君に恋していいですか?

櫻井音衣

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高鳴る鼓動

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「はぁ……」

仕事の合間、志信は休憩スペースでコーヒーを飲みながらため息をついた。

(卯月さん……どうしてるかな……)

あれからなんとなく気まずいままで、顔を合わせる事も連絡もなく2週間が過ぎた。
部署もフロアも違う。
日中のほとんどを社外で過ごす薫とは、なかなか顔を合わせる事もない。

(ただの同期なんて、こんなもんか……。卯月さんからは連絡なんてくれた事はないし、オレが誘わなかったら会う事もない……。会いたいって言ったら、また迷惑がられるのかな……)

もしかしたらもう会ってくれないのではないかという不安が、志信の脳裏を掠めた。
自分の事を『ただの同期』と思っているからこそ、一緒にいて笑ってくれるのだと思うと、どうしようもなく苦しくて、つらい。
やっと始まったと思ったのに、少し進むと振り出しに戻されてしまう。
進みたくても進む事ができない。
だけど、このまま何もしないで、この想いが枯れて行くのを待つのもつらい。
他に好きな人や彼氏がいると言うわけでもないのに、薫があんなに頑なに恋愛を拒む理由はなんなのだろう?

(もしかして、ただオレの事が好きじゃないからそう言っただけなのかも……。オレはこんなに好きなのにな……。どうすれば、オレの事を一人の男として見てくれるんだろう?)

志信はコーヒーを飲み干して、手の中でカップをくしゃりと握りつぶした。
好きだという気持ちと、それを理由に遠ざけられる寂しさ。
仕事中には見られなかった薫の笑顔や、少しふてくされた顔、うつむきながら照れた顔が、次々と浮かんだ。
どうにもならない薫への恋心が、志信の胸をしめつける。

(やっぱり……会いたい……)

また『飲みに行こう』となんともない風を装って誘えば、その誘いに応じてくれるだろうか?
思いきって『好きだ』と言えば、少しは自分の事を考えてくれるだろうか?
それとも……『もう会わない』と拒絶されてしまうだろうか……。

(次に会ったら……卯月さんはどんな顔するんだろう……)

握りつぶしたカップをゴミ箱に投げ入れ、志信はため息をつきながら喫煙室へ向かった。




出先から本社に戻った薫は、さっき訪れたSSのマネージャーから預かった書類を届けるために経理部へ向かった。
ドアのそばの席に座っていた経理部の女性社員に書類を手渡した後、そのフロアの喫煙室へ足を運んだ。
薫が喫煙室のドアを開けると、一人でタバコを吸っていた志信が顔を上げた。

「あ……笠松くん……」
「卯月さん……」

薫は灰皿を挟んで志信の向かいの長椅子に腰かけた。

「久し振り……かな」

志信がためらいがちに声を掛けた。

「そう……かな」

なんとなくぎこちなく視線を泳がせて、薫はタバコに火をつけた。
志信は落ち着かない様子で、タバコを持つ手元を見つめている。

(どうしよう……急すぎて心の準備が……。何か話したいのに、なんも話題が思い浮かばねぇ!!)

焦る気持ちを薫に気付かれないように、志信は必死で平静を装った。

「この間の焼き鳥、すごく美味しかった……」

薫がポツリと呟くと、志信は少しホッとして笑みを浮かべた。

「あの店の焼き鳥、うまいよな」
「うん。すごく気に入った」

薫が笑う。

(誘ってみようかな……)

志信はドキドキしながら、できるだけ普通に……と自分に言い聞かせて薫の顔を見た。

「また、一緒に行こうよ」
「うん。行こうね」

笑ってうなずく薫の顔に、志信は痛いほど胸が高鳴るのを感じた。

(やった……!!うんって言ってくれた……!!)

さっきまで沈んでいた気持ちが嘘のように、志信は天にも昇るような気持ちで薫に尋ねる。

「焼き鳥、好きなの?」
「うん、大好き」

焼き鳥の事だとわかっているのに、薫の『大好き』という言葉で、志信の鼓動がまた激しくなる。

(大好き……って……。それ、オレに言ってくれないかなぁ……)

今日が金曜日だった事を思い出した志信は、短くなったタバコを灰皿に捨てると、思いきって顔を上げ、まっすぐに薫の顔を見た。


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