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優しい人、優しかった人
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それから近くの居酒屋に入った二人は、たくさんの料理を注文して、ジョッキに並々と注がれたハイボールで乾杯した。
「ふぅ……美味しい」
「それは良かった」
まるで何事もなかったかのように他愛もない話をして、笑いながら料理を口に運び、浴びるようにハイボールを飲んだ。
志信には心なしか、薫がお酒を飲むペースがいつもより更に速く感じる。
「やっぱり卯月さんはお酒強いなぁ」
「普通でしょ?」
「見掛けによらずよく食べるし……。その細い体のどこに入るんだろう?」
志信が不思議そうに薫を見て笑うと、薫は得意気にお腹を指さした。
「ここ」
「普通じゃん」
「普通だよ?」
「いやー、それが普通じゃないんだって」
志信がタバコを手に笑うと、薫はそのタバコの香りのするかつての愛しい人を思い出し、ほんの少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「そうなのかも……。私も、普通のかわいい子なら良かったのかなぁ……」
「……え?」
随分飲んだ酒が回ったのか、薫は少しぼんやりとしているように見えた。
(卯月さんがこんな事を言うなんて珍しい……。酔ったかな……?)
「大丈夫?」
少し心配そうに志信が尋ねると、薫はテーブルに頬杖をついて目を閉じたまま、志信に問い掛けた。
「ねぇ……笠松くんは、社内恋愛した事ある?」
唐突な薫の問い掛けに、志信は驚いた様子で答える。
「なくはないけど……なんで?」
「そっか……。社内恋愛って、めんどくさい?」
「いや……。そんなふうに思った事ないけど……なんで?」
「うん……。ないならいいんだ」
「え?」
不可解な薫の言葉に、志信は首をかしげる。
「ついでに聞くとさ……笠松くん、浮気した事ある?」
「ないよ。あるわけないじゃん」
「そっか……。ないならいいんだ」
「え……?」
(さっきから、わけわからないんだけど……)
随分酔っているなと思いながら、志信は薫の様子を窺っていた。
「自分の知らないうちに浮気相手にされてた人の気持ちなんて、わからないよねぇ……」
「えぇっ……?!」
(なんだ?そんな事があったのか?)
「話したいなら聞くよ?」
「話したくないよ……。でも、あんな思いは……もうしたくない……」
目を閉じたまま、また涙を流す薫を見て、志信は静かに薫の隣に座って頭を撫でた。
「つらかったの?」
「うん……。だからもう……恋愛なんてしない……」
「そんな悲しい事言うなよ……」
志信はいたたまれない思いで、薫の肩を抱き寄せた。
「みんながみんな、そんな男ばっかりじゃないから……」
「そうかな……。笠松くんは、大事な人にそんな思いだけはさせないでね」
「……させないよ。オレは……よそ見なんかしないから……」
『君だけを、ずっと見てるから』
喉元まで出かかった言葉を、志信はグッと飲み込んだ。
(弱って酔い潰れてる相手にこんな事言うの、男らしくないよな……)
「笠松くんの彼女は幸せだねぇ……」
志信の気持ちも知らないで、薫はポツリと呟いた。
『その幸せな彼女にならないか?』なんて、今の薫には言えない。
薫の肩を強く抱き寄せながら、志信は薫の髪にそっと口づけた。
(オレなら……君を泣かせたりしないよ。一生幸せにしてあげるのに……)
『好きだよ』と言う事もできずに、志信はただ薫の肩を抱いて唇を噛みしめた。
(いつか……君が好きだって、言ってもいいかな……?)
優しく肩を抱き髪を撫でる手の感触に、薫は目を閉じたままぼんやりと身を委ねていた。
(なんだろう……?温かくて、気持ちいい……。このままずっと、こうしてたい……)
何度も抱きしめて好きだと言ってくれた、かつての愛しい人の笑顔を思い浮かべ、薫はかぎ慣れたタバコの香りがするシャツに頬を軽くすり寄せた。
「浩樹……」
思わず呟いて、薫はうっすらと目を開いた。
見慣れない居酒屋の店内を目にした薫は、温かいその手が浩樹ではない事に気付き、慌てて身を起こした。
「ふぅ……美味しい」
「それは良かった」
まるで何事もなかったかのように他愛もない話をして、笑いながら料理を口に運び、浴びるようにハイボールを飲んだ。
志信には心なしか、薫がお酒を飲むペースがいつもより更に速く感じる。
「やっぱり卯月さんはお酒強いなぁ」
「普通でしょ?」
「見掛けによらずよく食べるし……。その細い体のどこに入るんだろう?」
志信が不思議そうに薫を見て笑うと、薫は得意気にお腹を指さした。
「ここ」
「普通じゃん」
「普通だよ?」
「いやー、それが普通じゃないんだって」
志信がタバコを手に笑うと、薫はそのタバコの香りのするかつての愛しい人を思い出し、ほんの少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「そうなのかも……。私も、普通のかわいい子なら良かったのかなぁ……」
「……え?」
随分飲んだ酒が回ったのか、薫は少しぼんやりとしているように見えた。
(卯月さんがこんな事を言うなんて珍しい……。酔ったかな……?)
「大丈夫?」
少し心配そうに志信が尋ねると、薫はテーブルに頬杖をついて目を閉じたまま、志信に問い掛けた。
「ねぇ……笠松くんは、社内恋愛した事ある?」
唐突な薫の問い掛けに、志信は驚いた様子で答える。
「なくはないけど……なんで?」
「そっか……。社内恋愛って、めんどくさい?」
「いや……。そんなふうに思った事ないけど……なんで?」
「うん……。ないならいいんだ」
「え?」
不可解な薫の言葉に、志信は首をかしげる。
「ついでに聞くとさ……笠松くん、浮気した事ある?」
「ないよ。あるわけないじゃん」
「そっか……。ないならいいんだ」
「え……?」
(さっきから、わけわからないんだけど……)
随分酔っているなと思いながら、志信は薫の様子を窺っていた。
「自分の知らないうちに浮気相手にされてた人の気持ちなんて、わからないよねぇ……」
「えぇっ……?!」
(なんだ?そんな事があったのか?)
「話したいなら聞くよ?」
「話したくないよ……。でも、あんな思いは……もうしたくない……」
目を閉じたまま、また涙を流す薫を見て、志信は静かに薫の隣に座って頭を撫でた。
「つらかったの?」
「うん……。だからもう……恋愛なんてしない……」
「そんな悲しい事言うなよ……」
志信はいたたまれない思いで、薫の肩を抱き寄せた。
「みんながみんな、そんな男ばっかりじゃないから……」
「そうかな……。笠松くんは、大事な人にそんな思いだけはさせないでね」
「……させないよ。オレは……よそ見なんかしないから……」
『君だけを、ずっと見てるから』
喉元まで出かかった言葉を、志信はグッと飲み込んだ。
(弱って酔い潰れてる相手にこんな事言うの、男らしくないよな……)
「笠松くんの彼女は幸せだねぇ……」
志信の気持ちも知らないで、薫はポツリと呟いた。
『その幸せな彼女にならないか?』なんて、今の薫には言えない。
薫の肩を強く抱き寄せながら、志信は薫の髪にそっと口づけた。
(オレなら……君を泣かせたりしないよ。一生幸せにしてあげるのに……)
『好きだよ』と言う事もできずに、志信はただ薫の肩を抱いて唇を噛みしめた。
(いつか……君が好きだって、言ってもいいかな……?)
優しく肩を抱き髪を撫でる手の感触に、薫は目を閉じたままぼんやりと身を委ねていた。
(なんだろう……?温かくて、気持ちいい……。このままずっと、こうしてたい……)
何度も抱きしめて好きだと言ってくれた、かつての愛しい人の笑顔を思い浮かべ、薫はかぎ慣れたタバコの香りがするシャツに頬を軽くすり寄せた。
「浩樹……」
思わず呟いて、薫はうっすらと目を開いた。
見慣れない居酒屋の店内を目にした薫は、温かいその手が浩樹ではない事に気付き、慌てて身を起こした。
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