君に恋していいですか?

櫻井音衣

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優しい人、優しかった人

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「お疲れ」

薫が着替え終わって喫煙室に向かうと、喫煙室の前で志信が待っていた。

「お疲れ様。早いね」
「うん。仕事終わるの早かったから」
「そうなんだ」

二人は会社を出て、歩きながら夕食の相談をする。

「それで、何食べたい?」
「ハンバーグ」

薫にしては意外な事を言うなと、志信は少し驚いた。

「ハンバーグ?珍しいね。どこ行こうか」
「ファミレスでいいよ」
「飲まないの?」
「今日まだ月曜だよ。明日も仕事だし」
「ふーん……」

(さすがに毎日は飲まないのか)

今まで夕食を一緒に食べる時は金曜日にお酒を飲んでいたので、さすがの薫も平日の夕食はこんなものなのかと志信は少し意外に思った。

(普通の食事も、たまにはまぁいいか……)

「そこのモールの中にハンバーグの店があるから、行ってみようか」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「前に後輩と行った事があるんだ」
「ふーん……」

(笠松くんってやっぱり人気あるんだな……)

志信は『後輩』としか言っていないのに、以前志信が部署の女の子たちに囲まれ食事に誘われていた事を思い出した薫は、きっと女の子と行ったのだろうと勝手に思っていた。

(まぁ……笠松くんが誰とどこに行こうと、私には関係ないし……)

勝手な想像で薫は無意識に仏頂面になる。
いつもに増して口数の少ない薫に、志信は違和感を覚えた。

「どうかした?」
「どうもしない」
「そう?」

(なんか怒ってる……?)

薫の様子が気になりつつも、志信はその事には触れず、薫を連れてハンバーグレストランに向かった。
席について、志信はメニューを見ながら薫の様子を窺ってみる。

(機嫌悪いのかなぁ……)

志信の視線を感じた薫が、急に顔を上げた。

「何?」

志信は少し焦りながらそれをごまかす。

「いや……決まったかなーって」
「うん、和風ハンバーグにする」
「オレも同じでいいや」

和風ハンバーグのセットを二人分注文して、志信はタバコを取り出そうと上着のポケットに手を入れた。

「あ……そうだ、もうタバコなかったんだ」
「あげようか?」
「いや、買ってくるよ。もし料理が来たら食べてていいから」

店を出てタバコを買うため、たくさんの店が軒を並べるモールの中を歩いている時、志信はジュエリーショップの店先で足を止めた。

(アクセサリーかぁ……)

志信はショーケースの中を覗き込む。

(あ……ウサギだ、かわいい……)

小さなダイヤがあしらわれたウサギのモチーフを見て薫を思い出し、志信はそのネックレスをジッと見つめた。

(卯月さんは、こういうの好きかなぁ……。かわいいけどキレイで子供っぽくないし、似合うと思うんだけど……誕生日でもなんでもないのに、恋人でもないオレがアクセサリーなんかプレゼントしたら……引くかな……?)

しばらくネックレスを眺めた後、志信は小さくため息をついて、ショーケースから離れた。

(なんかきっかけがあればな……)

気が付けばいつの間にか、頭の中はいつも薫でいっぱいになっている。
薫の事を、もっと知りたい。
薫の喜ぶ顔が見たい。
自然にアクセサリーをプレゼントできるくらいの関係になれたらと思う。
自分の選んだアクセサリーを着けて笑ってくれたら、きっと幸せな気持ちになるのだろう。

(指輪とか……贈れるようになりたいな……。今のままじゃ無理だけど……)


「遅かったね」

タバコを買って席に戻った志信に、薫は怪訝そうに声を掛けた。

「ああ、うん。途中でちょっと気になる店があったもんだから」
「ふーん」

さして興味も無さそうな薫の様子に、志信は少し寂しさを感じた。

(『なんの店?』とか聞いてくれないんだ)

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