愛したい、愛されたい ─心を満たしてくれた君へ─

櫻井音衣

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歳上の女性(ひと)

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翌日からも宮本さんは平日の午前11時頃にやって来た。
この家の勝手がわからないうちは作業に時間がかかって大変そうだったけれど、数日も経つと慣れてきたようでだんだん手際が良くなり、家事の合間に雑談をするくらいの余裕が出てきた。
1週間もすると他愛ないことを笑って話せるようになり、最初の頃に感じた戸惑いはなくなった。
俺がリビングで勉強していると宮本さんはアイスコーヒーを入れてくれたり、うちに来る途中でアイスクリームを買ってきてくれたりもした。
慣れてもやはり家政婦っぽくはなく、一人っ子でいとこの中で一番歳上の俺は、もし姉とかいとこのお姉さんがいたらこんな感じなのかなと思ったり、宮本さんが来ると家の中が明るくなるような気がして、いつの間にか宮本さんが来るのが楽しみになっていた。


半月も経つとお互いにすっかり打ち解け、自然と敬語で話すのをやめて『潤くん』『英梨さん』と呼び合うようになった。

「潤くん、夏休みなのに友達とか彼女と一緒に遊びに行ったりはしないの?」

英梨さんは昼食の準備をしながら、リビングで勉強の合間の休憩をしていた俺に話し掛けた。

「一応受験生だからね、勉強しないと」

英梨さんの入れてくれたアイスコーヒーを飲みながら、ごく当たり前の返事をすると、英梨さんはつまらなさそうに少し口を尖らせた。

「確かにそうだけど……高校生活最後の夏休みだよ?楽しまないなんて、もったいないとは思わない?」

仲の良い友達も吉野も受験生だし、そんな余裕はないと思う。
吉野とはたまにメールや電話で少し近況を報告し合う程度で、なんの約束もしていない。

「楽しむって言ってもなぁ……。別に行きたいところもないし」
「彼女と海とかプールとか、花火大会とか行かないの?可愛い彼女の水着姿とか浴衣姿とか、興味あるでしょ?」

英梨さんはいたずらっぽい目で俺を見ながら尋ねた。
これくらいの歳の男は女体のことばかり考えているとでも思っているんだろうか。
相変わらず俺は吉野の体に触れたいとか裸を見たいとは思わないし、ひと夏の経験じみたことをしたいとも思わない。
それに吉野は周りから可愛いと言われているらしいけど、整った顔立ちをしているとか、男受けしそうな顔だと思いはしても、心の底から可愛いと思ったことは一度もなかった。

「別に興味ないなぁ……。暑いしどこに行っても混んでるだろうし、あんまり行きたいとは思わないけど」

あまりにも若さに欠ける俺の言葉に納得がいかないのか、英梨さんは少し呆れ気味だ。

「なんだなんだ、年寄りくさいなぁ。それは若者の言う台詞じゃないよ」
「ジジ臭くて悪かったね。ジジイは受験が済んだら一人で温泉にでも浸かりに行くよ」
「ジジ臭いとまでは言ってないけど、その年頃の男の子にしては珍しいよね、潤くんって。いい意味で落ち着いてるし、全然ガツガツしてない」

それは男としての魅力に欠けるとか、男の本能を忘れてるとか、そういうことだろうか。
だけど吉野だけでなく他の女子に対しても、性的な衝動や欲求は湧かないのだからしょうがない。

「同級生の友達は彼女としょっちゅう会ってイチャついてるらしいけど、今は何かあっても自分で責任取れないから、俺はそういうのはまだいい」
「真面目なんだ」

英梨さんのその言葉は、俺にとって誉め言葉には聞こえなかった。
つまらない、なんの面白味もない男。
もしくは『まだまだガキね』と言われたような気がしてムッとする。

「面白味がない男だって言いたいの?」
「そうじゃなくて。潤くんのそういうちゃんとしたところがいいなぁって思ったの。潤くんは潤くんだもんね、それでいいと思うよ。でもさ……自分の置かれてる状況とか全部忘れて、何もかも失ってもいいって思えるくらいの恋をしてみたいとか、思わない?」

英梨さんは俺のことを何もわかってないからそんなことが言えるんだ。
俺は母のような異性にだらしない大人にはなりたくない。
ただ快楽を求めるために、誰とでも簡単に体の関係を持つようなことだけは絶対にしたくないし、そういう人間には嫌悪感を抱いている。
俺も本当に好きな人ができたら、自然とその人の体を求めるようになるんだろうか?
それは俺にとっては未知の世界で、恋愛感情というものもよくわからないから、本気で人を好きになったことがない俺はやっぱりまだまだガキなのかも知れない。
英梨さんは黙り込んでしまった俺を不思議そうに見ている。

「潤くん……?どうかした?」
「なんにもない。俺、勉強するから」

シャーペンを握って無理やり話を切り上げると、英梨さんはそれ以上何も言わなかった。
俺はテキストを見つめながら、恋愛なんかに振り回されて大事なものを見失うような情けない男にだけは、絶対にならないと心に誓った。



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