君に恋していいですか?

櫻井音衣

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職場に私情は持ち込まない

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よく晴れた昼下がり。
郊外のあるガソリンスタンドでは、客もまばらな時間帯と言う事もあり、スタッフたちは窓拭き用のタオルをたたみながら雑談をしたり、整備の工具の点検をしたりしていた。
客の車が入ってくると、スタッフが待ってましたとばかりに機敏に動き出し誘導する。

「オーライ、オーライ、ハイ、オッケーでーす!!」

スタッフは車を両手で制すると、サッと運転席の窓に駆け寄り、運転手ににこやかに笑いかけた。

「いらっしゃいませ、こんにちは!」
「こんにちはー。レギュラー満タンにして、洗車とオイル交換もお願いね」
「いつもありがとうございます!」

客の差し出すカードを受け取りながら元気よく対応するスタッフを、一人の女性が少し離れた場所からにこやかに見つめている。

卯月 薫ウヅキ カオル、30歳。
この会社の本社SSエスエス部のカウンセリングチーフを務めている。
今日も薫はサービスステーションと呼ばれる給油所へと足を運び、スタッフと面談をしたり、作業を手伝ったりしていた。

「卯月さん、オイル交換お願いしてもいいですか?今、先輩が休憩中なので」

新入社員の若い男性スタッフが作業を頼みに来ると、薫は給油の終わった車の運転席に乗り込み、ピットに入れて、さっきのスタッフを手招きした。

「横で見て覚えようか。いつかはやらなきゃいけないんだから」
「わかりました!」

それから薫は、時おり説明を交えながら鮮やかな手付きでオイル交換の作業をこなした。

「卯月さん、整備士免許も持ってるんですか?」
「うん。なくても出来るけどね。やるならやっぱり、車の事をきっちり理解して作業したいと思って、本社SSに勤務してる時に取ったよ」
「へぇ……。僕も運転免許取ったら、次は整備士免許に挑戦してみます」
「そうだね。この仕事がもっと楽しくなるよ。頑張れ」
「ハイ!!」

薫はオイル交換を終えた車を洗車機に入れて、後の作業は他のスタッフに任せた。
そして若い社員の初々しさに微笑みながら、休憩を終えて戻ってきた社員の男性スタッフに、少しずつでいいからさっきの彼に整備を教えてやってと声を掛ける。
サービスルームの2階にあるオフィスへ上がると、薫はマネージャーに話し掛けた。

「いい感じですね」
「そうだね。卯月さんのアドバイスが、いろいろ役に立ってるよ」
「お役に立てて何よりです。来月の販促商品の販売目標は軽々達成できそうですね」

そう言って小さく笑みを浮かべる薫に、マネージャーが苦笑いする。

「ハードル上げないでくれよ」
「期待してます。それじゃ、私はそろそろ本社に戻りますけど……何かついでがあれば」
「じゃあ、これ頼むよ。今朝の巡回に間に合わなかったんだ」
「わかりました」

書類の入った封筒をマネージャーから受け取ると、薫は鞄を持ち、スタッフに挨拶をしてSSを後にした。


社用車を運転しながらタバコに火をつけ、信号待ちで缶コーヒーのタブを開けて口をつける。

(新入社員は素直でいいなぁ……。私にもあんな頃が……あったっけ……?いや、なかった……?)

高校から大学時代の約7年間、この会社のガソリンスタンドでアルバイトをしていた。
この仕事が好きで、迷う事なくこの会社に就職し、入社後は本社1階のSSに配属された。
オフィス街のど真ん中にある本社SSは、平日はたくさんの社用車が来店し、息をつく間もない忙しさだった。
長い間アルバイトをしていた事から、入社当時から新入社員扱いはあまりされず、即戦力として重宝された。
本社のSS部からカウンセラーにならないかと声がかかったのは入社3年目の事だった。
少し躊躇はしたものの、ただオフィスにこもりっきりにならず、担当地区のSSを周りスタッフのケアや、人員が足りない時のヘルプなど、現場に出る機会が多いカウンセラーの仕事ならとその申し出を受け、その後正式に異動の辞令を受け取った。
一日中デスクに向かって過ごすのは性に合わないし、何よりSSでの仕事が好きなので、できればずっと現場にいたかった。
しかしアルバイト時代の長いキャリアと質の高いサービス、群を抜いた販売実績が、本社人事部の間では逸材と称され、異例の若さでカウンセラーに抜擢された。

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