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職場に私情は持ち込まない
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タバコの煙を吐き出しながら、薫はまた、苦い恋を思い出していた。
『好きだよ、薫』
強く抱き寄せる左手。
少し強引な、タバコの香りのキス。
腕の中で聞いた甘く優しい声。
(もう何年前の事よ……。忘れたつもりだったのに、なんで今更思い出すんだろう?)
短くなったタバコを水の入った灰皿に投げ入れて、薫は大きく息をついた。
(あんな思いは……もうたくさん……)
コーヒーを飲み干し、カップをゴミ箱に捨てて立ち上がると、一人の男性社員が喫煙室のドアを開けて入ってきた。
(あっ……)
「……お疲れさまです」
薫は目を合わせないようにそらして、軽く頭を下げ、無愛想に挨拶をした。
その人は少し懐かしそうに薫を見て微笑んだ。
「薫……久し振り。元気だった?」
「ハイ……失礼します」
素っ気なくそう言って喫煙室を後にした薫は、唇をギュッと噛みしめて、廊下を歩いた。
(どの口がそんな気安く声を掛けるの?)
SS部のオフィスに戻り明日の仕事の準備をしていると、定時のチャイムが鳴った。
「あー、間に合ってよかったぁ」
うーんと伸びをしながら、梨花がホッと息をついた。
「お疲れ様」
薫が声を掛けると、梨花は薫の腕に触れて笑いかけた。
「卯月さん、一緒に行きましょうね!」
「あー……うん」
(この子はいつも男の人にもこうしてるけど……女の私にまで同じ事するって事は、無意識?)
「長野さんって……いくつ?」
「25です。あっ、梨花でいいですよぉ」
見るからに女の子らしい柔らかい仕草や話し方は、自分に全くない要素だなと薫は思う。
(リンカ……ね……。見た目だけでなく名前まで男受けしそうな……)
「いやいや、私、職場の人は名前で呼ばない事にしてるから」
「なんでですか?」
かわいらしく首をかしげてジッと目を見つめる梨花に、薫は苦笑いした。
(だから……私は女だっつーの)
「社会人としての礼儀だよ」
「ふーん……?そんなものですか?」
「まぁね。そんな事より、行くんでしょ?早く着替えないと」
「あっ、そうでしたね!行きましょう!」
更衣室でつなぎを脱いでいると、梨花が振り返ってこちらを見ている事に薫は気付いた。
「んーと……何?」
「卯月さん、スレンダーなのにけっこう胸あるなぁと思って」
「……そう言う所は見ないでいいよ」
遠慮なく言いたい事を言う梨花に少し戸惑いながら、薫はいつもより少し急いで着替えた。
「卯月さんって彼氏とかいるんですかぁ?」
梨花の唐突な問い掛けに薫は怪訝な顔をした。
(彼氏とか……?とかって何?彼氏以外の何かがいると思ってるの?)
「いや、彼氏も何もいないよ」
「へぇー。もったいないですね」
(何が……?彼氏の一人もいないまま確実に過ぎて行く時間がもったいないのか……?)
「一人でも別に困ってないし……。仕事してる方が楽しいし……。このまま一人でも私はいい」
「えー、私なら耐えられないなぁ……」
着替えを済ませロッカーを閉めて振り返ると、梨花はまだ着替えの途中だった。
「着替え、遅くない……?」
「違いますよぉ、卯月さんが早過ぎるんです!なんでそんなに早いんですかー?」
「着替えなんてこんなもんでしょ?」
「メイク直しはしないんですか?」
なるほど、これから合コンを控えた年頃の女子にとっては、終業後の着替えよりも気合いを入れた化粧直しの方が重要らしい。
薫はそんなことは自分に取っては無縁だと思いながら、苦笑いを浮かべる。
「直すほどの化粧してないから。私、喫煙室で待ってる。終わったら連絡して」
「ハーイ」
薫が喫煙所の前に辿り着くと、喫煙室はいつもよりたくさんの男性社員で混み合っていた。
(オジサンだらけだ……)
喫煙者の多い会社なのだから、喫煙室を増やすか男女別にすればいいのにと思いながら、薫はタバコに火をつけた。
『好きだよ、薫』
強く抱き寄せる左手。
少し強引な、タバコの香りのキス。
腕の中で聞いた甘く優しい声。
(もう何年前の事よ……。忘れたつもりだったのに、なんで今更思い出すんだろう?)
短くなったタバコを水の入った灰皿に投げ入れて、薫は大きく息をついた。
(あんな思いは……もうたくさん……)
コーヒーを飲み干し、カップをゴミ箱に捨てて立ち上がると、一人の男性社員が喫煙室のドアを開けて入ってきた。
(あっ……)
「……お疲れさまです」
薫は目を合わせないようにそらして、軽く頭を下げ、無愛想に挨拶をした。
その人は少し懐かしそうに薫を見て微笑んだ。
「薫……久し振り。元気だった?」
「ハイ……失礼します」
素っ気なくそう言って喫煙室を後にした薫は、唇をギュッと噛みしめて、廊下を歩いた。
(どの口がそんな気安く声を掛けるの?)
SS部のオフィスに戻り明日の仕事の準備をしていると、定時のチャイムが鳴った。
「あー、間に合ってよかったぁ」
うーんと伸びをしながら、梨花がホッと息をついた。
「お疲れ様」
薫が声を掛けると、梨花は薫の腕に触れて笑いかけた。
「卯月さん、一緒に行きましょうね!」
「あー……うん」
(この子はいつも男の人にもこうしてるけど……女の私にまで同じ事するって事は、無意識?)
「長野さんって……いくつ?」
「25です。あっ、梨花でいいですよぉ」
見るからに女の子らしい柔らかい仕草や話し方は、自分に全くない要素だなと薫は思う。
(リンカ……ね……。見た目だけでなく名前まで男受けしそうな……)
「いやいや、私、職場の人は名前で呼ばない事にしてるから」
「なんでですか?」
かわいらしく首をかしげてジッと目を見つめる梨花に、薫は苦笑いした。
(だから……私は女だっつーの)
「社会人としての礼儀だよ」
「ふーん……?そんなものですか?」
「まぁね。そんな事より、行くんでしょ?早く着替えないと」
「あっ、そうでしたね!行きましょう!」
更衣室でつなぎを脱いでいると、梨花が振り返ってこちらを見ている事に薫は気付いた。
「んーと……何?」
「卯月さん、スレンダーなのにけっこう胸あるなぁと思って」
「……そう言う所は見ないでいいよ」
遠慮なく言いたい事を言う梨花に少し戸惑いながら、薫はいつもより少し急いで着替えた。
「卯月さんって彼氏とかいるんですかぁ?」
梨花の唐突な問い掛けに薫は怪訝な顔をした。
(彼氏とか……?とかって何?彼氏以外の何かがいると思ってるの?)
「いや、彼氏も何もいないよ」
「へぇー。もったいないですね」
(何が……?彼氏の一人もいないまま確実に過ぎて行く時間がもったいないのか……?)
「一人でも別に困ってないし……。仕事してる方が楽しいし……。このまま一人でも私はいい」
「えー、私なら耐えられないなぁ……」
着替えを済ませロッカーを閉めて振り返ると、梨花はまだ着替えの途中だった。
「着替え、遅くない……?」
「違いますよぉ、卯月さんが早過ぎるんです!なんでそんなに早いんですかー?」
「着替えなんてこんなもんでしょ?」
「メイク直しはしないんですか?」
なるほど、これから合コンを控えた年頃の女子にとっては、終業後の着替えよりも気合いを入れた化粧直しの方が重要らしい。
薫はそんなことは自分に取っては無縁だと思いながら、苦笑いを浮かべる。
「直すほどの化粧してないから。私、喫煙室で待ってる。終わったら連絡して」
「ハーイ」
薫が喫煙所の前に辿り着くと、喫煙室はいつもよりたくさんの男性社員で混み合っていた。
(オジサンだらけだ……)
喫煙者の多い会社なのだから、喫煙室を増やすか男女別にすればいいのにと思いながら、薫はタバコに火をつけた。
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