君に恋していいですか?

櫻井音衣

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同期の仲間としてなら

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ウイスキーの水割を飲みながら、薫はぼんやりと考えていた。
もしあの時、自分が周りの人たちに『私、この人と付き合ってました!!』と暴露していたら、どうなっていたのだろう?
『私の事、騙してたの?』と泣いて彼を責め立てていたら?
彼女のお腹に彼の子供がいた事を考えると、どうにもならなかったのかも知れない。
結局は彼の前で泣く事も、彼を責める事も、本当の事を聞くことすらもできなかった。

(せめてハッキリと言って欲しかったんだよね……。他に好きな人がいるから別れよう、って……)

嫌いになって別れたわけじゃない。
彼の事を好きなまま、裏切られた形でその恋は終わった。
彼の口から言い訳のひとつも聞けないままで終わった恋は、薫の心に深い傷跡を残した。
えぐられるような胸の痛みと、裏切られた悲しみだけがいつまでも心に残り、別れてから5年も経った今でも、新しい恋には踏み出せずにいる。


入社して数か月、23歳になってすぐの頃。
本社SSに勤めていた薫は、よく社用車で給油に訪れる、第一営業部の中村 浩樹ナカムラ ヒロキと付き合っていた。
接客に当たる機会が多かった薫を気に入った浩樹が、『今度一緒に食事に行こう』と誘った事がきっかけだった。
浩樹は3つ歳上で物腰が柔らかく、それまでまともな恋愛経験のなかった薫には、浩樹が実際の年齢よりとても大人に見えた。
ひそかに憧れていた浩樹から食事に誘われた薫は、舞い上がるような気持ちでその誘いに応じた。
憧れはいつしか恋に変わり、気が付けば仕事の後に二人で会う回数が増え、二人が自然と男女の仲になるのに、そう時間はかからなかったように思う。
しかし浩樹からは『この会社は管理職のネットワークがすごくて、社員の個人情報が筒抜けなんだ。特に社内恋愛はいろいろと詮索されて何かと面倒だから、お互いの仕事に支障をきたさないためにも、他の人たちにはオレたちが付き合ってる事は内緒にしておこう』と言われていた。
アルバイトではなく正社員になると、そんなものなのかと思った薫は、その言葉を信じて疑わなかった。

就職を機に実家を出て本社近くで一人暮らしをしていた薫の部屋に、浩樹は度々訪れた。
二人でいる時はいつもより甘い声で『薫、好きだよ』と言って、優しく抱きしめてくれる浩樹の事が、とても好きだった。
時には手料理を振る舞い、朝までベッドで抱き合う事もあった。
だけど、今になって考えてみると、休みの日にはあまり一緒にいてくれなかったように思う。
約束もしていないのに仕事の後に突然部屋を訪れ、薫を抱いた後、夜中に帰って行ったり、そうかと思えば、たまに約束をドタキャンされたりもした。
そんな日々が2年ほど続き、急に連絡が来なくなったなと思っていた矢先に、浩樹の支社への異動と、彼女との結婚、そして彼女が妊娠している事を他の社員から知らされた。
まさに青天の霹靂。
唐突に突き付けられたその事実に、薫は鈍器で後頭部を殴られたような衝撃に襲われた。
後になって人から聞いた話によると、浩樹は同じ第一営業部に所属していた彼女と、4年近くも付き合っていたらしい。
今なら不可解な行動に納得もするが、付き合っていた時はまさか、自分が都合のいい浮気相手にされているなどとは思いもしなかった。
自分との今までの事はなんだったのかと思いながらも、誰にもその事は言えなかった。
そして今も、浩樹と付き合っていたと言う事実は、誰にも話せないままでいる。

(そもそも、秘密の関係なんて裏があるに決まってるのに、どうして気付けなかったんだろう?)

疑う事も考えられないほど、彼の事が好きだった。
自分だけを愛してくれているのだと信じてやまなかった。
でも、それが浩樹にとっては偽物の恋だったのだと気付いた頃には、もう遅かった。
妊娠が結婚のきっかけになったのなら、自分にだってその状況は有り得たはずだ。
もしあの時、妊娠したのが自分だったなら、浩樹は自分を選んでくれただろうか?
もしかしたら、そんな状況になっていたとしても、自分は選ばれなかったのかも知れない。
浩樹の生涯の伴侶に選ばれなかった自分がみじめだった。
浩樹の嘘に気付けなかった自分が情けなくて、信じていた浩樹に裏切られた事が、本当に悲しかった。

(結局……秘密の社内恋愛なんて、種明かししちゃえばそんなもんだよね……)


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