愛したい、愛されたい ─心を満たしてくれた君へ─

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
21 / 25

オムライス 1

しおりを挟む
いつしか季節は冬になり、また一年を終えようとしていた。
冬休みに入ると、いつものようにいとこの志岐と玲司が遊びに来た。
父は大晦日まで仕事が詰まって帰りが遅くなる予定で、正月も二日ほどしか休めないそうだ。
家政婦も年末年始は主婦業が忙しいらしく、うちの大掃除をきっちり済ませた土田さんも休暇を取っている。
代理の家政婦を頼まなかったので、洗濯は新しく買い替えたばかりの洗濯乾燥機に頼り、食事は外食やデリバリーばかりになる。
その日の夜もピザか寿司か散々悩んだ末に、ピザのデリバリーを頼んだ。

「美味しいけど……もうデリバリーのピザも飽きたね」

6つ歳下で当時小6の玲司が冷めたピザを皿の上に投げ出して呟いた。

「確かにな。弁当でも買いに行く?」

3つ歳下で当時中3の志岐は成長期だからかかなりの大食いで、ピザでは到底物足りないらしい。

「わがまま言うなよ。だったら何食えば満足するんだ」
「僕、オムライス食べたい」

玲司がすがるような目をして俺を見る。
俺はどうも玲司のこの目に弱い。

「じゃあファミレスでも行くか?」
「でももうこんな時間だよ」

時計を見ると、時刻はすでに9時を過ぎている。
二人に付き合ってゲームに夢中になっていたせいで、夕食の時間がすっかり遅くなってしまったのだ。

「そうだなぁ……。玲司、今日はピザで我慢しろ。オムライスはまた明日な」
「……うん」

玲司がしょんぼりしてうなずくと、リモコンでテレビのチャンネルを変えていた志岐が俺の肩を叩いた。

「ほら見て潤くん、ちょうどこれからオムライス作るって」

テレビでは超初心者向けの料理番組が流れていて、若い女性タレントがベテラン女優に教わりながら、四苦八苦してオムライスを作っていた。
その若い女性タレントの髪型や背格好がなんとなく英梨さんと似ていて、そういえば英梨さんが初めて俺に作ってくれた料理はオムライスだったことを思い出した。

英梨さんは今、どこでどうしているんだろう。
結婚して初めての大晦日は年越しそばなんか作って、結婚相手と二人で過ごすんだろうか。
きっともう俺のことなんか忘れて、幸せに暮らしているんだろうな。
英梨さんとはもう二度とお互いの名前を呼んで抱きしめ合うことも、好きだと言ってキスをすることも、会って言葉を交わすことすらもない。
終わってしまえば、幻のようなひと夏の恋だった。
正確には恋と呼べるかどうかもわからない、青くて苦い経験だ。
いつかこの記憶が薄れて胸の痛みが消えるまでは、俺が本気で人を好きになることなんてないだろうし、相手からの好意も素直に信じることはできないだろうと思った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以
恋愛
 美空《みそら》は親友の奈都《なつ》に頼み込まれて渋々参加した合コンで、恋人の慶太朗《けいたろう》が若い女の子たちと合コンしている場に出くわす。 「結婚願望ある子もない子も、まずはお付き合いからお願いしまっす!」  ハイテンションで『若くて可愛いお嫁さんが欲しい』と息巻く慶太朗。  美空はハイスペックな合コン相手に微笑む。 「結婚願望はありませんが、恋人にするなら女を若さや可愛らしさで測るような度量の小さくない男がいいです」  別れたくないと言う慶太朗。  愛想が尽きたと言う美空。  愛されて、望まれて始まった関係だったのに――。  裏切りの夜に出会った成悟は、慶太朗とはまるで違う穏やかな好意で包んでくれる。  でも、胸が苦しくなるほどの熱はない。 「お前、本気で男を愛したこと、あるか?」  かつて心を許した上司・壱榴《いちる》の言葉に気持ちが揺らぐ。  あなたがそれを言うのーー!?

貴方と2度目の結婚

鳴宮鶉子
恋愛
貴方と2度目の結婚

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

-桜蝶の総長様-

かしあ
恋愛
桜蝶-オウチョウ- 総長 早乙女 乃愛(さおとめのあ) × 鬼龍-キリュウ- 総長 洲崎 律斗(すざきりつと) ある日の出来事から光を嫌いになった乃愛。 そんな乃愛と出会ったのは全国No.2の暴走族、鬼龍だった………。 彼等は乃愛を闇から救い出せるのか?

秘密の二足の草鞋

鳴宮鶉子
恋愛
秘密の二足の草鞋

処理中です...