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母親になれない女と母親代わりの家政婦
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母は母性本能の欠片もない人だった。
大企業の経営者として多忙な父が仕事で留守がちなのをいいことに、家のことも子どもの世話も家政婦に任せっきりで、常に複数の男と恋愛していた。
俺は母に好きだとか大事だと言われたこともなければ、母親らしいことをしてもらったことが一度もない。
そんな俺を不憫に思ったのか、家政婦として昔から我が家に仕えていた道代さんは俺のことをとても可愛がり、よく面倒をみてくれた。
母親代わりのような人だったけど、どちらかと言うと年齢的にはおばあちゃんで、いつまで元気で働き続けられるかをいつも心配していたように思う。
母が家にいないことが当たり前だったせいか、幼い頃はそれを疑問に思うことはなかったけれど、成長してよその家庭では母親がどんな存在なのかを知ると、母に愛されていないことや必要とされていないことに気付き、それを寂しいと思い始めた。
だけど寂しいと思ったのはせいぜい小学生の間までで、中学生にもなると母が外で何をしているのかを理解していたから、女の本能のままに生きる母に対して嫌悪感を抱くようになった。
父は仕事で留守がちではあっても家に帰ってくれば良い父親で、早く帰れた日には一緒に食事をしながら学校や部活での出来事を俺に尋ね、それを楽しそうに聞いていた。
そんなときも母は何食わぬ顔をして笑っていたから、父は母の度重なる浮気に気付いていないのかと思っていたけれど、それは俺の勘違いだったようだ。
そして中学2年生の夏、ずっと母の身勝手を許してきた父が、母に離婚を言い渡した。
後になって知ったことだけど、母は多額の金銭を若い男たちに貢ぎ、嫁入りのときに持ってきた自分の貯金だけでなく、家計をやりくりするために作られていた口座の金が底をつくまで散財していたらしい。
父から頼まれて生活費をおろそうと銀行に行ってそれに気付いた道代さんが、金の使い込みの件だけでなく、俺が生まれて間もない頃から母がまったく育児をしていないことや、結婚当初から外で男を作って遊び回っていることを父に告発したそうだ。
家政婦は雇い主の家庭の事情には必要以上に踏み込まないことが鉄則だから、余計なことは言ってはいけないと母の身勝手な行動にも黙って我慢してきたけれど、道代さんの我慢も限界だったのだろう。
政略結婚で母と結婚した父は、母の母親、つまり俺の祖母にあたる人に事情を話し、母の浮気にはずっと目をつぶってきたけれど、育児放棄や浮気相手に貢ぐために生活費にまで手をつけた事実を知り、これ以上はもう面倒みきれないので離婚したいと申し開きしたそうだ。
祖母は父に対して平謝りで、母の使い込んだ金は祖母が返済し、何ひとつ揉めることなく離婚は成立した。
祖母は両親が離婚しても俺に会うことだけは許して欲しいと懇願したそうだ。
祖母が孫である俺をとても可愛がり、実の娘である母よりも大事にしてくれていることはわかっていたから、その願いだけは聞き入れたと父は言っていた。
父が離婚届を突き付けて俺の親権は絶対に渡さないと言うと、母は「そんなもの要らない。私は最初から子どもなんて欲しくなかったのに、結婚したからには後取りを産めって親がうるさいから仕方なく産んでやったのよ。感謝して欲しいくらいだわ」と俺の目の前で言い捨て、俺にもこの家にもなんの未練もない様子で、新しい男を迎えに来させて出ていった。
そんなことがあったからか、それ以降は父が家にいる時間が増え、ときには学校行事や部活でやっていたバレーの公式戦にまで顔を出してくれたりもした。
多忙な身でありながら、きっとかなり無理をして時間を作ってくれていたのだと思う。
結局母親の愛情というものを一度も感じることはなかったけれど、父は必死で父親であろうとしてくれたし、道代さんは以前よりもさらに俺と父のことを気遣い、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれた。
しかし俺の成長と共に道代さんも高齢になり、日に日に体力が衰え、俺が高校3年生のときに病を患って退職せざるを得なくなった。
遠方に住む息子夫婦が面倒を見てくれると言って、道代さんは最後まで俺のことを心配して涙ながらに去っていった。
道代さんはいつも俺の心配ばかりして、病気になったときはつきっきりで看病してくれたり、学校行事で弁当が必要なときには朝早くから弁当を届けてくれたり、実の母親よりよほど母親らしかったと思う。
大企業の経営者として多忙な父が仕事で留守がちなのをいいことに、家のことも子どもの世話も家政婦に任せっきりで、常に複数の男と恋愛していた。
俺は母に好きだとか大事だと言われたこともなければ、母親らしいことをしてもらったことが一度もない。
そんな俺を不憫に思ったのか、家政婦として昔から我が家に仕えていた道代さんは俺のことをとても可愛がり、よく面倒をみてくれた。
母親代わりのような人だったけど、どちらかと言うと年齢的にはおばあちゃんで、いつまで元気で働き続けられるかをいつも心配していたように思う。
母が家にいないことが当たり前だったせいか、幼い頃はそれを疑問に思うことはなかったけれど、成長してよその家庭では母親がどんな存在なのかを知ると、母に愛されていないことや必要とされていないことに気付き、それを寂しいと思い始めた。
だけど寂しいと思ったのはせいぜい小学生の間までで、中学生にもなると母が外で何をしているのかを理解していたから、女の本能のままに生きる母に対して嫌悪感を抱くようになった。
父は仕事で留守がちではあっても家に帰ってくれば良い父親で、早く帰れた日には一緒に食事をしながら学校や部活での出来事を俺に尋ね、それを楽しそうに聞いていた。
そんなときも母は何食わぬ顔をして笑っていたから、父は母の度重なる浮気に気付いていないのかと思っていたけれど、それは俺の勘違いだったようだ。
そして中学2年生の夏、ずっと母の身勝手を許してきた父が、母に離婚を言い渡した。
後になって知ったことだけど、母は多額の金銭を若い男たちに貢ぎ、嫁入りのときに持ってきた自分の貯金だけでなく、家計をやりくりするために作られていた口座の金が底をつくまで散財していたらしい。
父から頼まれて生活費をおろそうと銀行に行ってそれに気付いた道代さんが、金の使い込みの件だけでなく、俺が生まれて間もない頃から母がまったく育児をしていないことや、結婚当初から外で男を作って遊び回っていることを父に告発したそうだ。
家政婦は雇い主の家庭の事情には必要以上に踏み込まないことが鉄則だから、余計なことは言ってはいけないと母の身勝手な行動にも黙って我慢してきたけれど、道代さんの我慢も限界だったのだろう。
政略結婚で母と結婚した父は、母の母親、つまり俺の祖母にあたる人に事情を話し、母の浮気にはずっと目をつぶってきたけれど、育児放棄や浮気相手に貢ぐために生活費にまで手をつけた事実を知り、これ以上はもう面倒みきれないので離婚したいと申し開きしたそうだ。
祖母は父に対して平謝りで、母の使い込んだ金は祖母が返済し、何ひとつ揉めることなく離婚は成立した。
祖母は両親が離婚しても俺に会うことだけは許して欲しいと懇願したそうだ。
祖母が孫である俺をとても可愛がり、実の娘である母よりも大事にしてくれていることはわかっていたから、その願いだけは聞き入れたと父は言っていた。
父が離婚届を突き付けて俺の親権は絶対に渡さないと言うと、母は「そんなもの要らない。私は最初から子どもなんて欲しくなかったのに、結婚したからには後取りを産めって親がうるさいから仕方なく産んでやったのよ。感謝して欲しいくらいだわ」と俺の目の前で言い捨て、俺にもこの家にもなんの未練もない様子で、新しい男を迎えに来させて出ていった。
そんなことがあったからか、それ以降は父が家にいる時間が増え、ときには学校行事や部活でやっていたバレーの公式戦にまで顔を出してくれたりもした。
多忙な身でありながら、きっとかなり無理をして時間を作ってくれていたのだと思う。
結局母親の愛情というものを一度も感じることはなかったけれど、父は必死で父親であろうとしてくれたし、道代さんは以前よりもさらに俺と父のことを気遣い、甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれた。
しかし俺の成長と共に道代さんも高齢になり、日に日に体力が衰え、俺が高校3年生のときに病を患って退職せざるを得なくなった。
遠方に住む息子夫婦が面倒を見てくれると言って、道代さんは最後まで俺のことを心配して涙ながらに去っていった。
道代さんはいつも俺の心配ばかりして、病気になったときはつきっきりで看病してくれたり、学校行事で弁当が必要なときには朝早くから弁当を届けてくれたり、実の母親よりよほど母親らしかったと思う。
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