またどうしようもなく胸が痛む。

(どんなに傷付けられても、まだ好きなのかな……。オレとその人を間違うくらいに……)

過去の男なんか忘れて、今ここにいる自分の事を見て欲しい。
他の誰かを愛しながら、薫を弄び傷付けたその相手を許せない。

(オレじゃダメか……?オレだったら浮気なんてしないし、泣かせたりしないのに……)

薫の気持ちは、薫にしかわからない。
どんなに好きだと言っても、拒まれるのかも知れない。
どれくらい想いを伝えれば、固く閉ざされた薫の心に触れる事ができるのだろう?



その頃。
薫はベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を眺めていた。

(昨日のあれ……なんだったんだろう……)

ゆうべは随分酔っていたと思う。
気が付けば志信の腕の中にいて、同じタバコの香りがする浩樹の事を思い出していた。

(やっぱり……何かまずい事でも言ったかな……)

会社を出た時はあんなに優しかった志信が、薫が目を覚ました時には素っ気なく、その後はずっと機嫌が悪かった。

(情けないとか……悔しいとか……なんの事?)

いい加減気付けよ、と絞り出すように切なげな声で呟いた志信の言葉の意味もわからず、薫はただ悶々として寝返りを打つ。

(いい加減気付けよ って……何に?)

志信が怒っていた理由がわからない。
何が『もう無理』だったのかもわからない。
ただ、別れ際の『じゃあね』の言葉が、やけに寂しげだった。

(私……笠松くんに何かした……?やっぱりわからない……)



その日の夕方、志信はあのジュエリーショップへ足を運んで、ウサギのネックレスを買った。
それから、薄い黄緑色のレターセットと青いインクのペンを買った。
とりあえず、昨日の事はきちんと謝ろう。
理由はどうあれ、あんな遅い時間にあんな所に置いてきぼりにしたのはどうかと思うし、一方的に怒鳴り付けた事は、全面的に自分が悪い。
自分の非を認め謝罪した上で、気持ちを伝えようと決めた。
面と向かって想いを伝えれば、また薫に『冗談はよして』と一蹴されるかも知れない。
少しレトロな手法ではあるが、この想いを手紙と言う形で素直に綴ってみようと思う。
ラブレターなんてガラでもないけれど、メールとか口で言うよりも、想いが伝わりそうな気がする。
どれだけ薫の事が好きなのか、どれくらい真剣にこの先も薫といたいのかを伝えたい。
それが少しでも薫の心に届くといいなと志信は思った。


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