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彼女の存在 2
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食事が済んで少し経った頃、吉野がソワソワし始めた。
俺が部屋へ行こうと言うのを今か今かと待ち構えているのだろう。
アイスコーヒーを飲み干して席を立つと、吉野は目を輝かせて俺を見上げる。
何をそんなに期待しているんだ。
家の中には英梨さんもいるし、二人きりになっても俺は吉野に何もする気はないと言うのに。
もし英梨さんがいなかったとしても、それは同じことなのだけれど。
「それじゃあそろそろ、俺の部屋に行こうか」
「うん」
吉野は嬉しそうな顔をして立ち上がる。
俺は英梨さんにコーヒーを持って来てくれるように頼んで、吉野を部屋へ連れて行った。
吉野は俺の部屋に入ると、物珍しそうにキョロキョロと部屋の中を見回した。
「きれいにしてるんだね。いつも掃除は家政婦さんにしてもらってるの?」
「いや、自分の部屋の掃除くらいは自分でするよ。見られて困るようなものもないけどな。その辺適当に座って」
俺がそう言ってベッドの前に座ると、吉野は俺の隣に座った。
……近いな。
何もこんな近い場所に座らなくても、座る場所なんていくらでもあるのに。
「それで?何か話したいことがあるんだろ?」
俺が本棚の中の倒れた本を直すふりをしながら少し離れると、かすかに顔をしかめてその距離をさらに詰めた吉野からは甘ったるい香りが漂ってきた。
「話したいことがあるっていうか……三島くんともっといろいろ話したいなぁと思って」
「いろいろって?」
「たいしたことじゃなくていいんだけど……そうだ、中学の卒業アルバムとか見せて欲しいな」
吉野は高校からの外部入学で、中学生の頃の俺を見たことがないから見てみたいと言う。
「たいして面白くないと思うけどな」
「いいの、それでも見たいの」
「ふーん……別にいいけど……」
立ち上がって本棚の一番上の段から中学の卒業アルバムを引っ張り出して渡すと、吉野が「一緒に見よう」と言って俺に隣に座るように促すので、しかたなく隣に座ってアルバムを覗く。
吉野はクラス写真の真ん中の列に今より少し幼い顔立ちの俺の姿を見つけて、今の俺と写真の俺を見比べた。
「中学の頃はあまり大きくなかったんだね」
「それでもバレー部ではエースだったんだぞ。その写真を撮った後に急激に背が伸びたんだよ。卒業式のときは制服がかなりきつかった」
吉野はアルバムに俺の姿を見つけては、写真を指さして嬉しそうに笑う。
ページをめくるごとに俺と吉野の距離が物理的に近くなっていることに気付いた。
さっきまでは少なくとも30センチくらいの間隔があいていたと思うのに、いつの間にか吉野の肩が俺の腕に今にも触れそうなところまで近付いている。
そして写真を見ながら俺の腕に触ったり、俺の目を覗き込むようにして見上げたりした。
これは恋人として俺との距離を縮めたいというアピールなのかな。
太一が言っていたように、期待に応えて肩くらいは抱いてやるべきなのか、それとももう少し先に進むべきなのか?
そうすれば少なくとも吉野だけは、俺を好きでいてくれるのではないか。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音がした。
「お茶をお持ちしました」
ドア越しの英梨さんの声を聞いた途端、我に返る。
吉野を本気で好きでもないのに、俺を好きでいて欲しいなんて言ういい加減な気持ちで手を出すなんてあり得ない。
ドアを開けてアイスコーヒーとお茶菓子を受け取ると、英梨さんはチラッと部屋の中を見て少し不機嫌な表情で俺の顔をじっと見つめた。
「……なに?」
「いえ、別に何も。私、リビングの掃除が済んだら買い物に行きます。アイスコーヒーのおかわりが必要でしたら、冷蔵庫の中に入れてありますので」
英梨さんの声はとても冷ややかで、俺は暑くもないのに背中にいやな汗がにじむのを感じた。
「ああ、うん……ありがとう……」
アイスコーヒーとお茶菓子の乗ったトレイを持って振り返ると、吉野はいつの間にか、羽織っていた薄手の上着を脱いでいた。
上着を着ているときには気付かなかったけど、胸元があいたミニスカートのワンピースは、男を誘うために作られているとしか思えない。
「暑いの?クーラーの温度下げようか?」
ガラスのローテーブルにトレイを置いて、ベッドの上に置いてあったエアコンのリモコンに手を伸ばそうとすると、吉野はそれを遮るように俺の腕をつかんだ。
「大丈夫、上着脱いだから」
吉野がそう言った瞬間、さっきの英梨さんの不機嫌な表情を思い出した。
もしかしたら英梨さんは、俺が吉野の服を脱がせたと勘違いしたんじゃないだろうか?
二人きりで部屋にこもっていやらしいことをしているなんて、英梨さんには思われたくない。
俺もさっきはあり得ないことを考えていたし、吉野が妙な気を起こさないうちに、さっさとコーヒーを飲んでリビングに戻った方が良さそうだ。
俺が部屋へ行こうと言うのを今か今かと待ち構えているのだろう。
アイスコーヒーを飲み干して席を立つと、吉野は目を輝かせて俺を見上げる。
何をそんなに期待しているんだ。
家の中には英梨さんもいるし、二人きりになっても俺は吉野に何もする気はないと言うのに。
もし英梨さんがいなかったとしても、それは同じことなのだけれど。
「それじゃあそろそろ、俺の部屋に行こうか」
「うん」
吉野は嬉しそうな顔をして立ち上がる。
俺は英梨さんにコーヒーを持って来てくれるように頼んで、吉野を部屋へ連れて行った。
吉野は俺の部屋に入ると、物珍しそうにキョロキョロと部屋の中を見回した。
「きれいにしてるんだね。いつも掃除は家政婦さんにしてもらってるの?」
「いや、自分の部屋の掃除くらいは自分でするよ。見られて困るようなものもないけどな。その辺適当に座って」
俺がそう言ってベッドの前に座ると、吉野は俺の隣に座った。
……近いな。
何もこんな近い場所に座らなくても、座る場所なんていくらでもあるのに。
「それで?何か話したいことがあるんだろ?」
俺が本棚の中の倒れた本を直すふりをしながら少し離れると、かすかに顔をしかめてその距離をさらに詰めた吉野からは甘ったるい香りが漂ってきた。
「話したいことがあるっていうか……三島くんともっといろいろ話したいなぁと思って」
「いろいろって?」
「たいしたことじゃなくていいんだけど……そうだ、中学の卒業アルバムとか見せて欲しいな」
吉野は高校からの外部入学で、中学生の頃の俺を見たことがないから見てみたいと言う。
「たいして面白くないと思うけどな」
「いいの、それでも見たいの」
「ふーん……別にいいけど……」
立ち上がって本棚の一番上の段から中学の卒業アルバムを引っ張り出して渡すと、吉野が「一緒に見よう」と言って俺に隣に座るように促すので、しかたなく隣に座ってアルバムを覗く。
吉野はクラス写真の真ん中の列に今より少し幼い顔立ちの俺の姿を見つけて、今の俺と写真の俺を見比べた。
「中学の頃はあまり大きくなかったんだね」
「それでもバレー部ではエースだったんだぞ。その写真を撮った後に急激に背が伸びたんだよ。卒業式のときは制服がかなりきつかった」
吉野はアルバムに俺の姿を見つけては、写真を指さして嬉しそうに笑う。
ページをめくるごとに俺と吉野の距離が物理的に近くなっていることに気付いた。
さっきまでは少なくとも30センチくらいの間隔があいていたと思うのに、いつの間にか吉野の肩が俺の腕に今にも触れそうなところまで近付いている。
そして写真を見ながら俺の腕に触ったり、俺の目を覗き込むようにして見上げたりした。
これは恋人として俺との距離を縮めたいというアピールなのかな。
太一が言っていたように、期待に応えて肩くらいは抱いてやるべきなのか、それとももう少し先に進むべきなのか?
そうすれば少なくとも吉野だけは、俺を好きでいてくれるのではないか。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音がした。
「お茶をお持ちしました」
ドア越しの英梨さんの声を聞いた途端、我に返る。
吉野を本気で好きでもないのに、俺を好きでいて欲しいなんて言ういい加減な気持ちで手を出すなんてあり得ない。
ドアを開けてアイスコーヒーとお茶菓子を受け取ると、英梨さんはチラッと部屋の中を見て少し不機嫌な表情で俺の顔をじっと見つめた。
「……なに?」
「いえ、別に何も。私、リビングの掃除が済んだら買い物に行きます。アイスコーヒーのおかわりが必要でしたら、冷蔵庫の中に入れてありますので」
英梨さんの声はとても冷ややかで、俺は暑くもないのに背中にいやな汗がにじむのを感じた。
「ああ、うん……ありがとう……」
アイスコーヒーとお茶菓子の乗ったトレイを持って振り返ると、吉野はいつの間にか、羽織っていた薄手の上着を脱いでいた。
上着を着ているときには気付かなかったけど、胸元があいたミニスカートのワンピースは、男を誘うために作られているとしか思えない。
「暑いの?クーラーの温度下げようか?」
ガラスのローテーブルにトレイを置いて、ベッドの上に置いてあったエアコンのリモコンに手を伸ばそうとすると、吉野はそれを遮るように俺の腕をつかんだ。
「大丈夫、上着脱いだから」
吉野がそう言った瞬間、さっきの英梨さんの不機嫌な表情を思い出した。
もしかしたら英梨さんは、俺が吉野の服を脱がせたと勘違いしたんじゃないだろうか?
二人きりで部屋にこもっていやらしいことをしているなんて、英梨さんには思われたくない。
俺もさっきはあり得ないことを考えていたし、吉野が妙な気を起こさないうちに、さっさとコーヒーを飲んでリビングに戻った方が良さそうだ。
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