オフィスにラブは落ちてねぇ!! 2

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
46 / 57
少しずつ積み重ねて

しおりを挟む
愛美がカフェレストランに戻ってしばらくしてから、いつも愛美に手料理をご馳走になっているお礼に、今夜はどこかで美味しいものでも食べようかと『政弘さん』が言った。

「一日遅れだけど、愛美の誕生日のお祝いしようよ。ホテルのレストランとか……たまにはちょっと贅沢しちゃう?」

『政弘さん』が尋ねると、愛美は即座に首を横に振った。

「そういうのはいいです。緊張して食べた気がしないので。それより、今夜はお鍋にしましょう」
「鍋……?」

   (鍋とはまた意外だな)

「今まで一度も一緒にした事ないでしょう?」
「そういえば……。どんな鍋がいいかな。どこかいい店知ってる?」
「いえ、お店じゃなくて……材料買って帰って、うちでやりましょう。ビールでも飲みながら」
「ああ……それなら久しぶりに二人で飲めるし、すごくいい。よし、それじゃあ早速、材料買いに行こう」
「そうだ。せっかくだから、しゃぶしゃぶ用のちょっと高い豚肉と、美味しいゴマだれ買ってください。私、豚肉のしゃぶしゃぶが大好きなんです」

食料品とは言え、珍しく愛美におねだりされると、やっぱり嬉しいと『政弘さん』は思う。

   (なんだ。愛美、欲しい物は欲しいってちゃんと言うんだ。他の子とはおねだりするポイントがかなり違う気もするけど、そこもまたかわいいからいいや)

「喜んで。愛美の食べたい物、いっぱい買って帰ろう」


それから二人で食料品売り場に行った。
『政弘さん』がカートを押し、愛美が食材をあれこれ選んでかごに入れる。
愛美は真剣な顔をして、どの白菜が大きいか見比べたり、産地の違う特産の長ネギを、どっちにしようかと長い時間選んでいたかと思うと、惣菜コーナーのコロッケを迷わずかごに入れたりする。

「コロッケは鍋に入れないよね?」
「もちろん入れませんよ」

今日は鍋のはずなのに、なぜコロッケなんだろうと、『政弘さん』はかごの中を不思議そうに覗き込んだ。

「愛美、コロッケ好きなの?」
「大好きですよ。美味しいですよね」

そう言って愛美は、子どもみたいに無邪気に笑う。

   (ああ……これは単純に、好きだから食べたいんだな。いわゆる衝動買いってやつだ。愛美にもそんな一面があるんだなぁ)

それが他の女の子のように甘いお菓子やケーキでないところが、なんとも愛美らしいと、ちょっとおかしくなる。

「そっか、愛美はコロッケが好きなんだ。改めて考えると、愛美が好きな物ってあんまり知らないんだよなぁ」
「だったらこれから知って下さい。私も政弘さんの好きな物、たくさん知りたいです」

『政弘さん』には愛美のその言葉が、『この先もずっと一緒だから、お互いにゆっくり歩み寄ろう』と言っているように聞こえた。

   (付き合ってから、まだほんの数か月だ。焦ることないんだな。これからゆっくり時間をかけて、お互いを知って行けばいいんだ……)

今まで知らなかった小さな事が、時間と共に少しずつ積み重ねられて、お互いの良いところも悪いところも、全部ひっくるめて好きだと言えたらいいなと『政弘さん』は思う。

「俺が一番好きなのは愛美だけど?」
「またそういう事を……」

照れくさそうに赤い顔をして足早にレジへ向かう愛美の後ろ姿を見つめて、『政弘さん』は笑みを浮かべた。

   (また照れてる。こういうところ、ホントにかわいいなぁ……)

『政弘さん』が追い付くと愛美はクルリと振り返り、少し背伸びをして、『政弘さん』にそっと耳打ちした。

「私も……一番好きなのは、政弘さんですよ」
「コロッケより?」

『政弘さん』が笑いを堪えながら尋ねると、愛美は笑って手招きをして、耳を寄せるように促した。
『政弘さん』が少しかがんで耳を近付けると、愛美は『政弘さん』の耳たぶをギュッと引っ張った。

「いてっ!」
「いいですか、よく聞いて下さいよ。政弘さんが、いちっ・ばんっ・好きっ・ですっ!!」
「ハイ……。ものすごく嬉しいです……」

愛美が手を離すと、『政弘さん』は耳をさすりながら微笑んだ。
そんな『政弘さん』を見て、愛美は笑った。

「帰ったらすぐに夕飯にしましょうね」
「俺も手伝おうかな。やった事ないけど……」
「じゃあ、一緒にやりましょう」
「うまくできるかな?」
「大丈夫ですよ。少しずつ慣れていけばいいんです。最初はうまくいかなくても、続けていればそのうちコツをつかんで上手になります」

何気ない愛美のその一言は、『政弘さん』の心にストンと落ちてきた。

   (そうか……。なんか、仕事とか人間関係と少し似てるな)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

処理中です...