オフィスにラブは落ちてねぇ!! 2

櫻井音衣

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少しずつ積み重ねて

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食事を終えてしばらく経った頃。
愛美がキッチンの後片付けをして、『政弘さん』がお風呂の掃除をした。
『政弘さん』がお風呂の掃除をしている間に、愛美はショップ袋からルームウェアを取り出した。
『政弘さん』用に買った物も、あえてラッピングはしてもらわなかった。
プレゼントとして渡すより、自然な形で使ってもらえた方がいいと思ったからだ。
この部屋には自分の居場所があるのだと、安心してもらえたらいいと愛美は思う。
愛美はルームウェアのタグをハサミで切って、その上にバスタオルを置いた。


しばらく経って、浴室給湯器の操作パネルが、お風呂が沸いた事を知らせた。

「政弘さん、先にお風呂入って下さい。今日は着替え大丈夫ですか?」
「うん、さっきついでに新しいの買ったんだ」

『政弘さん』は、昼間にショッピングモールで買った新しいシャツや下着を袋から取り出す。

「じゃあ、これ置いときますね」

愛美はバスタオルとルームウェアを、さりげなく『政弘さん』のそばに置いた。

「ん……あれ?」

バスタオルの下に何かがある事に気付いた『政弘さん』は、バスタオルをめくって目を丸くしている。

「愛美……これ……」
「サイズは多分、大丈夫だと思いますよ」

『政弘さん』はルームウェアを広げてまじまじと眺めた。

   (なんでだろう、普通に綺麗なラッピングしてプレゼントされるより嬉しい……。もしかして愛美の買い物って、これだったのかな?)

これは誕生日プレゼントだとか、こっそり買ってきたとか、愛美はそんな事は何も言わない。
お礼も感想も求めない。
普通の女の子なら、選ぶのに苦労したとか、気に入ったかとか、きっといろいろ言いたいはずなのに、さりげなくこういう事ができる愛美はやっぱりかわいいと『政弘さん』は思う。

   (自然に一緒にいられるっていいなぁ)

「これ、すごくいいね」
「そうでしょう。私も色違い買いました」
「じゃあ、おそろいだ。着るの楽しみだな」

『政弘さん』はバスタオルと着替えを持って立ち上がり、浴室に向かいかけて振り返った。

「せっかくだから一緒に……」
「入りません」

最後まで言い終わらないうちに愛美に言葉を遮られ、キッパリ拒否されて、『政弘さん』はやっぱりなと思いながら苦笑いを浮かべた。

「一応聞くけど、なんで?」
「そういうのはまだ抵抗があります」

愛美はどうやらまだ、一緒にお風呂に入れるほどは、自分をさらけ出せないらしい。

   (愛美の裸なら何度も見てるのに、それでもやっぱり恥ずかしいのかな?不思議だ……)

「じゃあ、抵抗がなくなったら一緒に入る?」
「……おそらく……いつかそのうち?」
「それならまぁいいか」

(その辺も時間の積み重ねが必要なのかな?)


その夜。
入浴を済ませ、おそろいのルームウェアを着て二人でベッドに横になると、愛美はこんな話をした。

「私の両親は教師なんですけど、結婚して30年経った今でも、お互いの事を付けで呼んで、敬語で話します」

愛美はそれを小さい頃から見ていたからなのか、そこに違和感はまったくないらしい。
子どもの頃はむしろ、よその家庭で当たり前のように交わされている砕けた会話に違和感を持ったという。
大人になるにつれ、両親を見ていると、二人が人としても教師としても互いに尊敬し合い、夫婦として信頼し合っているのだと思うようになったと愛美は言った。
二人の間には、親しいからこそ大切にしたい礼儀とか距離感があって、それをとても大事にしていて、
言葉には出さなくても、二人は互いにとても深い愛情を示しているし、時間の流れがそこだけは違うのではないかと思うほど、二人が一緒にいる時の空気は柔らかく穏やかだったそうだ。
そんな両親を見て育った愛美は、『いつか自分も愛する人と出会って、両親のような夫婦になりたいと思うようになった』と言った。
その話を聞いて『政弘さん』は、『いつか自分が愛美の理想の夫婦の夫になりたい』と言い掛けたけれど、やめておいた。
今、愛美にそれを言うのは時期尚早だ。
おぼろげに夢見る甘い結婚生活と、同じ未来に向かって共に歩く現実は、きっと違う。
いつかお互いが現実的に結婚を考えられるようになったら、改めて言おうと思う。
お互いが安心してすべてを委ねられるような、揺るぎない信頼関係を築けたら、愛美の両親のような夫婦になれるだろうか。


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