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完全降伏宣言
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愛美はコンビニで支払いを終え、ついでに明日の朝食用のパンを買ってマンションに戻った。
エレベーターを降りて廊下を歩いていると、自宅のドアの前で誰かがうずくまっている事に気付いた。
(あれ、もしかして……)
その人は小さな子どものようにうずくまり、膝を抱えた腕の中に顔をうずめている。
仕事着のスーツ姿のままだけれど、それは間違いなく『政弘さん』だ。
愛美はゆっくりと近付いた。
『政弘さん』は肩を震わせ、小さくしゃくりあげているようだった。
「政弘さん……?」
声を掛けると、『政弘さん』は慌てて手の甲でごしごしと目元を拭って顔を上げた。
「愛美……!」
目元を涙の跡でいっぱいにして、赤くなった目を潤ませている『政弘さん』の姿に、愛美は驚いてキョトンとしている。
「どうしたんですか?あの後、二次会に行ったんじゃ……」
『政弘さん』は立ち上がり、愛美を強く抱きしめて肩口に顔をうずめた。
「俺の子じゃないの?」
「えっ?!」
(なんの事?!)
『政弘さん』の唐突な言葉の意味がわからず、愛美は眉間にシワを寄せて首をかしげる。
「もう愛美を泣かせたりしない。つまらない意地を張るのも、試すのもやめるから……あいつと結婚なんかしないでよ……。お腹の子があいつの子でも、俺が父親になるから」
「えぇっ?!」
(あいつって……もしかして健太郎の事?!それに父親って何?!)
何がどうなってそんな話になっているのか、話がまったく見えて来ない。
しかし『政弘さん』は、すがりつくように必死で愛美を抱きしめる。
「あの……ここじゃなんですし、とりあえず中に入りましょう」
部屋に入ると、愛美は困惑しながらも、とりあえず温かいコーヒーでも淹れようとキッチンに立った。
『政弘さん』はラグの上に座り、所在なさげにうつむいている。
愛美はキッチンからその様子を窺いながら、頭の中を整理しようとした。
(えーっと……私、健太郎と結婚するの?しかも健太郎の子を妊娠してるって?)
健太郎と再会してからの記憶をかき集めると、『政弘さん』が誤解している理由はなんとなくわかった。
足を捻挫した時に、健太郎がふざけて『責任を取る』と言った。
健太郎のせいで足を捻挫したから、健太郎に連れられて病院に行っただけなのに、話が大きく飛躍して産婦人科に連れて行かれた事になり、愛美が健太郎の子を妊娠したから、健太郎が責任を取って結婚するという話になっているのだろう。
噂の出所は、あの時そばにいて声を掛けてきた第一支部の職員に違いない。
(ただの勘違いが背ヒレ尾ヒレつけて、どえらいことになっちゃってるよ……)
どこでそんな噂を耳にしたのかは知らないけれど、『政弘さん』は愛美と健太郎の仲を怪しんでいたし、最近ろくに話をしていなかったからか、『政弘さん』は疑いもせずその噂を信じているようだ。
(健太郎とはただの幼馴染みだって言ったのに。…って言うか、試すのやめるって何?私、試されてたの?私の事、信じてないのかなぁ……)
『政弘さん』が試すのなら、自分もちょっと試してみようか。
職場で露骨に避けられ、佐藤さんと仲良さげにしている所を見せ付けられた仕返しくらいしても、きっと許されるはずだ。
愛美の胸に、ほんの小さな復讐心がむくむくとわき上がる。
愛美は冷蔵庫から牛乳を取り出し、小鍋に注いで温め始めた。
それから数分後、愛美は温かいカフェオレの入ったマグカップを『政弘さん』の前に置いた。
「どうぞ。とりあえずこれでも飲んで、落ち着いて下さい」
「……カフェオレ?」
カップの中身を見た『政弘さん』は、いつもは普通のコーヒーを出すのに、今日はなぜカフェオレなのかと言いたげな顔をしている。
「嫌いですか?」
「いや……そんな事はないけど、珍しいなと思って」
愛美もマグカップをテーブルに置いて、『政弘さん』の向かいに座った。
愛美のカップの中を見た『政弘さん』は、また意外そうな顔をした。
「ホットミルク?」
「温まるし、体に優しいかなと思ったんですけど……何か?」
「……なんでもない」
愛美の妊娠を疑っている『政弘さん』は、愛美が体を気遣い、ホットミルクを飲む所を初めて見て動揺している。
しばらくうつむいたまま黙ってカフェオレを飲んでいた『政弘さん』が、カップをテーブルに置いて、ためらいがちに愛美を見た。
「さっきの話だけど……ホント?」
「……結婚しようって」
「あいつに言われたの?」
「絶対幸せにするから結婚してくれって言われました」
その言葉がよほどショックだったのか 、『政弘さん』は放心状態で目を見開き、ガックリと肩を落とした。
そして、しばらく手元をじっと見つめたまま黙り込んでいた『政弘さん』が顔を上げた。
「俺だって……俺だって、愛美を幸せにしたいって思ってる!!絶対に愛美は渡さない!!」
「でも……政弘さんは佐藤さんの方がいいんでしょう?佐藤さんが支部に来てから、私なんかには見向きもしなくなったし……。それに……二人で仲良く指輪を選んでたって聞きましたけど……」
愛美の言葉を聞いた『政弘さん』は、慌てた様子で首を横に振った。
エレベーターを降りて廊下を歩いていると、自宅のドアの前で誰かがうずくまっている事に気付いた。
(あれ、もしかして……)
その人は小さな子どものようにうずくまり、膝を抱えた腕の中に顔をうずめている。
仕事着のスーツ姿のままだけれど、それは間違いなく『政弘さん』だ。
愛美はゆっくりと近付いた。
『政弘さん』は肩を震わせ、小さくしゃくりあげているようだった。
「政弘さん……?」
声を掛けると、『政弘さん』は慌てて手の甲でごしごしと目元を拭って顔を上げた。
「愛美……!」
目元を涙の跡でいっぱいにして、赤くなった目を潤ませている『政弘さん』の姿に、愛美は驚いてキョトンとしている。
「どうしたんですか?あの後、二次会に行ったんじゃ……」
『政弘さん』は立ち上がり、愛美を強く抱きしめて肩口に顔をうずめた。
「俺の子じゃないの?」
「えっ?!」
(なんの事?!)
『政弘さん』の唐突な言葉の意味がわからず、愛美は眉間にシワを寄せて首をかしげる。
「もう愛美を泣かせたりしない。つまらない意地を張るのも、試すのもやめるから……あいつと結婚なんかしないでよ……。お腹の子があいつの子でも、俺が父親になるから」
「えぇっ?!」
(あいつって……もしかして健太郎の事?!それに父親って何?!)
何がどうなってそんな話になっているのか、話がまったく見えて来ない。
しかし『政弘さん』は、すがりつくように必死で愛美を抱きしめる。
「あの……ここじゃなんですし、とりあえず中に入りましょう」
部屋に入ると、愛美は困惑しながらも、とりあえず温かいコーヒーでも淹れようとキッチンに立った。
『政弘さん』はラグの上に座り、所在なさげにうつむいている。
愛美はキッチンからその様子を窺いながら、頭の中を整理しようとした。
(えーっと……私、健太郎と結婚するの?しかも健太郎の子を妊娠してるって?)
健太郎と再会してからの記憶をかき集めると、『政弘さん』が誤解している理由はなんとなくわかった。
足を捻挫した時に、健太郎がふざけて『責任を取る』と言った。
健太郎のせいで足を捻挫したから、健太郎に連れられて病院に行っただけなのに、話が大きく飛躍して産婦人科に連れて行かれた事になり、愛美が健太郎の子を妊娠したから、健太郎が責任を取って結婚するという話になっているのだろう。
噂の出所は、あの時そばにいて声を掛けてきた第一支部の職員に違いない。
(ただの勘違いが背ヒレ尾ヒレつけて、どえらいことになっちゃってるよ……)
どこでそんな噂を耳にしたのかは知らないけれど、『政弘さん』は愛美と健太郎の仲を怪しんでいたし、最近ろくに話をしていなかったからか、『政弘さん』は疑いもせずその噂を信じているようだ。
(健太郎とはただの幼馴染みだって言ったのに。…って言うか、試すのやめるって何?私、試されてたの?私の事、信じてないのかなぁ……)
『政弘さん』が試すのなら、自分もちょっと試してみようか。
職場で露骨に避けられ、佐藤さんと仲良さげにしている所を見せ付けられた仕返しくらいしても、きっと許されるはずだ。
愛美の胸に、ほんの小さな復讐心がむくむくとわき上がる。
愛美は冷蔵庫から牛乳を取り出し、小鍋に注いで温め始めた。
それから数分後、愛美は温かいカフェオレの入ったマグカップを『政弘さん』の前に置いた。
「どうぞ。とりあえずこれでも飲んで、落ち着いて下さい」
「……カフェオレ?」
カップの中身を見た『政弘さん』は、いつもは普通のコーヒーを出すのに、今日はなぜカフェオレなのかと言いたげな顔をしている。
「嫌いですか?」
「いや……そんな事はないけど、珍しいなと思って」
愛美もマグカップをテーブルに置いて、『政弘さん』の向かいに座った。
愛美のカップの中を見た『政弘さん』は、また意外そうな顔をした。
「ホットミルク?」
「温まるし、体に優しいかなと思ったんですけど……何か?」
「……なんでもない」
愛美の妊娠を疑っている『政弘さん』は、愛美が体を気遣い、ホットミルクを飲む所を初めて見て動揺している。
しばらくうつむいたまま黙ってカフェオレを飲んでいた『政弘さん』が、カップをテーブルに置いて、ためらいがちに愛美を見た。
「さっきの話だけど……ホント?」
「……結婚しようって」
「あいつに言われたの?」
「絶対幸せにするから結婚してくれって言われました」
その言葉がよほどショックだったのか 、『政弘さん』は放心状態で目を見開き、ガックリと肩を落とした。
そして、しばらく手元をじっと見つめたまま黙り込んでいた『政弘さん』が顔を上げた。
「俺だって……俺だって、愛美を幸せにしたいって思ってる!!絶対に愛美は渡さない!!」
「でも……政弘さんは佐藤さんの方がいいんでしょう?佐藤さんが支部に来てから、私なんかには見向きもしなくなったし……。それに……二人で仲良く指輪を選んでたって聞きましたけど……」
愛美の言葉を聞いた『政弘さん』は、慌てた様子で首を横に振った。
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