君に恋していいですか?

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
12 / 61
社員食堂で昼食を

しおりを挟む
販売事業部に配属になった時は、薫と同じ本社勤務になった事を密かに喜んでいたりもしたのだが、薫が本社勤務でありながら日中のほとんどを各SSを回って過ごす事から、志信がSSにいた頃より顔を合わせる機会は減ってしまった。
極たまに研修や会議で顔を合わせる事はあっても、なかなか声をかける事はできなかった。

そんな中で先週の金曜日。
SS部と合同の飲み会があると知ってはいたが、薫がそんな席には滅多に顔を出さないと聞いていたのであまり期待はしていなかったものの、ほんのわずかな望みを掛けて、定時を過ぎて出先から戻った志信は、他の社員より遅れて飲み会に参加した。
そこで、一人壁際の席でつまらなさそうに酒を煽っている薫を見つけた時は、期待していなかった分だけ余計に嬉しかった。
このチャンスを逃すまいと、さりげなく薫の向かいの席に座り、思いきっていつもより積極的な態度で声を掛け、酒の勢いもあってかつい調子に乗って『付き合ってみる?』などと口を滑らせた。
まったく脈ナシの『社内恋愛は有り得ない』と言う薫の言葉に少々ヘコみはしたものの、いきなり付き合おうと言うのも無理な話かと思い直し、『同期の仲間として仲良くしよう』と連絡先の交換をした。

それからはひたすら自分の存在をアピールしようと必死だった。
どんなふうに接したら、薫との距離を縮める事が出来るだろうか?
薫が『有り得ない』と言っていた恋愛の対象に、いつかはなりたい。
時間を掛ければ、少しずつでも自分の方を見てくれるだろうか?



会議室を出て廊下を歩いている薫の後ろ姿を見つけた志信は、少し歩く速度を速め、その背中を追いかけて声を掛けた。

「お疲れ様」
「あ……お疲れ様」
「ホントに疲れてる感じ?」
「うん……。目一杯疲れてる」

疲れた表情で凝り固まった肩を動かしている薫を見て、志信は尋ねる。

「ずっと社内に籠りっきりじゃ滅入っちゃうかな。昼飯、外に出る?」
「いや、社食でいいよ。久し振りだし」
「ホントに?じゃあ……一度部署に戻るから、また後で、食堂の前で」
「わかった」

薫と別れた後、志信が上機嫌で販売事業部の前に戻ると、梨花が笑って手を振っていた。

「笠松さーん」
「あ……長野さん」
「どうですか?金曜日、あれからうまくいきましたか?」

興味津々の様子で尋ねる梨花に、志信は笑って頭を下げた。

「おかげさまで、今日の昼飯を一緒に食べる事になりました」
「良かったですねぇ!」

梨花は手を叩いて喜んでいる。

「お礼に約束通り、今日のお昼をご馳走させていただきます」

志信は財布から千円札を取り出し、梨花に手渡した。

「お釣はいいよ。後で休憩の時に飲み物でも買って」
「ありがとうございます!太っ腹ですねぇ」
「またいい情報があったらよろしくね」
「もちろんです!」

梨花が嬉しそうに笑って去っていくと、志信は資料を机の上に置き、慌てて食堂に向かった。


志信が社員食堂の前に着いた時には、既に薫はそこにいて志信を待っていた。

「お待たせ」
「遅いよ。お腹空いた」
「ごめんごめん」

(なんか、デートの待ち合わせしてるカップルみたいだなぁ……)

ほんの些細な事が嬉しくて、志信は笑って薫の顔を見た。

「何食べるんだっけ?」
「一番高いの、コーヒー付きで」
「姫の仰せのままに」
「だから……姫はないって……」

また照れくさそうにしている薫の顔を見て、志信は嬉しそうに笑う。

(この顔がなんとも言えずかわいい……)


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

鳴宮鶉子
恋愛
Re_Love 〜婚約破棄した元彼と〜

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

鳴宮鶉子
恋愛
Princess story 〜御曹司とは付き合いません〜

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...