花盗人も罪になる

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
51 / 60
愛するということ

しおりを挟む
大輔にプロポーズされてからの数日間、息をつく間もないほど目まぐるしかった。
プロポーズの二日後、大輔と香織は両家の両親の顔合わせのための食事会を開いた。
『香織さんと結婚させてください』と大輔が言うと、香織の両親は大輔との結婚には反対しなかったが、娘が見知らぬ土地でうまくやっていけるのかと懸念した。
その時大輔は、香織にも仕事があるし、知人も身内もいない場所へいきなり連れて行くのはかわいそうだから、こちらに戻って両親の経営している学習塾を講師として手伝うつもりだと言った。
大輔はいずれ役に立つかもと教員免許を取ったけれど、その時は教師よりサラリーマンになることを選んだそうだ。
二人で話し合った結果、結婚式と新婚旅行、新居探しは、大輔がこちらに戻るのが正式に決まってからにして、それまでは別居婚という形を取ることにしたと話した。
結婚していきなり別居はいかがなものかという意見も出たが、とにかく香織と一日も早く結婚したいという大輔の熱意で、無事に両家の両親から結婚の了承を得る事ができた。

食事会の翌日には、役所で必要な書類を取り寄せ、ジュエリーショップに結婚指輪を買いに行った。
そのまた翌日、香織は有給を取って大輔と二人で役所に足を運び、婚姻届けを提出した。
その後、近所の小さな教会に立ち寄った。
あまり日本語の上手ではない温厚そうな外国人神父の見守るなか、香織と大輔は二人だけの仮の結婚式を挙げた。
祭壇の前でお互いの指に真新しいおそろいの結婚指輪をはめて、幸せになろうと誓いのキスをした。
その夜はホテルのディナーでお祝いをして、予約していた部屋に泊まった。
久しぶりに重ね合った体でお互いの感触と肌の温もりを感じ、身も心も安心感と幸福感でいっぱいに満たされて、抱きしめ合ったまま眠りについた。

大輔の有休の間は、香織の仕事が終わるとどちらかの家で家族と一緒に食事をしたり、父親の車を借りて迎えに来た大輔の運転でドライブに出掛けたりもした。
そして有休の最終日、大輔は次に帰ってくる約束を残して、新幹線に乗って名残惜しそうに帰っていった。
香織は名字が近田から市橋に変わっただけで、他にはこれといって何も変わらないからか、大輔と結婚した実感はまだあまり湧かない。
だけど離れていても大輔と同じ結婚指輪をしているだけで、夫婦という確かな絆がそこにあるような気がする。



大輔を見送るために有休を取った翌日の昼休み、香織は円といつものカフェに来ていた。
円はランチのサラダをフォークでつつきながらため息をつく。

「しかしホントに驚いたわ……。なんの前触れもなくいきなり結婚しちゃうんだもんなぁ……」
「もう……またそれ?」

香織は入籍した翌日から何度も聞かされた円の言葉に苦笑いを浮かべた。

「だって結婚するなんて一言も言わなかったでしょ?」
「まぁ……急に決まったからね……」

円は運ばれてきたランチのチキンソテーを切り分けながら、相変わらずブツブツ言っている。

「新婚なのに別居って寂しいわね」
「うーん、そうでもない。夜には電話もくれるし、お互い離れてても前よりはずっと安心感があるよ」
「ふーん。せっかく結婚しても、いつも一緒にいられないなんて、私はやだ」

恋愛体質の円らしい言葉だ。
きっと好きな人との激甘新婚生活を夢見ているのだろう。

「ずっとこのままってわけじゃないよ。大輔は仕事が落ち着いたら、会社辞めてこっちに戻って来るし。一緒に暮らすのはその後かな」

あまりにもあっさりしている香織に、円は怪訝な顔をした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海
恋愛
佐藤沙羅(35歳)は結婚して13年になる専業主婦。 愛する夫の政志(38歳)と、12歳になる可愛い娘の美幸、家族3人で、小さな幸せを積み上げていく暮らしを専業主婦である紗羅は大切にしていた。 その幸せが来訪者に寄って壊される。 夫の政志が不倫をしていたのだ。 不安を持ちながら、自分の道を沙羅は歩み出す。 里帰りの最中、高校時代に付き合って居た高良慶太(35歳)と偶然再会する。再燃する恋心を止められず、沙羅は慶太と結ばれる。 バツイチになった沙羅とTAKARAグループの後継ぎの慶太の恋の行方は? 表紙は、自作です。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

処理中です...