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「俺、ずっと気になってたんだけどさ……」
「なんですか?」
愛美はちょっと高いしゃぶしゃぶ用の豚肉を菜箸で摘まんで、鍋の中の出汁にくぐらせる。
「愛美はなんでずっと、俺の事、さん付けで呼んで敬語で話すの?」
よほど意外な質問だったのか、愛美は菜箸を持ったままポカンとしている。
「そこ、ずっと気になるほど重要ですか?」
「重要……って言うか、気になって。普通さ、付き合いだすと名前呼び捨てにしたり、愛称で呼んだりしない?それに、歳が離れてても敬語じゃなくなると思うんだけど」
愛美は色が変わって食べ頃になった豚肉を『政弘さん』の器に入れて、またパックから豚肉をつまみ上げた。
「あまり深く考えた事はないんです。でも、私にとってはそれが自然と言うか……」
鍋の中で豚肉は少しずつ白っぽくなっていく。
「元々は上司だからって言うのも少しはあるかも知れないけど……私は政弘さんの事、呼び捨てにしたいとか思った事はないし、敬語も自然に出てくるだけで……。政弘さんがそんな事を気にしてるとは、思いもしませんでした」
「俺が歳上だから遠慮してる?」
愛美は手を止めて少し考える。
「そんな事はないですけど……別の呼び方で呼んだ方がいいですか?例えば……『ひろくん』とか?」
「え……っ!!なんで知ってるの?!」
「前に支部にいた時、佐藤さんがそう呼んでるのが聞こえたので」
愛美は淡々とした口調でそう言って、グラスのビールを飲み干した。
そして豚肉をまた鍋の出汁にくぐらせ、食べ頃になると『政弘さん』の器に入れて笑った。
「ひろくん、一緒に食べると美味しいね。もっといっぱい食べて。お肉もまだまだたくさんあるよ。私、新しいビール出してくるね」
昔の彼女に呼ばれていた『ひろくん』という呼び方で愛美に呼ばれ、今までに聞いた事のない言葉遣いで話し掛けられて、『政弘さん』は思いきり顔を引きつらせた。
愛美は何食わぬ顔をして立ち上がり、冷蔵庫にビールを取りに行く。
(なんだこれ……?罰ゲームか?愛美、めちゃくちゃ怖いんだけど!!)
「ひろくん、どうしたの?」
固まっている『政弘さん』に愛美が尋ねる。
「あの……『ひろくん』ってやめない?普通に『政弘』でいいんだけど……」
「じゃあ……政弘、ビールついであげる。グラス空けて」
愛美に促され、『政弘さん』は慌ててビールを飲む。
(あ……あれ……?なんか違和感……)
グラスを差し出すと、愛美は笑みを浮かべながら、冷たいビールをグラスに注いだ。
「政弘」
「……ハイ?」
「政弘」
「…………ハイ?」
(なんだ、一体?!)
愛美が少しうつむき加減に、自分のグラスにビールを注いだ。
「私が『政弘』って呼べば、安心できる?」
「えっ?」
「私が敬語やめて『政弘』って呼べば、他の人よりずっと好きだって……特別なんだって、わかってくれる?甘えられないとか、安心して頼れないとか、そんなふうに思ってないってわかってくれる?」
「あ……」
(俺が前に言った事、気にしてたのか……?)
健太郎に嫉妬して思わずぶちまけてしまった言葉を、愛美は気にしていたのだろう。
些細な事でムキになっていた自分が、今更ながら恥ずかしい。
「ごめん……。どんな呼び方しても、どんな話し方しても、愛美は愛美なのにな。俺は愛美が好きだし、やっぱりいつもの愛美がいい。いつもみたいに、『政弘さんが好きです』って、言って欲しい」
愛美は手に持っていた菜箸をテーブルの上に置いて、『政弘さん』の隣に座った。
そして『政弘さん』のシャツをつかみ、広い胸に顔をうずめた。
「……政弘さんが好きです……大好きです。素直じゃないし、他の女の子みたいに上手に甘えられないけど……こんな可愛いげのない私は、嫌いですか?」
こんなに頼りなげに話す愛美は初めて見た。
自分の言葉のせいで、愛美も悩んでいたのかもと思うと、胸が痛くなった。
『政弘さん』は愛美を抱きしめ、目一杯優しく頭を撫でた。
「大好きだよ。愛美の事、可愛いげがないなんて思った事ない。そんな愛美が誰よりもかわいいって、俺は思ってる」
『政弘さん』の腕の中で、愛美は目を潤ませながら顔を上げて微笑んだ。
「政弘さんって変わってますね」
「そうかなぁ……。それはお互い様なんじゃないかと思うけど……。でもやっぱり、こっちの方がしっくり来る。無理して呼び方とか話し方変えても、違和感しかないもんな」
「私もです。なんか疲れちゃいました」
「じゃあ、今まで通りでいいや。愛美、大好きだよ」
「私も大好きです」
『政弘さん』は愛美の唇にそっとキスをした。
唇を離して、『政弘さん』は愛美の頭をポンポンと優しく叩いた。
「とりあえず……食べよっか。キスの続きは、ベッドの中でいっぱいするから」
「ベッドの中でならいいかな……」
「なんですか?」
愛美はちょっと高いしゃぶしゃぶ用の豚肉を菜箸で摘まんで、鍋の中の出汁にくぐらせる。
「愛美はなんでずっと、俺の事、さん付けで呼んで敬語で話すの?」
よほど意外な質問だったのか、愛美は菜箸を持ったままポカンとしている。
「そこ、ずっと気になるほど重要ですか?」
「重要……って言うか、気になって。普通さ、付き合いだすと名前呼び捨てにしたり、愛称で呼んだりしない?それに、歳が離れてても敬語じゃなくなると思うんだけど」
愛美は色が変わって食べ頃になった豚肉を『政弘さん』の器に入れて、またパックから豚肉をつまみ上げた。
「あまり深く考えた事はないんです。でも、私にとってはそれが自然と言うか……」
鍋の中で豚肉は少しずつ白っぽくなっていく。
「元々は上司だからって言うのも少しはあるかも知れないけど……私は政弘さんの事、呼び捨てにしたいとか思った事はないし、敬語も自然に出てくるだけで……。政弘さんがそんな事を気にしてるとは、思いもしませんでした」
「俺が歳上だから遠慮してる?」
愛美は手を止めて少し考える。
「そんな事はないですけど……別の呼び方で呼んだ方がいいですか?例えば……『ひろくん』とか?」
「え……っ!!なんで知ってるの?!」
「前に支部にいた時、佐藤さんがそう呼んでるのが聞こえたので」
愛美は淡々とした口調でそう言って、グラスのビールを飲み干した。
そして豚肉をまた鍋の出汁にくぐらせ、食べ頃になると『政弘さん』の器に入れて笑った。
「ひろくん、一緒に食べると美味しいね。もっといっぱい食べて。お肉もまだまだたくさんあるよ。私、新しいビール出してくるね」
昔の彼女に呼ばれていた『ひろくん』という呼び方で愛美に呼ばれ、今までに聞いた事のない言葉遣いで話し掛けられて、『政弘さん』は思いきり顔を引きつらせた。
愛美は何食わぬ顔をして立ち上がり、冷蔵庫にビールを取りに行く。
(なんだこれ……?罰ゲームか?愛美、めちゃくちゃ怖いんだけど!!)
「ひろくん、どうしたの?」
固まっている『政弘さん』に愛美が尋ねる。
「あの……『ひろくん』ってやめない?普通に『政弘』でいいんだけど……」
「じゃあ……政弘、ビールついであげる。グラス空けて」
愛美に促され、『政弘さん』は慌ててビールを飲む。
(あ……あれ……?なんか違和感……)
グラスを差し出すと、愛美は笑みを浮かべながら、冷たいビールをグラスに注いだ。
「政弘」
「……ハイ?」
「政弘」
「…………ハイ?」
(なんだ、一体?!)
愛美が少しうつむき加減に、自分のグラスにビールを注いだ。
「私が『政弘』って呼べば、安心できる?」
「えっ?」
「私が敬語やめて『政弘』って呼べば、他の人よりずっと好きだって……特別なんだって、わかってくれる?甘えられないとか、安心して頼れないとか、そんなふうに思ってないってわかってくれる?」
「あ……」
(俺が前に言った事、気にしてたのか……?)
健太郎に嫉妬して思わずぶちまけてしまった言葉を、愛美は気にしていたのだろう。
些細な事でムキになっていた自分が、今更ながら恥ずかしい。
「ごめん……。どんな呼び方しても、どんな話し方しても、愛美は愛美なのにな。俺は愛美が好きだし、やっぱりいつもの愛美がいい。いつもみたいに、『政弘さんが好きです』って、言って欲しい」
愛美は手に持っていた菜箸をテーブルの上に置いて、『政弘さん』の隣に座った。
そして『政弘さん』のシャツをつかみ、広い胸に顔をうずめた。
「……政弘さんが好きです……大好きです。素直じゃないし、他の女の子みたいに上手に甘えられないけど……こんな可愛いげのない私は、嫌いですか?」
こんなに頼りなげに話す愛美は初めて見た。
自分の言葉のせいで、愛美も悩んでいたのかもと思うと、胸が痛くなった。
『政弘さん』は愛美を抱きしめ、目一杯優しく頭を撫でた。
「大好きだよ。愛美の事、可愛いげがないなんて思った事ない。そんな愛美が誰よりもかわいいって、俺は思ってる」
『政弘さん』の腕の中で、愛美は目を潤ませながら顔を上げて微笑んだ。
「政弘さんって変わってますね」
「そうかなぁ……。それはお互い様なんじゃないかと思うけど……。でもやっぱり、こっちの方がしっくり来る。無理して呼び方とか話し方変えても、違和感しかないもんな」
「私もです。なんか疲れちゃいました」
「じゃあ、今まで通りでいいや。愛美、大好きだよ」
「私も大好きです」
『政弘さん』は愛美の唇にそっとキスをした。
唇を離して、『政弘さん』は愛美の頭をポンポンと優しく叩いた。
「とりあえず……食べよっか。キスの続きは、ベッドの中でいっぱいするから」
「ベッドの中でならいいかな……」
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