君に恋していいですか?

櫻井音衣

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職場に私情は持ち込まない

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前任のチーフが寿退職し、チーフ職を引き継いで3年。
入社してから早い段階で退職する女性社員が多い中、仕事に没頭して充実した毎日を送っているうちに三十路を迎えた薫は、いつしかベテランと呼ばれるようになっていた。
女性社員の中ではかなりの年長者の枠に入ってしまったが、本社に所属していながらオフィスにいる時間は少ないので、同じ部署の他の女性社員たちは薫の事を『お局様』とは思っていないらしい。
それは薫のサバサバした男っぽい性格のせいもあるのだろう。
それに気付いていないわけでもないが、時々オフィスに一日中いる時に感じる違和感や、しがらみのようなものとは無縁の場所にいられる事に、少し安堵していたりもする。

薫は車を運転しながら、入社して間もない頃にある人から言われた言葉を、ふと思い出した。

『誰よりも一生懸命仕事してる薫の事が、すごく好きなんだ』

(あー、なんで急に思い出すかなぁ……)

灰皿の上でタバコを揉み消して、ため息混じりに煙を吐き出すと、遠い日の苦い恋の記憶を打ち消すように、カーステレオのボリュームを上げた。

(社内恋愛なんて、ろくなもんじゃない。二度とするもんか)



青木アオキ部長、これ預かって来ました」
「おっ、ありがとう」

SS部のオフィスに戻った薫は、預かっていた書類の入った封筒を部長に渡すと、自分の席に着いてパソコンの画面を開いた。
SS勤務の女性スタッフ用のつなぎを着たまま今日の業務日報を入力していると、隣の席の後輩、長野 梨花ナガノ リンカがしげしげと薫を眺めた。

「お帰りなさい。卯月さんはやっぱりつなぎが似合いますよねぇ」
「こっちの方が性に合うんだよね。着慣れてるし、ラクだし」
「カッコイイですよ。違和感ないし」
「私がそっちの制服着てる方が違和感あるんだろうね。似合わないし……」

キーボードを打ちながら苦笑いをすると、梨花は首を横に振った。

「似合わなくはないです。ただ、つなぎが似合い過ぎてるだけです!」
「ハイハイ……。それよりいいの?もうすぐ定時だよ」
「あっ、そうでした!今日、販売事業部と飲み会なんです。早くこれ終わらせないと」
「頑張って」

他人事だと思って薫が適当な返事をすると、梨香は小さく首をかしげる。

「卯月さんは行かないんですか?」
「私はいい」
「えー、行きましょうよ。親睦会費から会費は出てるんですよ。行かないと損です!一緒に行きましょう」

他の部署には興味なんてないし、歳の離れた自分が飲み会に行ったって、後輩たちに気を使わせるだけだ。
逆に後輩たちに気を使って、隅の方で大人しく酒を飲む自分姿が目に浮かび、薫は小さく首を横に振った。

「私が行っても誰も喜ばないから、いいって……」
「何言ってるんですか。絶対一緒に行きましょうね、卯月さん!!今日のお店、すっごく料理が美味しいらしいですよ。お酒も種類が豊富だって。それだけでも行く価値アリです!」
「ふーん……」

後輩からこんなにも強く誘われては、無下に断ることも出来ない。
薫は小さくため息をつきながら、「そこまで言うなら……」と言ってうなずいた。

(しょうがないな……。この子は言い出したら聞かないんだよね。とりあえず、料理と酒だけ堪能したら帰ろう)

さっきとは打って変わって、大急ぎでパソコンにデータを入力している梨花を見て、薫はまた小さくため息をついた。

(飲み会……ねぇ。要は、社内合コンだよね?そんなもんやってどうすんのよ)


業務日報を入力し終えた薫は、それを青木部長のパソコンに送信してから、タバコを持って席を立った。
休憩スペースの自販機で買ったコーヒーを持って喫煙室に入った薫は、静かにタバコに火をつけた。

(あーあ……。会社の飲み会とかって苦手……。めんどくさいんだよね……)

若い女性社員たちの中にいると、普段は気にならない自分の歳が気になるようになってきた。
そして『そろそろいい相手はいないのか』などと、セクハラとも取れる言葉を平気で言う上司のオジサンがいたりする。
そんな時薫はいつも、心の中で『ほっとけよ』と思いながら、口元だけでニヤリと笑って答える。

『少なくともこの会社にはいませんね』

薫の眼光の鋭さに怯んで、そそくさと逃げ出す上司の背中を何度見たことか。

(若い子は何言ってるかよくわからないし、オジサンの言う事にもイラッと来るし……。数少ない同世代女性社員はほとんど既婚者だし……)

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