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それも悪くない
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付き合ってから初めて迎えた愛美の誕生日、この先も一生愛美には敵わないと完全降伏した。
どんなにジタバタしても、愛美の手の上で転がされているような気がした。
自分の方が6つも歳上のはずなのに、愛美にかかれば子どもも同然で、愛美の仕草や言葉ひとつに感情が支配されている。
もっと強い男になって愛美を守りたいとは思うものの、すべてを包み込んでくれる愛美の手の内に居られる事は、この上なく幸せだと『政弘さん』は思う。
職場では虚勢を張っている自分も、愛美の前では無防備な自分も、どちらも間違いなく自分自身だ。
ゆうべ、仕事の時の姿のままで会いに行っても、愛美は『政弘さん』と呼んで、指先で優しく涙を拭って好きだと言ってくれた。
職場では相変わらずそっけなく無愛想な愛美を見て、仕事をしている時の自分は愛美に嫌われているのだとずっと思っていたけれど、佐藤さんとの話を聞いて動揺していたと言う事は、今はそうでもないのかも知れない。
そう言えば、いまだにさん付けで呼ぶ事や敬語で話す事について、愛美は『そこ、重要ですか?』と言っていた。
恋人同士なのだから、もっと砕けた呼び方でも話し方でもいいはずなのに、なぜだろうと疑問に思う。
(後で聞いてみようかな……)
そんな事を思いながら運転しているうちに、目的地にたどり着いた。
『政弘さん』は車を降りて、その店に足を踏み入れた。
愛美は出掛ける支度を済ませ、鏡の前で服装や髪型をチェックしていた。
もうそろそろ『政弘さん』が迎えに来る頃だ。
二人でゆっくり出掛けるのはいつ以来だろう?
もしかしたらお正月以来かも知れない。
『政弘さん』の誕生日は、特別な事は何もできなかった。
かろうじて食事だけは一緒にしたけれど、豪華なディナーとか贅沢な物ではなく、いつものように仕事の後、愛美の部屋で愛美の作った普通の御飯を食べただけだった。
これから買い物に行って、約束していたように『政弘さん』に似合う洋服を選んで、プレゼントしようと思っている。
そう言えば、バレンタインデーも何もできなかった事を思い出した。
チョコを買おうかとも思ったけれど、お客さんから山ほどチョコをもらっていたのを見て、チョコを渡すのは辞めておこうと思った。
支部のオバサマたちはみんなでお金を出し合って、緒川支部長と高瀬FPに、チョコとネクタイをプレゼントしていた。
もちろん、愛美もお金を出した。
(仕事中に使えるようにネクタイなんかもいいかなって思ったけど、みんながネクタイにするって言ったからやめたんだったな……)
結局何がいいか思い浮かばず、その日もまたかろうじて、愛美の部屋で一緒に食事だけはした。
男の人へのプレゼントを選ぶのは難しい。
どうせなら喜ばれる物を贈りたいけれど、あまり高価すぎる物を買う事はできないし、何をもらえば嬉しいのかがわからない。
本人に聞けばわかるのだろうが、『政弘さん』はきっと遠慮して、何が欲しいか言いそうにない。
今日は二人でいろんな店を回って『政弘さん』が気に入る物を選ぶ事にしよう。
それからしばらくして、『政弘さん』が車で迎えに来た。
どこに行こうかと相談して、たくさんのショップが軒をつらねるショッピングモールへ行く事にした。
付き合い始めてから、何度か映画や美術館などに行った事はあるけれど、休日を二人で過ごすのはどちらかの部屋が多く、一緒に買い物に行くのは初めてだ。
ショッピングモールに着いて駐車場で車を停めた『政弘さん』は、愛美に細長い包みを差し出した。
「これは……?」
「一日遅れたけど……誕生日おめでとう」
プレゼントは要らないと言ったのに、誕生日を忘れていた事を気にしてくれていたんだなと思いながら、愛美はそれを受け取った。
ゆうべはプレゼントを用意していないと慌てていたのに、今これがあると言うことは、迎えに来る前に買ってきてくれたのだろうか?
「もしかしてこれ……今、買ってきてくれたんですか?」
「うん。買ってきたのは今なんだけど、お客さんの店に挨拶に行った時にね……ショーケースの中に並んでて……」
お客さんの店という言葉に反応して、愛美はまた少しだけ意地悪をしたくなる。
「……佐藤さんと指輪選んでたって噂になった時ですか?」
「うん、まぁ……そんな噂が広まるとは思ってなかったんだけど……結果的にそうなった」
バツの悪そうな『政弘さん』の顔を見て、今のはかなり意地悪だったかなと、愛美はうつむいて笑いを堪えた。
「俺は佐藤さんと着ける指輪を選んでたんじゃなくて……愛美にあげたいなぁって思いながらアクセサリー見てたんだよ」
「そうなんですか?」
「うん……。店先のショーケースでこれ見つけてさ……すごく綺麗で愛美に似合いそうだし、こういうのあげたら喜んでくれるかなぁって」
「仕事中にそんな事考えてたんですね」
「仕方ないよ。俺はいつでも愛美が大好きなんだから。……それでもダメかな?」
どんなにジタバタしても、愛美の手の上で転がされているような気がした。
自分の方が6つも歳上のはずなのに、愛美にかかれば子どもも同然で、愛美の仕草や言葉ひとつに感情が支配されている。
もっと強い男になって愛美を守りたいとは思うものの、すべてを包み込んでくれる愛美の手の内に居られる事は、この上なく幸せだと『政弘さん』は思う。
職場では虚勢を張っている自分も、愛美の前では無防備な自分も、どちらも間違いなく自分自身だ。
ゆうべ、仕事の時の姿のままで会いに行っても、愛美は『政弘さん』と呼んで、指先で優しく涙を拭って好きだと言ってくれた。
職場では相変わらずそっけなく無愛想な愛美を見て、仕事をしている時の自分は愛美に嫌われているのだとずっと思っていたけれど、佐藤さんとの話を聞いて動揺していたと言う事は、今はそうでもないのかも知れない。
そう言えば、いまだにさん付けで呼ぶ事や敬語で話す事について、愛美は『そこ、重要ですか?』と言っていた。
恋人同士なのだから、もっと砕けた呼び方でも話し方でもいいはずなのに、なぜだろうと疑問に思う。
(後で聞いてみようかな……)
そんな事を思いながら運転しているうちに、目的地にたどり着いた。
『政弘さん』は車を降りて、その店に足を踏み入れた。
愛美は出掛ける支度を済ませ、鏡の前で服装や髪型をチェックしていた。
もうそろそろ『政弘さん』が迎えに来る頃だ。
二人でゆっくり出掛けるのはいつ以来だろう?
もしかしたらお正月以来かも知れない。
『政弘さん』の誕生日は、特別な事は何もできなかった。
かろうじて食事だけは一緒にしたけれど、豪華なディナーとか贅沢な物ではなく、いつものように仕事の後、愛美の部屋で愛美の作った普通の御飯を食べただけだった。
これから買い物に行って、約束していたように『政弘さん』に似合う洋服を選んで、プレゼントしようと思っている。
そう言えば、バレンタインデーも何もできなかった事を思い出した。
チョコを買おうかとも思ったけれど、お客さんから山ほどチョコをもらっていたのを見て、チョコを渡すのは辞めておこうと思った。
支部のオバサマたちはみんなでお金を出し合って、緒川支部長と高瀬FPに、チョコとネクタイをプレゼントしていた。
もちろん、愛美もお金を出した。
(仕事中に使えるようにネクタイなんかもいいかなって思ったけど、みんながネクタイにするって言ったからやめたんだったな……)
結局何がいいか思い浮かばず、その日もまたかろうじて、愛美の部屋で一緒に食事だけはした。
男の人へのプレゼントを選ぶのは難しい。
どうせなら喜ばれる物を贈りたいけれど、あまり高価すぎる物を買う事はできないし、何をもらえば嬉しいのかがわからない。
本人に聞けばわかるのだろうが、『政弘さん』はきっと遠慮して、何が欲しいか言いそうにない。
今日は二人でいろんな店を回って『政弘さん』が気に入る物を選ぶ事にしよう。
それからしばらくして、『政弘さん』が車で迎えに来た。
どこに行こうかと相談して、たくさんのショップが軒をつらねるショッピングモールへ行く事にした。
付き合い始めてから、何度か映画や美術館などに行った事はあるけれど、休日を二人で過ごすのはどちらかの部屋が多く、一緒に買い物に行くのは初めてだ。
ショッピングモールに着いて駐車場で車を停めた『政弘さん』は、愛美に細長い包みを差し出した。
「これは……?」
「一日遅れたけど……誕生日おめでとう」
プレゼントは要らないと言ったのに、誕生日を忘れていた事を気にしてくれていたんだなと思いながら、愛美はそれを受け取った。
ゆうべはプレゼントを用意していないと慌てていたのに、今これがあると言うことは、迎えに来る前に買ってきてくれたのだろうか?
「もしかしてこれ……今、買ってきてくれたんですか?」
「うん。買ってきたのは今なんだけど、お客さんの店に挨拶に行った時にね……ショーケースの中に並んでて……」
お客さんの店という言葉に反応して、愛美はまた少しだけ意地悪をしたくなる。
「……佐藤さんと指輪選んでたって噂になった時ですか?」
「うん、まぁ……そんな噂が広まるとは思ってなかったんだけど……結果的にそうなった」
バツの悪そうな『政弘さん』の顔を見て、今のはかなり意地悪だったかなと、愛美はうつむいて笑いを堪えた。
「俺は佐藤さんと着ける指輪を選んでたんじゃなくて……愛美にあげたいなぁって思いながらアクセサリー見てたんだよ」
「そうなんですか?」
「うん……。店先のショーケースでこれ見つけてさ……すごく綺麗で愛美に似合いそうだし、こういうのあげたら喜んでくれるかなぁって」
「仕事中にそんな事考えてたんですね」
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