49 / 57
少しずつ積み重ねて
4
しおりを挟む
食事を終えてしばらく経った頃。
愛美がキッチンの後片付けをして、『政弘さん』がお風呂の掃除をした。
『政弘さん』がお風呂の掃除をしている間に、愛美はショップ袋からルームウェアを取り出した。
『政弘さん』用に買った物も、あえてラッピングはしてもらわなかった。
プレゼントとして渡すより、自然な形で使ってもらえた方がいいと思ったからだ。
この部屋には自分の居場所があるのだと、安心してもらえたらいいと愛美は思う。
愛美はルームウェアのタグをハサミで切って、その上にバスタオルを置いた。
しばらく経って、浴室給湯器の操作パネルが、お風呂が沸いた事を知らせた。
「政弘さん、先にお風呂入って下さい。今日は着替え大丈夫ですか?」
「うん、さっきついでに新しいの買ったんだ」
『政弘さん』は、昼間にショッピングモールで買った新しいシャツや下着を袋から取り出す。
「じゃあ、これ置いときますね」
愛美はバスタオルとルームウェアを、さりげなく『政弘さん』のそばに置いた。
「ん……あれ?」
バスタオルの下に何かがある事に気付いた『政弘さん』は、バスタオルをめくって目を丸くしている。
「愛美……これ……」
「サイズは多分、大丈夫だと思いますよ」
『政弘さん』はルームウェアを広げてまじまじと眺めた。
(なんでだろう、普通に綺麗なラッピングしてプレゼントされるより嬉しい……。もしかして愛美の買い物って、これだったのかな?)
これは誕生日プレゼントだとか、こっそり買ってきたとか、愛美はそんな事は何も言わない。
お礼も感想も求めない。
普通の女の子なら、選ぶのに苦労したとか、気に入ったかとか、きっといろいろ言いたいはずなのに、さりげなくこういう事ができる愛美はやっぱりかわいいと『政弘さん』は思う。
(自然に一緒にいられるっていいなぁ)
「これ、すごくいいね」
「そうでしょう。私も色違い買いました」
「じゃあ、おそろいだ。着るの楽しみだな」
『政弘さん』はバスタオルと着替えを持って立ち上がり、浴室に向かいかけて振り返った。
「せっかくだから一緒に……」
「入りません」
最後まで言い終わらないうちに愛美に言葉を遮られ、キッパリ拒否されて、『政弘さん』はやっぱりなと思いながら苦笑いを浮かべた。
「一応聞くけど、なんで?」
「そういうのはまだ抵抗があります」
愛美はどうやらまだ、一緒にお風呂に入れるほどは、自分をさらけ出せないらしい。
(愛美の裸なら何度も見てるのに、それでもやっぱり恥ずかしいのかな?不思議だ……)
「じゃあ、抵抗がなくなったら一緒に入る?」
「……おそらく……いつかそのうち?」
「それならまぁいいか」
(その辺も時間の積み重ねが必要なのかな?)
その夜。
入浴を済ませ、おそろいのルームウェアを着て二人でベッドに横になると、愛美はこんな話をした。
「私の両親は教師なんですけど、結婚して30年経った今でも、お互いの事をさん付けで呼んで、敬語で話します」
愛美はそれを小さい頃から見ていたからなのか、そこに違和感はまったくないらしい。
子どもの頃はむしろ、よその家庭で当たり前のように交わされている砕けた会話に違和感を持ったという。
大人になるにつれ、両親を見ていると、二人が人としても教師としても互いに尊敬し合い、夫婦として信頼し合っているのだと思うようになったと愛美は言った。
二人の間には、親しいからこそ大切にしたい礼儀とか距離感があって、それをとても大事にしていて、
言葉には出さなくても、二人は互いにとても深い愛情を示しているし、時間の流れがそこだけは違うのではないかと思うほど、二人が一緒にいる時の空気は柔らかく穏やかだったそうだ。
そんな両親を見て育った愛美は、『いつか自分も愛する人と出会って、両親のような夫婦になりたいと思うようになった』と言った。
その話を聞いて『政弘さん』は、『いつか自分が愛美の理想の夫婦の夫になりたい』と言い掛けたけれど、やめておいた。
今、愛美にそれを言うのは時期尚早だ。
おぼろげに夢見る甘い結婚生活と、同じ未来に向かって共に歩く現実は、きっと違う。
いつかお互いが現実的に結婚を考えられるようになったら、改めて言おうと思う。
お互いが安心してすべてを委ねられるような、揺るぎない信頼関係を築けたら、愛美の両親のような夫婦になれるだろうか。
愛美がキッチンの後片付けをして、『政弘さん』がお風呂の掃除をした。
『政弘さん』がお風呂の掃除をしている間に、愛美はショップ袋からルームウェアを取り出した。
『政弘さん』用に買った物も、あえてラッピングはしてもらわなかった。
プレゼントとして渡すより、自然な形で使ってもらえた方がいいと思ったからだ。
この部屋には自分の居場所があるのだと、安心してもらえたらいいと愛美は思う。
愛美はルームウェアのタグをハサミで切って、その上にバスタオルを置いた。
しばらく経って、浴室給湯器の操作パネルが、お風呂が沸いた事を知らせた。
「政弘さん、先にお風呂入って下さい。今日は着替え大丈夫ですか?」
「うん、さっきついでに新しいの買ったんだ」
『政弘さん』は、昼間にショッピングモールで買った新しいシャツや下着を袋から取り出す。
「じゃあ、これ置いときますね」
愛美はバスタオルとルームウェアを、さりげなく『政弘さん』のそばに置いた。
「ん……あれ?」
バスタオルの下に何かがある事に気付いた『政弘さん』は、バスタオルをめくって目を丸くしている。
「愛美……これ……」
「サイズは多分、大丈夫だと思いますよ」
『政弘さん』はルームウェアを広げてまじまじと眺めた。
(なんでだろう、普通に綺麗なラッピングしてプレゼントされるより嬉しい……。もしかして愛美の買い物って、これだったのかな?)
これは誕生日プレゼントだとか、こっそり買ってきたとか、愛美はそんな事は何も言わない。
お礼も感想も求めない。
普通の女の子なら、選ぶのに苦労したとか、気に入ったかとか、きっといろいろ言いたいはずなのに、さりげなくこういう事ができる愛美はやっぱりかわいいと『政弘さん』は思う。
(自然に一緒にいられるっていいなぁ)
「これ、すごくいいね」
「そうでしょう。私も色違い買いました」
「じゃあ、おそろいだ。着るの楽しみだな」
『政弘さん』はバスタオルと着替えを持って立ち上がり、浴室に向かいかけて振り返った。
「せっかくだから一緒に……」
「入りません」
最後まで言い終わらないうちに愛美に言葉を遮られ、キッパリ拒否されて、『政弘さん』はやっぱりなと思いながら苦笑いを浮かべた。
「一応聞くけど、なんで?」
「そういうのはまだ抵抗があります」
愛美はどうやらまだ、一緒にお風呂に入れるほどは、自分をさらけ出せないらしい。
(愛美の裸なら何度も見てるのに、それでもやっぱり恥ずかしいのかな?不思議だ……)
「じゃあ、抵抗がなくなったら一緒に入る?」
「……おそらく……いつかそのうち?」
「それならまぁいいか」
(その辺も時間の積み重ねが必要なのかな?)
その夜。
入浴を済ませ、おそろいのルームウェアを着て二人でベッドに横になると、愛美はこんな話をした。
「私の両親は教師なんですけど、結婚して30年経った今でも、お互いの事をさん付けで呼んで、敬語で話します」
愛美はそれを小さい頃から見ていたからなのか、そこに違和感はまったくないらしい。
子どもの頃はむしろ、よその家庭で当たり前のように交わされている砕けた会話に違和感を持ったという。
大人になるにつれ、両親を見ていると、二人が人としても教師としても互いに尊敬し合い、夫婦として信頼し合っているのだと思うようになったと愛美は言った。
二人の間には、親しいからこそ大切にしたい礼儀とか距離感があって、それをとても大事にしていて、
言葉には出さなくても、二人は互いにとても深い愛情を示しているし、時間の流れがそこだけは違うのではないかと思うほど、二人が一緒にいる時の空気は柔らかく穏やかだったそうだ。
そんな両親を見て育った愛美は、『いつか自分も愛する人と出会って、両親のような夫婦になりたいと思うようになった』と言った。
その話を聞いて『政弘さん』は、『いつか自分が愛美の理想の夫婦の夫になりたい』と言い掛けたけれど、やめておいた。
今、愛美にそれを言うのは時期尚早だ。
おぼろげに夢見る甘い結婚生活と、同じ未来に向かって共に歩く現実は、きっと違う。
いつかお互いが現実的に結婚を考えられるようになったら、改めて言おうと思う。
お互いが安心してすべてを委ねられるような、揺るぎない信頼関係を築けたら、愛美の両親のような夫婦になれるだろうか。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる