君に恋していいですか?

櫻井音衣

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これ以上、心を揺さぶられないように

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「いいよ。また転ぶと危ないから、落ち着くまでこのままでいて」
「う……うん……」

(どうしよう……。この状況はまずいよね……?)

早く足のしびれが治まるのを祈りながら、でもどこかで、もう少しこのままでいたいと思う。

(どうしよう……気持ちいい……。ずっとこうしてたい……って……やっぱり私おかしい……。酔ってる……?)

このくらいの量のビールを飲んでもたいした事ないのにと思いながら、薫は背中に回された志信の腕の温かさにドキドキしていた。

「ごめん、重いでしょ……?」
「全然重くない」
「ホント……?」
「うん。全然平気。オレはずっとこのままでもいい」
「もう……。笠松くん、また酔ってる……?」
「どうかな……」
「笠松くんは酔うとすぐに変な事ばっかり言うから……」

薫は自分でそう言っておきながら、昨日の夜の志信を思い出してしまい、真っ赤になった。
志信が薫の前髪を指でよけて顔を覗き込む。

「顔、赤いよ」
「……ビール飲んでるから」
「酔ってる?」
「どうだろ……少し?」
「いつもはもっと飲んでも平気なのに?」
「笠松くんだって……」
「そうだなぁ……」

志信は薫を抱きしめながら優しく髪を撫でて、鼻先を薫の頭にくっ付けた。

「今日はオイルの匂いしないけど……やっぱいい匂い」
「やめてよ、恥ずかしいから……」
「照れてる卯月さん、かわいい……」

志信は薫の額にくちづけた。
薫は予想外の志信の行動に驚き、さらにあたふたし始める。

「かっ……笠松くん……!!」
「オレね……誰にでもあんな事言うわけじゃないよ。ホントにそう思うから言った」
「うん……」
「酔って誰でも口説くわけじゃないから誤解しないで」

どんどん甘くなっていく志信の言葉と声の心地よさに、これ以上こうしていると自分がどうにかなってしまいそうで、薫は流されそうになる心を必死で引き戻した。

「……あの……もう大丈夫だから、離して……」
「やだ……って言ったら、どうする?」
「……ダメ、離して」
「……だよね」

志信が背中に回した腕の力をゆるめると、薫は慌てて起き上がった。

(危うく流されるとこだった……)

薫の体の重みがなくなると、志信はゆっくりと起き上がり、薫の背中を見つめた。

(やっぱダメか……)

「そろそろ帰るよ。ごめんな、長居して」

志信は荷物を持って立ち上がり、玄関で靴を履いて、ドアを開けて振り返らずに部屋を後にした。



志信がいなくなった部屋で、薫はしばらく座り込んで考えていた。

(帰っちゃったな……。もう少しあのままでいたかった……なんて……)

まだ体に残る志信の体温と、髪を撫でてくれた手の優しさ、抱きしめられた腕の力強さ。
そっと額に触れた唇の感触……。
さっきまでここにあった志信の温もりが、薫の心を叩き、激しく揺さぶる。
あのまま志信に求められていたら、拒めただろうか?
心のどこがで、そうなる事をわずかに期待していたかも知れない。
もう誰も好きにならないと心に決めたはずなのに、どんどん志信に惹かれて、自分を抑えられなくなりそうで、怖い。

(私、やっぱりどうかしてる……。これ以上、笠松くんとは近付かない方がいい……)



自分の部屋に帰った志信は、冷蔵庫から缶ビールを取り出してタブを開け、勢いよく喉に流し込んだ。
タバコに火をつけ、ため息と一緒に煙を吐き出す。
流れてゆく煙を目で追いながら、さっきまで腕の中にいた薫の感触を確かめるように、ギュッと手を握りしめた。

(危うく抑えられなくなるとこだった……)

倒れ込んだ薫を受け止めた時、薫の体の華奢さと柔らかさに戸惑った。
顔を真っ赤にして恥ずかしがる薫が堪らなくかわいくて、愛しくて、思わず抱きしめていた。
髪から微かに香るシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐり、体に押し当てられた柔らかい胸の感触に、理性が吹き飛びそうになった。

(あのまま強引に押し倒してたら……卯月さんはどうしただろう……?)

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