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職場に私情は持ち込まない
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しばらくして、運ばれて来たお酒で乾杯をして飲み会は始まった。
薫はジョッキの生ビールをグイグイ飲みながらテーブルの上に並んだ料理を口に運ぶ。
周りを見ると、部署を越えて若い社員同士が料理そっちのけで楽しそうに談笑している事に気付いた。
(やっぱりみんな、そっちがメインなんだ。みんなが食べないんなら、私がぜーんぶ食べちゃうぞーっと)
黙々と料理を食べながら、あっという間にジョッキを空にした薫は、生ビールのお代わりをオーダーした。
(あーあ、やっぱり私は場違いだな。社内で出会いなんて求めてないし。今、私がこの場に求めてるのは酒と料理だけだもんね。飲むだけ飲んで、食べるだけ食べたら帰ろうっと)
ジョッキを片手に、焼きししゃもを頭からかじりながら周りの様子を窺っていると、グラスに注がれたビールを飲んでいる販売事業部の上田部長と目が合ってしまった。
ビールなら生ビールをジョッキで頼めばいいものを、なぜわざわざ瓶ビールを頼んでチマチマとグラスで飲むのか。
もしかして、若い女子社員にお酌をさせる事が目的なのかと思いながら、薫はビールを飲むふりをして慌てて目をそらしたが、上田部長はビールが半分ほど入ったグラスを片手に薫に近付いて来た。
(げっ……めんどくさい……)
一体何を言われるのか、嫌な予感しかしない。
「卯月くんがこんな席にいるの珍しいね」
「はぁ……まぁ……」
「みんな楽しそうに交流してるけど、君はいいの?」
「私は目一杯働いてお腹が空いてるので、食べてます」
「随分余裕なんだね。モテるのかな?」
「いえ、そういうわけではありませんが、職場には出会いを求めていませんので」
「社内恋愛も捨てたもんじゃないよ?」
聞くところによると、上田部長は同期の女性社員との社内恋愛の末に結婚したらしい。
お相手の女性は結婚を理由に、いわゆる『寿退職』をして、三人の子宝に恵まれたそうだ。
その結婚生活が円満だから、そんなことを言うのだろう。
しかし薫に取って社内恋愛なんて言うものは、忘れてしまいたい暗い過去に過ぎない。
「めんどくさいのは苦手です」
素っ気なくそう言って、ジョッキのビールを煽る薫を見た上田部長は、なんとも言えない表情で小さく笑った。
「良くも悪くも、君は入社当初から変わらないね」
「それは……私が入社当初からまったく成長していないって事ですか?」
「いや、そういう事じゃないよ」
上田部長が席を立って離れると、薫は少し苛立たしげにタバコに火をつけた。
(入社当初から変わらないって何だ?仕事に関しては、文句を言われる筋合いなんてないはずだけど……。仕事の事じゃないなら、少しは女らしくしろとか、そういう事?)
煙を吐き出し、ジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干すと、薫はそばを通り掛かった店員を呼び止めた。
「ウイスキーの水割りをダブルで!ジョッキで持ってきて!」
思いのほか大きな声だったらしく、薫のオーダーを耳にした若い社員たちが呆然としている。
注文した酒がウイスキーだった事に驚かれたのか、それをジョッキで持ってきてと頼んだ事に驚かれたのか、一体どちらなのだろうと思いながら、薫は苛立たしげにタバコを口にくわえて煙を吐き出す。
(好きな酒飲んで何が悪い!!)
周りの男性社員には目もくれず、相変わらずタバコを吸いながら酒を飲んで料理を口に運ぶ薫を、青木部長は少し離れた場所から苦笑いして見ていた。
「おたくの卯月くんは、いつもあんな感じ?」
上田部長が尋ねると、青木部長はおかしそうに笑った。
「ええ、いい子でしょう。人一倍真面目に働いて、期待された以上の仕事をキッチリこなす。おまけに上司や先輩だけでなく、後輩に対しても礼儀を大事にするんです」
娘を見るような優しい目で薫を見ている青木部長に対して、上田部長は少し怪訝な顔をする。
「でも愛想とか、かわいげはないね。昔からだけど」
「愛想やかわいげだけじゃ、あんな大変な仕事は務まりませんから。確かに少し無愛想な気もするけど、現場での評判はものすごくいいんですよ」
「それは社員から?客から?」
「マネージャーからもスタッフからも、とても信頼されてますよ。お客さんからの評判はバイト時代から今に至るまで、安定して素晴らしいです」
「あぁ……。卯月くんは山寺SSで7年もバイトしてたんだってね」
「ええ。私、その時マネージャーやってましたからね、よく知ってるんです。男性社員より仕事が出来る子でね。だから私がSS部の部長になった時、人事部に掛け合って、彼女をSS部に引き抜いたんですよ」
青木部長の言葉に納得したのか、上田部長はうなずきながらチラリと薫を見た。
「なるほどねぇ……。働き盛りの男以上に仕事が出来るとなると、余計に男は逃げるだろうね。生半可な気持ちじゃ太刀打ちできないから」
「それはどうですかね。そこは私らには手の出せない領域ですから」
「手の出せない領域?」
上田部長が首をかしげると、青木部長はビールを一口飲み込んで、ハッキリと言い切った。
「職場に私情は持ち込まない子なんです」
薫はジョッキの生ビールをグイグイ飲みながらテーブルの上に並んだ料理を口に運ぶ。
周りを見ると、部署を越えて若い社員同士が料理そっちのけで楽しそうに談笑している事に気付いた。
(やっぱりみんな、そっちがメインなんだ。みんなが食べないんなら、私がぜーんぶ食べちゃうぞーっと)
黙々と料理を食べながら、あっという間にジョッキを空にした薫は、生ビールのお代わりをオーダーした。
(あーあ、やっぱり私は場違いだな。社内で出会いなんて求めてないし。今、私がこの場に求めてるのは酒と料理だけだもんね。飲むだけ飲んで、食べるだけ食べたら帰ろうっと)
ジョッキを片手に、焼きししゃもを頭からかじりながら周りの様子を窺っていると、グラスに注がれたビールを飲んでいる販売事業部の上田部長と目が合ってしまった。
ビールなら生ビールをジョッキで頼めばいいものを、なぜわざわざ瓶ビールを頼んでチマチマとグラスで飲むのか。
もしかして、若い女子社員にお酌をさせる事が目的なのかと思いながら、薫はビールを飲むふりをして慌てて目をそらしたが、上田部長はビールが半分ほど入ったグラスを片手に薫に近付いて来た。
(げっ……めんどくさい……)
一体何を言われるのか、嫌な予感しかしない。
「卯月くんがこんな席にいるの珍しいね」
「はぁ……まぁ……」
「みんな楽しそうに交流してるけど、君はいいの?」
「私は目一杯働いてお腹が空いてるので、食べてます」
「随分余裕なんだね。モテるのかな?」
「いえ、そういうわけではありませんが、職場には出会いを求めていませんので」
「社内恋愛も捨てたもんじゃないよ?」
聞くところによると、上田部長は同期の女性社員との社内恋愛の末に結婚したらしい。
お相手の女性は結婚を理由に、いわゆる『寿退職』をして、三人の子宝に恵まれたそうだ。
その結婚生活が円満だから、そんなことを言うのだろう。
しかし薫に取って社内恋愛なんて言うものは、忘れてしまいたい暗い過去に過ぎない。
「めんどくさいのは苦手です」
素っ気なくそう言って、ジョッキのビールを煽る薫を見た上田部長は、なんとも言えない表情で小さく笑った。
「良くも悪くも、君は入社当初から変わらないね」
「それは……私が入社当初からまったく成長していないって事ですか?」
「いや、そういう事じゃないよ」
上田部長が席を立って離れると、薫は少し苛立たしげにタバコに火をつけた。
(入社当初から変わらないって何だ?仕事に関しては、文句を言われる筋合いなんてないはずだけど……。仕事の事じゃないなら、少しは女らしくしろとか、そういう事?)
煙を吐き出し、ジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干すと、薫はそばを通り掛かった店員を呼び止めた。
「ウイスキーの水割りをダブルで!ジョッキで持ってきて!」
思いのほか大きな声だったらしく、薫のオーダーを耳にした若い社員たちが呆然としている。
注文した酒がウイスキーだった事に驚かれたのか、それをジョッキで持ってきてと頼んだ事に驚かれたのか、一体どちらなのだろうと思いながら、薫は苛立たしげにタバコを口にくわえて煙を吐き出す。
(好きな酒飲んで何が悪い!!)
周りの男性社員には目もくれず、相変わらずタバコを吸いながら酒を飲んで料理を口に運ぶ薫を、青木部長は少し離れた場所から苦笑いして見ていた。
「おたくの卯月くんは、いつもあんな感じ?」
上田部長が尋ねると、青木部長はおかしそうに笑った。
「ええ、いい子でしょう。人一倍真面目に働いて、期待された以上の仕事をキッチリこなす。おまけに上司や先輩だけでなく、後輩に対しても礼儀を大事にするんです」
娘を見るような優しい目で薫を見ている青木部長に対して、上田部長は少し怪訝な顔をする。
「でも愛想とか、かわいげはないね。昔からだけど」
「愛想やかわいげだけじゃ、あんな大変な仕事は務まりませんから。確かに少し無愛想な気もするけど、現場での評判はものすごくいいんですよ」
「それは社員から?客から?」
「マネージャーからもスタッフからも、とても信頼されてますよ。お客さんからの評判はバイト時代から今に至るまで、安定して素晴らしいです」
「あぁ……。卯月くんは山寺SSで7年もバイトしてたんだってね」
「ええ。私、その時マネージャーやってましたからね、よく知ってるんです。男性社員より仕事が出来る子でね。だから私がSS部の部長になった時、人事部に掛け合って、彼女をSS部に引き抜いたんですよ」
青木部長の言葉に納得したのか、上田部長はうなずきながらチラリと薫を見た。
「なるほどねぇ……。働き盛りの男以上に仕事が出来るとなると、余計に男は逃げるだろうね。生半可な気持ちじゃ太刀打ちできないから」
「それはどうですかね。そこは私らには手の出せない領域ですから」
「手の出せない領域?」
上田部長が首をかしげると、青木部長はビールを一口飲み込んで、ハッキリと言い切った。
「職場に私情は持ち込まない子なんです」
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