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昔の恋人、今の想い

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健太郎の運転する車は、愛美の道案内で夜の街を走る。

「なんか不思議な感じ。健太郎の車に乗せてもらうの、初めてじゃない?」
「そうだなぁ。高校の卒業前から春休みに掛けて免許だけは取ったけど、専門学校に行ってた時は金なかったし、働き出したら死ぬほど忙しくて、金使う暇もなかったな。そのおかげで金が貯まったし、仕事に慣れてやっと少し時間にも余裕ができて……3年くらい前に車買ったら、車通勤できるようになってラクになった」

健太郎は前を向いて、運転しながら話す。
その横顔を見ると、やっぱり健太郎もあの頃より大人になったなと愛美は思う。

「ふーん……。ずっと会ってなかったから、そういう話も初めて聞く」
「あぁ……確かに会ってなかったな。どうしてるかなとは思ってたけど……」

信号待ちで、健太郎はジャンパーのポケットからタバコを取り出して口にくわえた。
火をつけかけて、助手席の愛美を見る。

「あ……タバコいやか?」
「うん?まぁ……別にいいけど」
「……やっぱいいや。愛美送ってからにする」

健太郎はタバコを箱の中に戻し、ライターと一緒にポケットにしまう。

「やっぱり変な感じ」
「ん?」
「感覚的には高校生くらいで止まってるのに、会ってないうちに、やっぱり大人になったんだなぁって」
「そりゃそうだろ。俺らもう27だぞ?いつまでもガキの頃と同じなわけがない」
「高校生くらいの頃は、27歳ってもっと大人だと思ってたけど、そうでもないね」
「たしかにな」

愛美のマンションの前に車を停めると、健太郎はゆっくりと愛美の方を見た。

「あんま無理すんなよな」
「うん、ありがとう。助かった。じゃあ……」

車を降りようとドアに手を掛けた愛美を、健太郎は後ろから抱きしめた。

「愛美、俺と結婚してくれ」

健太郎の唐突な一言に、またふざけているのかと、愛美は大きなため息をついた。

「冗談やめてよ。朝も言ったけど……もうさ、いい加減ふざけるのやめて。いろいろ噂されたり変な誤解されたり、プライベートな事詮索されたりさ……職場でそういうの、私すごくイヤなんだ」

抱きしめる手をほどこうとした愛美を、健太郎は更に強く抱きしめた。

「ふざけてないし、冗談でもない。俺は愛美が好きだ」
「……え?」
「昔だってホントは……ずっと愛美が好きだったから付き合おうって言ったんだ」

   (嘘でしょ?今になってそれを言う?)


あの頃健太郎は、『周りも彼女持ちが増えたし、俺もそろそろ彼女が欲しい』とよく言っていた。
思春期の性欲旺盛な年頃だし、どうせ女の子の裸を見たいとか触りたいとかそんな理由で、手近にいた幼馴染みの自分に付き合おうと言ったのだろうと、愛美は思っていた。
愛美だって異性に興味がなかったわけではないし、気心の知れた健太郎なら付き合ってみてもいいかなと、なんなとなくOKした。
だけど付き合ってまもなく、その関係が幼馴染みから男と女に変わった時に初めて後悔した。
悩んだ末、愛美が意を決して『もうやめよう』と言った時、健太郎はすんなりそれを聞き入れてくれた。
お互いに本気で恋愛していたわけでもない。
女の子がどんな物かわかって満足したから、健太郎はまた元のように幼馴染みに戻ろうと言ったのかもと、愛美は思っていた。


「幼馴染みとしてじゃなくて……愛美の特別な男になりたかった。愛美が望むなら仕方ないってまた幼馴染みのふりしてたけど……やっぱり俺は愛美が欲しい」
「……離して」
「イヤだ。今度こそ、体だけじゃなくて心も全部、愛美を俺のものにしたい」

健太郎は愛美の体をシートに押さえつけ、真剣な目で愛美の目をじっと見つめた。

「愛美、俺と結婚してくれ。絶対に幸せにするから……」

愛美は目をそらさないように、健太郎の目を見つめ返した。

「私にも好きな人が……ずっと大切にしたい人がいるから、健太郎とは結婚できない」
「その男よりずっと愛美を愛して大事にする。だから俺の事好きになれ」

愛美はゆっくりと首を横に振る。

「健太郎がどれだけ愛してくれても、私は健太郎に恋愛感情持てないもん」
「……なんで?」
「昔さ……付き合いだしたら当たり前みたいにキスとかそれ以上の関係になって……心と体がバラバラになったみたいで、すごく苦しかった」
「そんな事思いながら俺に抱かれてたの?」
「だって……男の子と付き合ったのも初めてだったし、断ったら嫌われるかもとか……。別れようって言ったら、もう幼馴染みとしても一緒にいられなくなるかもって……」

健太郎は愛美の肩に額を乗せて、大きなため息をついた。

「そっか……昔も今も完全に俺の片想いか……」

顔を上げた健太郎は、少し寂しそうに笑って愛美の頭を撫でた。

「無理してんの気付いてやれなくて、悪かったな。でも俺はマジで愛美が好きだった」
「うん」
「ただ彼女が欲しかったとか、やらせてくれる女なら誰でも良かったとかじゃないからな」
「わかったから」

愛美は穏やかに笑って、健太郎の頭をクシャクシャと撫でた。

「遠慮なく言いたい事言えるのも、一緒にいて子供みたいにはしゃげるのも、健太郎が小さい頃から信頼してる幼馴染みだからだよ」
「……それってさ、もう完全に見込みないからあきらめろって言ってる?俺、愛美の事本気で好きなんだけど?」
「ん?うん……。気持ちは嬉しいけど、私には好きな人がいるからね……」
「それって、緒川さん?」
「……うん……」
「そっか」



自宅に戻った愛美は、シャワーを済ませベッドに寝転がって天井を眺めた。

   (やっぱり私は、政弘さんが好き……。他の人じゃダメなんだよね……)

素直に甘えられるかわいい女になるのは、自分には難しいかも知れない。
だけど自分の正直な気持ちを伝える事ならできるだろうか?

   (好きな人のために、少しでも綺麗になる努力から始めてみようかな……)

いつもより入念にスキンケアをした。
ベッドサイドの引き出しからハンドクリームを取り出して、少し荒れた手に塗り込んだ。
それで急に綺麗になれるわけではないけれど、明日の夜は思いきって『政弘さん』に、会いたいと言ってみようと愛美は思った。




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