君に恋していいですか?

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
18 / 61
詰めすぎた距離、引き離される心

しおりを挟む
強引に志信に手を引かれ、深夜まで営業しているアイスクリームスタンドでアイスを買ってもらった薫は、少し腑に落ちない様子で店先のベンチに座ってアイスを食べていた。

(何この展開……?おかしくないか……?)

「うまい?」

志信はタバコを吸いながら、アイスを食べる薫を嬉しそうに笑って見ている。

「美味しいけど……。なんでアイス?」
「食べたいかなぁと思っただけ」
「何それ……」

(何なの?その目は……)

カップの中のバニラアイスをスプーンで口に運びながら、薫は少し眉を寄せた。

(しかも食べてるの私だけだし……)

「笠松くんは食べないの?」
「ん?卯月さんが食べさせてくれるなら食べたいけど」
「バカ……そんな事しないよ」

照れくさそうに呟く薫を、志信は愛しげに見つめている。

(だから……なんで?)

やけに急速に距離を縮められた気がして、薫は志信の言動に戸惑っていた。

(一体なんなの?私と笠松くんは仲のいい同期ってだけなのに……。こんなのまるで……)

いつの間にか志信のペースに乗せられている自分と、笑いながらどんどん自分の領域に入ってこようとする志信。
一緒にいるのはラクだし楽しいとは思う。
でも、それは『同じ会社の同期』として。
それだけだ。

(勘違いしちゃダメ……。変に期待させちゃダメ……。私はもう……)

「オレ……さっき勝ったよねぇ」

志信の言葉にハッとして、薫は顔を上げた。

「え?ああ、うん」
「卯月さんにアイス食べさせて欲しい、って言うのもアリかなぁ……」
「えぇっ……」
「あ……でも、やっぱり……呼び方変えたいって言うのも捨てがたいし、手料理も食べさせて欲しいしなぁ……」
「何言ってるの……」

(もうやめてよ……)

「どうしようかなぁ……迷うなぁ……」

薫はアイスを食べる手を止めて、少し考えてから静かに息をついた。

「笠松くん……そういうの、私に求められても困るよ。前にも言ったでしょ?そういう事は……彼女にやってもらって」

薫の言葉を聞くと、それまで楽しそうに笑っていた志信は一瞬真顔になって、薫の顔をジッと見た。

『だったらオレの彼女になってよ』

思わずそう言いかけて、志信はその言葉がこぼれ落ちないように、奥歯をグッと噛みしめた。
そして薫からそっと目をそらすと、少し寂しげに笑った。

「ハハ……ちょっと飲みすぎたかな……。ごめん、つい調子に乗っちゃった」
「うん……」

二人の間に、ぎこちない空気と沈黙が流れた。
お互いに目をそらして合わせないようにした。
薫がアイスの最後の一口を食べ終わると、志信はタバコの煙を吐き出して、短くなったタバコを水の入った灰皿に投げ込んだ。

「帰ろうか」
「うん……」

さっきとは違って少し距離を取って歩く薫に、志信は静かに話し掛けた。

「やっぱり……明日はいいや」
「え?」
「休みの日までただの同期のオレと一緒にいるなんて、卯月さんにとっては迷惑だよね」
「……迷惑なんて言ってないよ」
「無理しなくていいよ。さっきのゲームの分のお願いは……明日の約束、取り消させて。それでいい?」
「……うん」

薫は小さくうなずいて、志信の背中を見た。

(なんか……笠松くんが今何を思ってるのかとか……もう何も考えたくない……)

それから黙ったまま歩き、薫のマンションの前までたどり着くと、志信はほんの一瞬薫の顔を見つめて、じゃあね、と背を向けた。
遠くなっていく志信の背中を見つめながら、薫はため息をついた。

(これで……いいんだよね……)



志信は足早に歩きながら、さっきの薫の言葉を思い出してため息をついた。

(さすがにヘコんだな……。フラれっぱなしだよ……。オレの事なんて、ただの同期くらいにしか思ってないんだもんな……)

やっと少し距離を縮められたと思ったら、『ここから先には入らないで』とでも言うかのように、ハッキリと線を引かれる。

(オレの事……そんなに迷惑……?)

どうにもならない想いが、志信の心をしめつけた。
どんなに優しくしても、どれだけ自分の存在をアピールしても、薫の心には触れる事ができない。

(最初っから『有り得ない』って言われてたもんな……。やっぱり無理なのか……。いくら押してもダメなら、少し距離を置いた方がいいのかな……。どうしてあんなに頑なに恋愛を拒むんだろう……)

どんどん大きくなる薫への想いを持て余して、志信はまた大きくため息をついた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり
恋愛
憧れの上司と一夜をともにしてしまったらしい杷留。お酒のせいで記憶が曖昧なまま目が覚めると、隣りにいたのは同じく状況を飲み込めていない様子の三条副局長だった。 互いのためにこの夜のことは水に流そうと約束した杷留と三条だったが、始業後、なぜか朝会で呼び出され―― 「結婚、おめでとう!」 どうやら二人は、互いに記憶のないまま結婚してしまっていたらしい。 ほとぼりが冷めた頃に離婚をしようと約束する二人だったが、互いのことを知るたびに少しずつ惹かれ合ってゆき―― 「杷留を他の男に触れさせるなんて、考えただけでぞっとする」 ――鬼上司の独占愛は、いつの間にか止まらない!?

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

鳴宮鶉子
恋愛
Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

スパダリな義理兄と❤︎♡甘い恋物語♡❤︎

鳴宮鶉子
恋愛
IT関係の会社を起業しているエリートで見た目も極上にカッコイイ母の再婚相手の息子に恋をした。妹でなくわたしを女として見て

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...