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ちょうどいい距離感

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「そうですねぇ……。とにかく長い時間一緒にいてくれる方がいいって、前は思ってましたけど……今はそうでもないです」
「変わったの?」

愛美は手を止めて、椅子ごとクルリと金井さんの方を向いた。

「もちろん一緒にいられたら嬉しいですよ。でも私にも私の生活があるし、私だけを中心に相手の世界が動いてるわけじゃないですもんね。一緒にいない時もお互いをちゃんと想い合えたら、それでいいです」
「いい距離感ね。どんな人なの?」

付き合っている人がいると言ったわけではないのに、どんな人かと聞くという事は、愛美に大切な人がいると金井さんにはわかるのだろう。
職場ではプライベートをあまり明かさない愛美だが、いつも気に掛けてくれる金井さんには、なんとなく聞いて欲しいような気持ちになる。

「優しいですよ、すごく。何よりも私を大事にしてくれます」
「そんなに想ってもらえて、お互い幸せね」
「ハイ、幸せです」

いつになく穏やかな笑みを浮かべる愛美を、金井さんは母親のような優しい目で見た。

「菅谷さんにお見合いのお世話する楽しみが減ったわねぇ」

金井さんは笑ってそう言うと、美味しそうにお弁当を食べ始めた。

少し前までは支部の職員を、お節介でうるさいオバサマたちだと愛美は思っていた。
仕事は仕事、プライベートはプライベートでキッチリ分けて、職場で自分の事を話すのは今も好きではないが、職場の人たちが自分の事を気に掛け心配してくれるのは、悪い気がしない。
興味を持って尋ねる事はあっても、決して深入りはしないし、無責任な噂話で人を傷付けたりしない。
人との距離感をさりげなく保とうとする職員たちの配慮が、心地いいと思えるようになった。
そんな事を思うのは、自分がこの支部のオバサマの色に染まって来たからかも知れない。
だけどそれもまた悪くないなと、愛美は苦笑いを浮かべながら入力作業を進めた。


その後、支部に戻って来た職員たちが、立て続けに契約書類を愛美に手渡した。
かなり切羽詰まっているのだろう。
みんないつもより急いで昼食を済ませ、慌てて支部を出て行った。

   (だから……取れる契約なら余裕持って取ろうよ……。こっちは一人で処理するんだってば……)

慌ただしく職員が出入りして、切羽詰まった様子で愛美に契約書類を託すので、少しでも早く入力を済ませようとしているうちに、なんとなく昼食を食べそびれたままだ。
休憩スペースの上には、緒川支部長のお弁当だけが残っている。
緒川支部長は佐藤さんの地区に同行した後、お昼過ぎに一度戻ってきて、営業部に行ったきり1時間以上帰ってこない。

   (部長に捕まったな……。今月の支部の成績がイマイチだから……)

きりがいいので、一旦手を止めてお昼にしようと愛美が思っていると、ゲンナリした顔で緒川支部長が戻ってきた。

   (こりゃ相当疲れてるな)

「おかえりなさい。お疲れ様です」

出先から戻ってきたわけでもないのに、愛美がわざとそう言うと、緒川支部長は心底疲れた顔をしてネクタイをゆるめた。

「ただいま……。ホントに疲れた……」
「支部長、お昼まだでしょう」
「腹減った……。とりあえず飯食おう……」
「私もこれからなんです。お茶淹れますね」

支部長ともなると何かと苦労が絶えないんだろうなと思いながら、愛美は急須にお湯を注ぐ。

「これ、俺の弁当?」
「そうみたいですね」

愛美が緒川支部長の湯飲みにお茶を淹れていると、背後でなんとも言いがたい声が聞こえた。

「どうかしました?」

緒川支部長はお弁当の蓋を開けたまま、下を向いて頭を抱えている。
愛美はお弁当の中を覗いて思わず吹き出した。

   (レバニラ……!)


昨日の夕方、健太郎から【弁当を注文する人は、アレルギーとか嫌いな食べ物があったら、名前の下にメモしておいて】とメールが来た。
その時は『これも今後のためのリサーチなのかな』と思ったのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。
緒川支部長は大嫌いなレバーをメインのおかずにされて、ガックリうなだれている。

   (子どもみたいな事して……。これは仕返しのつもりか、健太郎?)

愛美はうなだれる緒川支部長を横目に見ながら休憩スペースの椅子に座り、トートバッグの中からお弁当を取り出した。
緒川支部長を見ていると、耳を垂れて尻尾をうなだれている大型犬のようで、ちょっとかわいそうかもと思ったりする。

   (仕方ないなぁ……)

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