君に恋していいですか?

櫻井音衣

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職場に私情は持ち込まない

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男性社員に混ざって喫煙室でタバコを吸う女性社員は珍しい。
女性社員はたいてい、女子トイレの洗面台の辺りでタバコを吸うのが暗黙の了解のようになっている。
でも薫は、他の女性社員のようにそこに混ざってタバコを吸うのが嫌いだった。
嫌でも耳に入る他人の噂や陰口と、香水や化粧品の香りにうんざりしてしまう。

(こういう所が男っぽいのか……?)

そんなことを思いながらタバコを吸っていると、同じSS部の後輩が声を掛けてきた。

「卯月さんも、この後出席しますか?」
「あー、うん。長野さんに誘われた。適当に食べて飲んだら帰るけど」
「二次会、カラオケですよ。一緒に行きましょうよ。卯月さん、歌がうまいって噂は聞いてますからね。逃がしませんよ!!」

(なんだそりゃ……。どこでそんな噂を……)

「考えとく」


2本目のタバコを吸い終わる頃、梨花からメールが届いた。
薫はポケットからスマホを取り出しメール受信画面を開いてギョッとした。

【お待たせしましたー♪(*^^*)
更衣室の前で待ってまーす(^w^)】

梨花からのメールを見て、薫は少しクラクラしながら画面を閉じた。

(先輩へのメールに顔文字入りって……)

最近の若い子はみんなこうなのかと小さくため息をつきながら、薫は短くなったタバコを灰皿に捨て、喫煙室を後にした。


更衣室の前で、梨花と他の数人の後輩と合流した。
小綺麗な服装をしている後輩たちの中で、Tシャツにジーンズと言うラフなスタイルの薫は、誰がどう見ても浮いている。

(みんな女の子だねぇ……。会社に着いたら制服に着替えるのに、目一杯オシャレして毎朝ガッツリ化粧して通勤って……。疲れないのかな?)

楽しそうに笑って話す後輩たちの後ろを、給料のどれくらいを洋服や化粧品などに費やしているのだろうと思いながら薫は歩いた。

(私にもあんな頃が……いや、なかったな……)

入社当初から薫は、他の女の子たちのようにオシャレをしたり、しっかり化粧をしたりはしなかった。
それでも、好きだと言ってくれた人がいた。

『薫はそのままでいいよ』

また不意に思い出す、かつての恋人の言葉。

(結局は女の子らしくてかわいい人を選んだくせに、よく言うよ……)

『いろいろ詮索されると面倒だから、オレたちが付き合ってる事は、他の人たちには内緒にしておこう』

彼の言葉を信じて、疑わなかった。
一体どこまでが本当の言葉だったのか?
どこからが嘘だったのか?

(今更こんな事考えるのバカらしい……)

そんなことを考えるのも、予期せぬ形で、かつての恋人と喫煙室で久し振りに顔を合わせてしまった事が、大きく関係しているのだろう。
恋人だと思っていたその人は、薫と出会う前から付き合っていたと言う、同じ部署の同僚が妊娠したのを機に結婚した。
浮気されたわけではない。
知らないうちに、自分の方が浮気相手にされていた。
だから他の人たちには内緒だったのだと思うと、悲しさを通り越して、ただ情けなくて、ひたすらみじめで、その事は誰にも言えなかった。
あれだけ傷付けておきながら、なに食わぬ顔で『久し振り』なんて、よく気安く声を掛けられるなと思った。
結局、本気で好きだったのも、傷付いたのも、自分だけだったのだと改めて悟った。

薫は思い出したくもない若かりし日の『社内恋愛』を悔やみながら歩き続け、予約されていた店に着くと、壁際の席に座った。

(あー、もう……。こうなったら今日は会社の金でとことん飲んでやる!!普段人一倍働いてんだから、文句ないだろ!!)

SS部と販売事業部のメンバーがほぼ揃った頃、店員がオーダーを取りに来た。
甘いカクテルや果実酒をオーダーする女性社員が多い中、薫はとりあえず生ビールをジョッキでオーダーした。

「さっすが卯月さん、男前ですねぇ」

隣の席の梨花が楽しそうに笑う。

「は……?みんなもビールくらい、普通に飲むでしょ」
「私、お酒弱いんですよぉ。甘いのしか飲めなくて」

(え、弱いのになんで飲み会に来るの?飲むのが目的じゃないなら、目当ては……男か……?)

「私は逆だから。甘いお酒ダメで」
「うわぁ、おっとなー!!強いんですか?」
「普通……だと思う」

普通にお酒を飲めるのだから普通だと思ってそう答えたけれど、薫には自分が酒豪だと言う自覚がなく、『ただの酒好き』くらいにしか思っていない。
しかしある程度の勤続年数を重ねた社員は、誰もが薫を『とんでもない酒豪』だと認識している事を、薫は知るよしもなかった。


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