7 / 60
同じ痛みを持つ人
1
しおりを挟む
その日紫恵は、あるマンションの一室を訪れていた。
その入り口には、手作りの【くるみ手芸教室】のプレートが提げられている。
紫恵が趣味をいかして手芸教室の講師をし始めて2年になる。
昔から手芸が好きだった。
小学校で家庭科を習い始めるより早く、紫恵は母親に針と糸の使い方を教わり、フェルトで小物を作ったり、手縫いで簡単な袋物を作ったりしていた。
中学、高校と手芸部で活動して、女子短大の服飾科卒業後は小さなアパレルメーカーに就職した。
しかしその会社は、紫恵が就職して1年半ほどで倒産してしまった。
思えば、それがなければコンビニでアルバイトをすることはなかっただろうし、そうなると逸樹にも出会えなかった。
会社が突然倒産して路頭に迷った時には困惑もしたし怒りも覚えたが、今にして思えば、それは逸樹に出会うための必然だったのだと紫恵は思う。
今日は羊毛フェルト教室の生徒たちが、どんな物を作るのかと楽しげに談笑している。
フワフワの綿のような羊毛フェルトを丸めて形を作り、それをニードルで何度も何度も繰り返し刺していくうちに繊維が編み込まれて固くなっていく。
紫恵は無心になってニードルを刺している時間が好きだ。
ニードルを刺しながら考え事でもしようものなら、ニードルでうっかり指を刺してしまうこともある。
そうなると細かく鍵針状になっているニードルで刺した傷は、単純な刃物で怪我をするよりもギザギザに裂傷を起こしてかなり痛い。
だから紫恵は、羊毛フェルトで手芸をしている時は余計なことを考えないようにしている。
「紫恵先生、こんにちは!」
「こんにちは。今日はストラップを作りましょう。マスコットは何がいいですか?」
「私、猫がいいです!」
「パンダがいい!」
「私はイルカを作りたいです!」
「それじゃあ、今日はそれぞれ皆さんのお好きな物を作ることにしましょうね」
曜日によって、羊毛フェルトやミシンで作る小物、刺繍、洋裁、和裁など、いろいろな教室を開いている。
入園・入学シーズン前には、ミシンを使って袋物を手作りする教室を開いたりもする。
手芸教室の生徒は、ほとんどが近所の主婦たちだ。
主婦のお小遣い程度の月謝と材料費でここに来ると、道具が揃い、手芸を教わり、レッスンの後にはお茶とお菓子でおしゃべりできる。
手芸を習いたいというよりは、家事や育児、パートなどの合間の時間のちょっとした息抜きのような、クラブ活動をする学生気分でここに来ている生徒も少なくない。
生徒たちが楽しそうにおしゃべりしながら作業をし始めると、奥の部屋から髪の長い女性がやって来た。
「みんな、おしゃべりに気を取られて怪我しないようにね」
「くるみ先生も一緒に作りましょ!」
「そうねぇ。何作ろうかな」
くるみ先生と呼ばれるこの女性は楜澤 柊子、紫恵より9つ歳上の39歳。
この手芸教室の主宰者で、和裁と洋裁の講師の資格を持っている。
彼女と紫恵は不妊治療をしている時にクリニックの待合室で知り合った。
二人は高い頻度で同じ日の同じ時間帯に予約していて、自然と顔見知りになった。
話してみると家も近所で、手芸好きで偶然にも同じ短大の服飾科を卒業しているという共通点が見つかった。
それから二人は、お互いの家を行き来するほど仲の良い友人になった。
その入り口には、手作りの【くるみ手芸教室】のプレートが提げられている。
紫恵が趣味をいかして手芸教室の講師をし始めて2年になる。
昔から手芸が好きだった。
小学校で家庭科を習い始めるより早く、紫恵は母親に針と糸の使い方を教わり、フェルトで小物を作ったり、手縫いで簡単な袋物を作ったりしていた。
中学、高校と手芸部で活動して、女子短大の服飾科卒業後は小さなアパレルメーカーに就職した。
しかしその会社は、紫恵が就職して1年半ほどで倒産してしまった。
思えば、それがなければコンビニでアルバイトをすることはなかっただろうし、そうなると逸樹にも出会えなかった。
会社が突然倒産して路頭に迷った時には困惑もしたし怒りも覚えたが、今にして思えば、それは逸樹に出会うための必然だったのだと紫恵は思う。
今日は羊毛フェルト教室の生徒たちが、どんな物を作るのかと楽しげに談笑している。
フワフワの綿のような羊毛フェルトを丸めて形を作り、それをニードルで何度も何度も繰り返し刺していくうちに繊維が編み込まれて固くなっていく。
紫恵は無心になってニードルを刺している時間が好きだ。
ニードルを刺しながら考え事でもしようものなら、ニードルでうっかり指を刺してしまうこともある。
そうなると細かく鍵針状になっているニードルで刺した傷は、単純な刃物で怪我をするよりもギザギザに裂傷を起こしてかなり痛い。
だから紫恵は、羊毛フェルトで手芸をしている時は余計なことを考えないようにしている。
「紫恵先生、こんにちは!」
「こんにちは。今日はストラップを作りましょう。マスコットは何がいいですか?」
「私、猫がいいです!」
「パンダがいい!」
「私はイルカを作りたいです!」
「それじゃあ、今日はそれぞれ皆さんのお好きな物を作ることにしましょうね」
曜日によって、羊毛フェルトやミシンで作る小物、刺繍、洋裁、和裁など、いろいろな教室を開いている。
入園・入学シーズン前には、ミシンを使って袋物を手作りする教室を開いたりもする。
手芸教室の生徒は、ほとんどが近所の主婦たちだ。
主婦のお小遣い程度の月謝と材料費でここに来ると、道具が揃い、手芸を教わり、レッスンの後にはお茶とお菓子でおしゃべりできる。
手芸を習いたいというよりは、家事や育児、パートなどの合間の時間のちょっとした息抜きのような、クラブ活動をする学生気分でここに来ている生徒も少なくない。
生徒たちが楽しそうにおしゃべりしながら作業をし始めると、奥の部屋から髪の長い女性がやって来た。
「みんな、おしゃべりに気を取られて怪我しないようにね」
「くるみ先生も一緒に作りましょ!」
「そうねぇ。何作ろうかな」
くるみ先生と呼ばれるこの女性は楜澤 柊子、紫恵より9つ歳上の39歳。
この手芸教室の主宰者で、和裁と洋裁の講師の資格を持っている。
彼女と紫恵は不妊治療をしている時にクリニックの待合室で知り合った。
二人は高い頻度で同じ日の同じ時間帯に予約していて、自然と顔見知りになった。
話してみると家も近所で、手芸好きで偶然にも同じ短大の服飾科を卒業しているという共通点が見つかった。
それから二人は、お互いの家を行き来するほど仲の良い友人になった。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる