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独り歩きする噂

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翌日。
愛美は無表情でパソコンに向かっていた。
特に入力する作業があるわけでもないが、もう何度も確認した支社からの連絡のページを意味もなく開いてみたりする。

   (暇だ……)

健太郎は今日も当たり前のようにお弁当を届けに来た。
もういいと言ったのにと愛美が文句を言うと、健太郎は弁当くらい作らせろと笑っていた。
緒川支部長は今日も朝から佐藤さんに付きっきりだ。
支部にいる時も佐藤さんのそばにいて仕事を教え、時間になると佐藤さんと一緒に支部を出て行った。
佐藤さんは今日も変わらず綺麗で、そばを通り過ぎた時にはいい香りがした。

緒川支部長は、午前中は佐藤さんの地区のお客さん宅を訪問して、午後は会議室で営業部の新人研修をして、夕方からは緒川支部長のお客さん宅を訪問した後、直帰するそうだ。
直帰するという事はかなり遅くなるのだろう。
明日は一日中、支社で会議と研修があるので、支部には来ないと言っていた。
それを考えると、今日の夜に会いたいと言うのはやめた方が良さそうだ。

仕事の後だけではなく、仕事中でさえ、同じ職場にいてもまともに顔を合わさないし、ろくに会話もしない。
今日、緒川支部長が唯一愛美に声を掛けた事と言えば、『慰安旅行の詳細をコピーして、支部の職員に配布しといて』の一言だけ。
仕事中の緒川支部長が無愛想なのはいつもの事なのに、佐藤さんに対する態度と比べると、自分にはわざと特別冷たくしているんじゃないかと思ってしまう。

暇を持て余して、商品チラシに社判を押してみたりもした。

   (暇だな……。暇すぎて余計な事ばっかり考えちゃう……。誰か契約取ってきて、私に仕事させてよ……)



ちょうどその頃。
『居酒屋 やまねこ』の隣の喫茶店では、噂好きな第一支部のオバサマたちが『チームミーティング』と称して、モーニングを食べながらマシンガントークを繰り広げていた。

「ねえ、あの噂やっぱり本当なんじゃない?」
「あの噂って?」
「菅谷さんの事よー」
「ああ、やまねこのオーナーと結婚とか?」
「それに妊娠してるって!」
「オーナーが責任取るって、菅谷さん抱いて病院に連れてったらしいね」
「最近、菅谷さんヒール履いてないの。靴下とペッタンコの靴履いてる。昨日チラッと覗いた時は、膝掛けしてた」
「夕べやまねこで飲んでたら菅谷さんがいて、お酒も飲まずに、レモンとか酢の物とか、やたら酸っぱい物ばっかり食べてたよ」
「やっぱり妊娠?」
「あと、オーナーも一緒になって、ウエディングドレスはこれにしようとか言ってたわ」
「友達もいてね。式場のテーブルがどうとかお花がどうとか、かなり具体的な事話してた」
「結婚式の相談してたのね!」
「オーナーは菅谷さんにベタ惚れだもんね。毎日弁当届けに来てるってよ」
「夕べもラブラブだったもんねえ。オーナー、人目も気にせず菅谷さんを抱きしめたりしてさぁ。途中で店抜けてまで送って行ってたし」
「子供は3人は欲しいとか言ってたわね!」
「菅谷さん、いい男捕まえたわねぇ」



その店の奥の目立たない席で、金井さん、赤木さん、宮本さん、竹山さんの4人は、コーヒーを飲みながら第一支部の職員たちの声を聞いていた。

「どういう事?宮本さん知ってた?」
「知らない」
「病院って……足を捻挫した時よね?」
「菅谷さんが妊娠って……なんかおかしな話になってるけど……」
「菅谷さん、ホントにオーナーと結婚するのかしら?」

4人は首をかしげたり腕組みをしたりして考える。

「支部長はこの事知ってると思う?」
「さぁ……」
「もし支部長が知ったら、ショックでおかしくなるんじゃないの?」
「支部長、菅谷さん好きだもんねぇ」
「もしかしたら……菅谷さんとオーナーが結婚するの知って、佐藤さんに乗り換えたとか?」
「まさか……。仕事で同行してるだけでしょ」
「昔付き合ってたとか言ってたし……。それに、支部長が私たちに同行して外で一緒に食事なんかしたことある?」
「……ないわね」
「前に菅谷さんに好きなタイプを聞いた事があるんだけどね。決まった時間に仕事終わって早く帰って来られて、休みの日は休めて、一緒にいてくれる優しい人がいいって」
「支部長と正反対……」
「オーナーもそうじゃない?」
「そこはでもホラ、自分の店だから。人も雇ってるんだしなんとかなるんでしょ?」
「オーナーが有利かしら?」
「支部長、失恋しちゃうかも」
「とりあえず……確かめてみないと、ホントか嘘かわからないわね」



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