愛したい、愛されたい ─心を満たしてくれた君へ─

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
25 / 25

心を満たしてくれた君へ

しおりを挟む
土曜日の今日、朝早くから休日出勤をしていた志織が、お昼になる少し前に【あと一時間くらいで帰れそうです】とトークメッセージを送ってきた。
きっとお腹を空かせて帰ってくるであろう志織のために昼食を用意しておこうと、俺は志織とおそろいのエプロンをしてキッチンに立つ。
初めて料理をしたあの日のように、米を研いで炊飯器にセットしたあと、冷蔵庫の中から卵とタマネギと鶏肉を取り出した。
あのときは何もかもが初めてでうまくできなかったけれど、今では料理も慣れたものだ。
志織を想いながら志織のために料理を作ることも、俺の作った料理を食べて喜ぶ志織の笑顔を見ることも、俺にとっては掛け替えのない幸せだと思う。
こんな毎日が一日も長く続くように、全身全霊で志織を愛し守りたい。


それからしばらく経って、ちょうど二つ目のオムライスが出来上がった頃、仕事を終えた志織が帰ってきた。
二人で向かい合ってオムライスを食べながら、俺は「いつかそのうち話すよ」と約束していた、料理を作り始めたきっかけを話した。
直接的なきっかけは志岐と玲司に食べさせるためだったけど、そこに行きつくまでの恋とも呼べないような苦い経験を、志織は何度もうなずきながら最後まで黙って聞いてくれた。
俺が話し終えると、志織は俺の手を握り、微笑みながら愛しそうに俺を見つめた。

「潤さんは恋とも呼べないし相手が自分をどう思ってたかもわからないって言ったけど、それはきっと恋だったんだと私は思うよ」
「……なんで?」
「相手のことが好きじゃなかったらそこまで愛されたいなんて思わないし、ショックも受けないんじゃないかな。それに英梨さんも潤さんのことがすごく好きだったから、本当のことが言えなかったんじゃないかと思うの。潤さんは愛されたことがないって思い込んでたから、本当は愛されてたことも、人の愛し方もわからなかっただけなんだと思う」

志織はいとも簡単に、俺がずっと出せなかった答を導きだした。
英梨さんとの間にあった出来事には罪悪感とか劣等感とか虚無感とか、とても一言では言い表せない複雑な思いがあって今まで誰にも話せなかったけれど、志織に話して良かったと心の底から思う。

「そうか……俺、あの人のこと好きだったんだ……」
「きっとね。……ちょっと妬けるけど」

志織はそう言って立ちあがり、使い終わった食器をキッチンに下げて洗い始めた。
……もしかして怒ったかな?
昔の話とは言え、他の女性と関係を持っていた頃の話をしたのだから無理もない。
逆の立場だったとしたら、俺はきっと嫉妬でおかしくなってしまうだろう。
俺は悪いことしたなと思いながら立ち上がり、キッチンへ行って志織を背後から抱きしめる。

「ごめん、いやな話聞かせて……」
「ううん、潤さんが自分のこと話してくれたのは嬉しいし……それにもう昔の話だもんね。今は私のことだけ愛してくれてたら、それでいいの」

志織はいつも、どんなに情けない俺もまるごと受け止めて包んでくれる。
俺は志織のそういうところがとても好きだ。

「もちろん今だけじゃなくて、一生志織だけ愛し続けるよ」

そう言って頬に口付けると、食器を洗い終わった志織は濡れた手をタオルで拭いて振り返り、俺に抱きついた。

「それじゃあもっとギュッとして」
「ギュッとするだけでいいの?」
「キスもいっぱいしてくれる?」
「もちろん」

優しく抱きしめ合って何度もキスをした。
目を閉じて俺の肩に体の重みを預ける志織が可愛くて愛しくて、志織のすべてをもっともっと愛したくて、心も体も熱くなる。
耳元や首筋に唇を這わせると、志織はくすぐったそうに肩をすくめた。

「志織、愛してる」
「ホントに?証明できる?」
「誰よりも志織を愛してるって証明するから、お姫様抱っこでベッドに連れて行ってもいいですか?」
「……もちろん」


志織を抱き上げて、ときおり軽く口付けながらベッドに運ぶ。
ベッドの上で重ねた肌の温もりも柔らかい唇も、甘い声も余裕のない息遣いさえも、志織のすべてが愛しい。
俺を抱きしめて「潤さん、愛してる」と囁く志織の声が優しく耳の奥に響き、身も心もあたたかく満たしてくれる。

人を愛することや、愛する人に愛されることがこんなに嬉しくて幸せなことだと俺に教えてくれたのは、間違いなく志織だった。
がむしゃらに愛情を求めていたあの日の俺はもういない。
今は自信を持って、志織だけを一生愛し続けると言える。
そして志織が一生俺を愛してくれたら、それだけでいい。 

いろいろあったけれど、今は志織と毎日一緒に過ごせて本当に幸せだ。
俺の心は志織からの愛情と俺の志織への愛情で、いつも溢れんばかりに満たされている。



─END─


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以
恋愛
 美空《みそら》は親友の奈都《なつ》に頼み込まれて渋々参加した合コンで、恋人の慶太朗《けいたろう》が若い女の子たちと合コンしている場に出くわす。 「結婚願望ある子もない子も、まずはお付き合いからお願いしまっす!」  ハイテンションで『若くて可愛いお嫁さんが欲しい』と息巻く慶太朗。  美空はハイスペックな合コン相手に微笑む。 「結婚願望はありませんが、恋人にするなら女を若さや可愛らしさで測るような度量の小さくない男がいいです」  別れたくないと言う慶太朗。  愛想が尽きたと言う美空。  愛されて、望まれて始まった関係だったのに――。  裏切りの夜に出会った成悟は、慶太朗とはまるで違う穏やかな好意で包んでくれる。  でも、胸が苦しくなるほどの熱はない。 「お前、本気で男を愛したこと、あるか?」  かつて心を許した上司・壱榴《いちる》の言葉に気持ちが揺らぐ。  あなたがそれを言うのーー!?

貴方と2度目の結婚

鳴宮鶉子
恋愛
貴方と2度目の結婚

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

あなたは私を愛さない、でも愛されたら溺愛されました。

桔梗
恋愛
結婚式当日に逃げた妹の代わりに 花嫁になった姉 新郎は冷たい男だったが 姉は心ひかれてしまった。 まわりに翻弄されながらも 幸せを掴む ジレジレ恋物語

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

-桜蝶の総長様-

かしあ
恋愛
桜蝶-オウチョウ- 総長 早乙女 乃愛(さおとめのあ) × 鬼龍-キリュウ- 総長 洲崎 律斗(すざきりつと) ある日の出来事から光を嫌いになった乃愛。 そんな乃愛と出会ったのは全国No.2の暴走族、鬼龍だった………。 彼等は乃愛を闇から救い出せるのか?

処理中です...