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花盗人と花を守る人
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「村岡主任、申し訳ないんですけど、家まで送っていただけませんか」
金曜日の残業が終わった帰り道、逸樹と一緒に駅に向かっていた円が突然言い出した。
逸樹は驚いた顔をして、少し考えるそぶりを見せた。
「迎えに来てくれる約束だった友達から、急に都合が悪くなったってさっき連絡があって……。この間一人で帰った時も、家のすぐそばまで後をつけられて、すごく怖かったんです。お願いします!!」
円は悲痛な面持ちでそう言うと、逸樹に向かって深々と頭を下げる。
ストーカーに悩んでいると相談を受けてからずいぶん経つ。
どうして円はそんな怖い思いをしても警察に相談しないのか?
逸樹は怪訝な顔をした。
「やっぱり警察に相談した方がいいと思いますよ。取り返しのつかないことが起こる前に」
「そうですね……。でも今日はもう警察には……」
「駅からタクシー使えばどうですか?」
「家の場所を知られているみたいなんです。タクシーでアパートの前まで帰っても、部屋のそばで待ち伏せされてるかもって考えたら怖くて……。私が鍵を開けて部屋に入るまで一緒にいてもらえませんか?今日だけでいいんです!お願いします!!」
送っていくのは気が進まないが、困っている部下を見過ごすわけにもいかない。
円があまりに必死に頭を下げるので、逸樹は仕方なくうなずいた。
「わかりました。でも、できるだけ早く警察に相談してくださいよ」
「はい、ありがとうございます!!」
円は嬉しそうに笑って、また頭を下げた。
改札口を通り抜け、円の乗る電車のホームへと向かう。
送って行くとは言ったものの、よく考えたら円の家を知らないことに逸樹は気付いた。
「ところで……北見さんの家はどこですか?」
よく聞いてみると、円の家は逸樹の家とは真逆の方向で、結構な距離がある。
ただでさえいつもより遅くまで残業した後なのに、更に円を送ってから帰宅するとなると、家に着くのはかなり遅い時間になるだろう。
帰りが遅いと紫恵が心配するので、連絡しておかなければ。
逸樹はホームに着くと、スーツのポケットからスマホを取り出そうとした。
しかしすぐに電車が入ってきてドアが開き、車内に乗り込むと円が話し掛けてきて、メールをするタイミングを逃してしまった。
20分ほど電車に揺られ、円の家の最寄り駅で降りた。
急行や特急が停車しない駅だからなのか、金曜の夜なのに駅前は人通りがあまりなく、なんとなく寂しい場所だった。
「北見さんの家は駅から歩いてどれくらいですか?」
「15分くらいです」
確かに、女性が一人でこんなひっそりした夜道を15分も歩くのは、危ないかも知れない。
「バスはないんですか?」
「うちから停留所が遠い上にバスの本数が少なくて不便なんです。だから歩いた方が早いかなって」
「そうですか……。じゃあ行きましょう」
ここまで来てしまったからには、家に送り届けるしかなさそうだ。
逸樹は腕時計を見て、まっすぐに帰っていたらもう家に着いている頃だなと思いながら歩き始めた。
この間は辺りを警戒してソワソワしていた円が、なんだかやけに楽しそうにしている。
今日は誰かに後をつけられている気配はないのだろうか?
「今日は誰もついてきてないんですか?」
「まだわかりません。駅から後をつけられる時もあるし、途中でそれに気が付くこともあるので……」
住宅街は街灯がついていても、夜になると人通りがほとんどない。
コンビニの近くは少し明るいものの、通り過ぎるとまた薄暗くひっそりとしている。
「女性の一人暮らしにはあまり適していない場所ですね」
「そうかも知れませんね」
わかっているなら引っ越しを考えればいいのにとは思うが、円にも事情があるのだろうから仕方がない。
逸樹はとりあえずさっさと送り届けて家に帰ろうと先を急いだ。
「村岡主任って優しいですね」
円が突然呟いた。
「なんですか?急に」
「仕事に関係ない相談にも乗ってくれて……おまけにこんな無理をきいてくれるなんて、ホントに優しい……」
上司だから仕方なくそうしただけなのに、なんだか円にはずいぶん買い被られているようだ。
金曜日の残業が終わった帰り道、逸樹と一緒に駅に向かっていた円が突然言い出した。
逸樹は驚いた顔をして、少し考えるそぶりを見せた。
「迎えに来てくれる約束だった友達から、急に都合が悪くなったってさっき連絡があって……。この間一人で帰った時も、家のすぐそばまで後をつけられて、すごく怖かったんです。お願いします!!」
円は悲痛な面持ちでそう言うと、逸樹に向かって深々と頭を下げる。
ストーカーに悩んでいると相談を受けてからずいぶん経つ。
どうして円はそんな怖い思いをしても警察に相談しないのか?
逸樹は怪訝な顔をした。
「やっぱり警察に相談した方がいいと思いますよ。取り返しのつかないことが起こる前に」
「そうですね……。でも今日はもう警察には……」
「駅からタクシー使えばどうですか?」
「家の場所を知られているみたいなんです。タクシーでアパートの前まで帰っても、部屋のそばで待ち伏せされてるかもって考えたら怖くて……。私が鍵を開けて部屋に入るまで一緒にいてもらえませんか?今日だけでいいんです!お願いします!!」
送っていくのは気が進まないが、困っている部下を見過ごすわけにもいかない。
円があまりに必死に頭を下げるので、逸樹は仕方なくうなずいた。
「わかりました。でも、できるだけ早く警察に相談してくださいよ」
「はい、ありがとうございます!!」
円は嬉しそうに笑って、また頭を下げた。
改札口を通り抜け、円の乗る電車のホームへと向かう。
送って行くとは言ったものの、よく考えたら円の家を知らないことに逸樹は気付いた。
「ところで……北見さんの家はどこですか?」
よく聞いてみると、円の家は逸樹の家とは真逆の方向で、結構な距離がある。
ただでさえいつもより遅くまで残業した後なのに、更に円を送ってから帰宅するとなると、家に着くのはかなり遅い時間になるだろう。
帰りが遅いと紫恵が心配するので、連絡しておかなければ。
逸樹はホームに着くと、スーツのポケットからスマホを取り出そうとした。
しかしすぐに電車が入ってきてドアが開き、車内に乗り込むと円が話し掛けてきて、メールをするタイミングを逃してしまった。
20分ほど電車に揺られ、円の家の最寄り駅で降りた。
急行や特急が停車しない駅だからなのか、金曜の夜なのに駅前は人通りがあまりなく、なんとなく寂しい場所だった。
「北見さんの家は駅から歩いてどれくらいですか?」
「15分くらいです」
確かに、女性が一人でこんなひっそりした夜道を15分も歩くのは、危ないかも知れない。
「バスはないんですか?」
「うちから停留所が遠い上にバスの本数が少なくて不便なんです。だから歩いた方が早いかなって」
「そうですか……。じゃあ行きましょう」
ここまで来てしまったからには、家に送り届けるしかなさそうだ。
逸樹は腕時計を見て、まっすぐに帰っていたらもう家に着いている頃だなと思いながら歩き始めた。
この間は辺りを警戒してソワソワしていた円が、なんだかやけに楽しそうにしている。
今日は誰かに後をつけられている気配はないのだろうか?
「今日は誰もついてきてないんですか?」
「まだわかりません。駅から後をつけられる時もあるし、途中でそれに気が付くこともあるので……」
住宅街は街灯がついていても、夜になると人通りがほとんどない。
コンビニの近くは少し明るいものの、通り過ぎるとまた薄暗くひっそりとしている。
「女性の一人暮らしにはあまり適していない場所ですね」
「そうかも知れませんね」
わかっているなら引っ越しを考えればいいのにとは思うが、円にも事情があるのだろうから仕方がない。
逸樹はとりあえずさっさと送り届けて家に帰ろうと先を急いだ。
「村岡主任って優しいですね」
円が突然呟いた。
「なんですか?急に」
「仕事に関係ない相談にも乗ってくれて……おまけにこんな無理をきいてくれるなんて、ホントに優しい……」
上司だから仕方なくそうしただけなのに、なんだか円にはずいぶん買い被られているようだ。
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