君に恋していいですか?

櫻井音衣

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高鳴る鼓動

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志信は喫煙室でタバコを吸いながら、薫からのメールを見ていた。
薫と会うのが待ち遠しくて、いつもより張り切って仕事を終わらせ、定時のチャイムと同時に席を立って喫煙室にやって来たのだ。

【さっきから喫煙室で、キリンになって待ってる】

嬉しくてにやけそうになるのを堪えながら返信して、短くなったタバコを灰皿に投げ込んで上機嫌で席を立つと、隣に座っていた石田が志信を見上げた。

「なんだ笠松、嬉しそうだな。デートか?」
「いや……オレはそう言いたいんだけど、相手はそう思ってないんですよねぇ」
「んー?片想いかぁ?」
「盛大に」
「相手どんな子?」
「仕事熱心で、さりげなく気遣いのできる優しい子ですよ。いろいろ手厳しいけど……すっげぇかわいい」

ここまで誉めるということは、相当かわいくていい子なのだろう。
石田はそんな事を思いながら、嬉しそうな顔をして答える志信を楽しそうに笑って見ている。

「ベタ惚れだな」
「ええ。フラれっぱなしですけどね」
「まぁ、頑張れよ」
「ハイ」

志信が喫煙室を出ようとすると、薫がドアを開けて顔を覗かせた。

「あ、卯月さん」

薫の顔を見て嬉しそうに笑う志信を、石田と同僚たちが驚いた顔で見ている。
そんな事に気付く様子もなく、薫はおかしそうに笑って首に触った。

「キリン?」
「うん、キリン」

二人のおかしな会話を聞いて、石田と同僚たちは不思議そうに首をかしげる。

「じゃあ、お先に」

嬉しそうに笑いながら同僚に声を掛けて志信が喫煙室を出て行くと、石田と同僚たちは顔を見合わせた。

「なぁ……笠松の片想いの相手って……」
「優しくてすっげぇかわいいって、あの卯月さんの事ですかね……?」
「仕事熱心はともかく、どう見ても無口で無愛想で気が強そうだぞ?かわいいには程遠い」
「だよなぁ。アイツにしかわかんねぇ良さがあんのかなぁ……」
「オレらにはわからんな」
「ああ、さっぱりわからん」
「オレにもわかりません……」

石田と同僚たちは、先ほどより大きく首をかしげた。



会社を出た薫と志信は、他愛もない話をしながら焼き鳥屋に向かって歩いていた。

「卯月さん、今日はいつもよりも遅かったね。なんか仕事が長引いてた?」

志信が何気なく尋ねると、薫は少し慌てた様子で視線を泳がせた。

「ああ、うん……ちょっとね。週末だし……」
「ふーん?片付いたの?」
「うーん……大丈夫……だと思う……」
「ならいいけど……」

(なんかいつもより歯切れが悪いみたいだけど、どうかしたのかな?仕事の事でも考えてるのかも……)


少し先にあるコンビニの前で薫が立ち止まり、タバコを買ってくると言うので、志信は店の前で待つ事にした。
コンビニに入った薫は、ひとつ大きく息をついた。

(長野さんはあんな事言ってたけど、笠松くんは気にも留めないって感じ……?まぁ、当たり前だよね)

仕事の後に化粧直しもせずに会うのはいつもの事だし、むしろ小綺麗に化粧をしておしゃれをして現れた方が変に思われるだろう。
薫は余計な心配をするのはもうやめようと思いながらレジの前に立ち、いつも吸っている銘柄のタバコを注文した。


志信がコンビニの前で薫を待っていると、これから女子会でもするのか、同じ部署の後輩女子社員が数人で賑やかに通りかかった。

「あ、笠松さん、お疲れ様です!」
「あ、うん。お疲れ様」
「こんなとこで何してるんですかぁ?」
「ちょっとね」

(めんどくさいなぁ、もう……)

「あっ、良かったら笠松さんも一緒に行きませんかぁ?すぐそこに、オシャレなダイニングバーがあるんですよぉ。一緒に行きましょうよぉ」

後輩たちはキャッキャと甲高い声で、楽しそうに志信に話し掛ける。
鼻にかかった声で、いちいち語尾を伸ばす話し方が苦手だと志信は思う。

「いや、オレはいいや。先約あるし」
「良かったらその方も一緒にどうです?お料理がすっごく美味しいんですよー!」
「へぇ。場所だけ教えてよ。今度行ってみるから」
「今度じゃなくて今から行きましょ!」

(だから君たちとは行かないって……)

立ち話をしていると、後輩たちのむせ返るような香水や化粧の香りにうんざりする。
早く立ち去って欲しいのに、後輩たちはなかなか諦めようとしない。

(あーもう……こういう匂いは苦手なんだよ……。)
卯月さん、まだかなぁ……。)

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