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ちょうどいい距離感
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10時半過ぎ。
お弁当を届けに来た健太郎は、支部の職員がほとんど出払っている事に驚いた。
「あれ……?なんでこんな静かなんだ?」
「支部長に追い込まれてるからだよ」
「なんで?」
愛美はデータ入力する手を止めて、チラリと支部長席を見た。
緒川支部長は今日も佐藤さんに同行している。
「頑張らないと、慰安旅行に行かせてもらえないの。そんなわけだから、木曜と金曜はお弁当の注文はないよ」
「そうか。じゃあ、来週から本格的に始める。今日と明日はお試しだな」
今日は何種類かの試作品を、注文した人数分だけ持ってきている。
健太郎は休憩スペースのテーブルの上に、お弁当を種類別に置いた。
「健太郎は昔からフットワークが軽いよね。思い立ったらすぐ行動する」
「まぁな。でも俺だって、思ってもなかなか行動に移せない事もあるぞ」
「ふーん?そうなんだ」
健太郎がなかなか行動に移せなかったのは、ずっと好きだった愛美に好きだと言えなかった昔の事だと、愛美は気付かなかった。
テーブルの上に並べられたお弁当を見て、愛美は怪訝な顔をした。
お弁当の蓋の上に、【豚肉しょうが焼き】、【コロッケ】、【塩サバ】と、お弁当の中身がわかるように紙が貼ってある中に、なぜかひとつだけ、【緒川様】と名指しで書かれている。
「何これ?支部長だけ特別?」
「そう、特別。だから他の人が食べないように名前書いといた。愛美、今日は注文しなかったな。俺の弁当、飽きたか?」
「そういうんじゃないよ。簡単だけど今日は自分で作ってきた。私以外にも健太郎のお弁当を注文してくれる人がいるし、これからはできるだけ作ろうかなって」
「へーぇ、愛美もそんな事するんだな。でもたまには注文しろよ」
「たまにはね」
お昼前になると、数人の職員たちが支部に戻ってきた。
「菅谷さん、これお願いします」
金井さんが内勤席のそばに来て、契約書類の入った封筒を差し出した。
愛美は封筒を受け取り、書類に不備がないかチェックをする。
「お疲れ様です。新規契約ですね!おめでとうございます。職域からですか?」
「前から声掛けてたんだけど、若い子は保険ってピンと来ないからなかなかねぇ。健康な時は保険なんか必要ないと思うかも知れないけど、いざ病気や怪我をして高額な治療費が掛かったらどうするの?って。保険に入ってれば給付金で支払えるけど、入ってないと貯金でなんとかしなきゃいけないでしょ。保険は健康じゃなきゃ入れないから、健康な今こそ入っておくべきなのよって言ったら、じゃあ真剣に考えなきゃって話を聞いてくれたの。そのお客さん、来週が誕生日でね。年齢が上がると保険料も上がるから、その前に契約しちゃおうって」
「お客様がしっかり納得した上で契約していただくのが一番大事ですもんね。それに保険料が上がる前に手続きできて良かったです。すぐに入力しますね」
契約時の年齢が上がるにつれ、平均余命までの年数と払い込み満了日までの保険料支払い回数が減り、死亡率が上がる。
それに比例して保険会社からの保険金支払い率が上がる事から、毎月の保険料は上がる仕組みになっている。
世話焼きの金井さんの事だ。
職域で勤める若い人たちを相手に、『若いうちは元気だから保険なんて必要ないと思ってても、歳取って病気になってからじゃ入れないのよ!元気で毎月の保険料が安く済む今のうちに入っときなさい、保険は一生ものよ!』と、母親のように諭す姿が容易に目に浮かぶ。
金井さんは肩をコキコキ鳴らしながら、休憩スペースの椅子に座った。
「お昼食べたらもう一件行って来なくちゃ」
「金井さんも注文してましたよね。今日は試作だから三種類の中から好きなのを選んで食べてってオーナーが言ってました」
「塩サバが食べたいわぁ。少し早いけどいただこうかしら」
「早い者勝ちですね」
愛美は金井さんから受け取った契約書類のデータをパソコンに入力し始めた。
金井さんはお弁当を広げながら、愛美に話し掛ける。
「前に菅谷さんの好きなタイプ、聞いた事あったでしょ?」
「ええ、ありますね」
「今もそれは変わらない?」
キーボードを叩きながら、愛美は考える。
(ただ長い時間一緒にいるだけが幸せ……?例えば政弘さんが、ろくに仕事もせずに私のそばにベッタリくっついてたら?)
『政弘さん』に限ってそんな事は有り得ないけれど、それぞれの生活があって始めて、二人でいる時間を幸せだと思える気がした。
お弁当を届けに来た健太郎は、支部の職員がほとんど出払っている事に驚いた。
「あれ……?なんでこんな静かなんだ?」
「支部長に追い込まれてるからだよ」
「なんで?」
愛美はデータ入力する手を止めて、チラリと支部長席を見た。
緒川支部長は今日も佐藤さんに同行している。
「頑張らないと、慰安旅行に行かせてもらえないの。そんなわけだから、木曜と金曜はお弁当の注文はないよ」
「そうか。じゃあ、来週から本格的に始める。今日と明日はお試しだな」
今日は何種類かの試作品を、注文した人数分だけ持ってきている。
健太郎は休憩スペースのテーブルの上に、お弁当を種類別に置いた。
「健太郎は昔からフットワークが軽いよね。思い立ったらすぐ行動する」
「まぁな。でも俺だって、思ってもなかなか行動に移せない事もあるぞ」
「ふーん?そうなんだ」
健太郎がなかなか行動に移せなかったのは、ずっと好きだった愛美に好きだと言えなかった昔の事だと、愛美は気付かなかった。
テーブルの上に並べられたお弁当を見て、愛美は怪訝な顔をした。
お弁当の蓋の上に、【豚肉しょうが焼き】、【コロッケ】、【塩サバ】と、お弁当の中身がわかるように紙が貼ってある中に、なぜかひとつだけ、【緒川様】と名指しで書かれている。
「何これ?支部長だけ特別?」
「そう、特別。だから他の人が食べないように名前書いといた。愛美、今日は注文しなかったな。俺の弁当、飽きたか?」
「そういうんじゃないよ。簡単だけど今日は自分で作ってきた。私以外にも健太郎のお弁当を注文してくれる人がいるし、これからはできるだけ作ろうかなって」
「へーぇ、愛美もそんな事するんだな。でもたまには注文しろよ」
「たまにはね」
お昼前になると、数人の職員たちが支部に戻ってきた。
「菅谷さん、これお願いします」
金井さんが内勤席のそばに来て、契約書類の入った封筒を差し出した。
愛美は封筒を受け取り、書類に不備がないかチェックをする。
「お疲れ様です。新規契約ですね!おめでとうございます。職域からですか?」
「前から声掛けてたんだけど、若い子は保険ってピンと来ないからなかなかねぇ。健康な時は保険なんか必要ないと思うかも知れないけど、いざ病気や怪我をして高額な治療費が掛かったらどうするの?って。保険に入ってれば給付金で支払えるけど、入ってないと貯金でなんとかしなきゃいけないでしょ。保険は健康じゃなきゃ入れないから、健康な今こそ入っておくべきなのよって言ったら、じゃあ真剣に考えなきゃって話を聞いてくれたの。そのお客さん、来週が誕生日でね。年齢が上がると保険料も上がるから、その前に契約しちゃおうって」
「お客様がしっかり納得した上で契約していただくのが一番大事ですもんね。それに保険料が上がる前に手続きできて良かったです。すぐに入力しますね」
契約時の年齢が上がるにつれ、平均余命までの年数と払い込み満了日までの保険料支払い回数が減り、死亡率が上がる。
それに比例して保険会社からの保険金支払い率が上がる事から、毎月の保険料は上がる仕組みになっている。
世話焼きの金井さんの事だ。
職域で勤める若い人たちを相手に、『若いうちは元気だから保険なんて必要ないと思ってても、歳取って病気になってからじゃ入れないのよ!元気で毎月の保険料が安く済む今のうちに入っときなさい、保険は一生ものよ!』と、母親のように諭す姿が容易に目に浮かぶ。
金井さんは肩をコキコキ鳴らしながら、休憩スペースの椅子に座った。
「お昼食べたらもう一件行って来なくちゃ」
「金井さんも注文してましたよね。今日は試作だから三種類の中から好きなのを選んで食べてってオーナーが言ってました」
「塩サバが食べたいわぁ。少し早いけどいただこうかしら」
「早い者勝ちですね」
愛美は金井さんから受け取った契約書類のデータをパソコンに入力し始めた。
金井さんはお弁当を広げながら、愛美に話し掛ける。
「前に菅谷さんの好きなタイプ、聞いた事あったでしょ?」
「ええ、ありますね」
「今もそれは変わらない?」
キーボードを叩きながら、愛美は考える。
(ただ長い時間一緒にいるだけが幸せ……?例えば政弘さんが、ろくに仕事もせずに私のそばにベッタリくっついてたら?)
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