オフィスにラブは落ちてねぇ!! 2

櫻井音衣

文字の大きさ
上 下
12 / 57
弱い男の嫉妬と自己嫌悪

しおりを挟む
「俺は愛美が好きだったから別れたくはなかったけど……気まずくなって幼馴染みでもいられなくなるのはもっといやだったんで、そうしようって。これまで通り幼馴染みでいるのが一番いいよなって言いました」
「ふーん……。今は?まだ菅谷の事、好きか?」
「高校卒業して俺は専門学校に進んで、愛美は大学生になって……。あきらめたつもりだったんですけどね」

健太郎の言葉に、緒川支部長の眉がピクリと動いた。

「……つもり?」
「久しぶりに会ったら、随分綺麗になっててビックリしましたよ。でも中身は昔のままで……。やっぱり愛美の事が好きだって思いました」

健太郎は挑発的な目で緒川支部長をまっすぐに見た。

「また会えたのも、すぐ近くに店を出す事になったのも何かの縁だし、本気で愛美を口説くつもりです。もし付き合ってる男がいても負けません。今度こそちゃんと俺のものにします」

その鋭い視線に耐えかねた緒川支部長は、思わず目をそらした。

   (こいつ……俺に言ってる……?)

緒川支部長はその視線の意味に気付かないふりで、グラスの日本酒を一気に飲み干し席を立った。

「ちょっと飲みすぎたな……。ご馳走さま、うまかった。そろそろ帰るよ」
「また来て下さいね」

店を出て駅に向かって歩きながら、緒川支部長は奥歯をギュッと噛み締めた。
つい今しがた宣戦布告をしておきながら、しれっとした顔で笑っている健太郎に、言い様のない恐怖を感じた。

   (あんな事を言われても何も言い返せないなんて……。俺ホント情けない……)

愛美を想う気持ちなら誰にも負けないはずなのに、愛美は誰にも渡さないと言えなかった。
愛美は昔からそばにいた健太郎にはすべてをさらけ出せても、自分に対してはわがままのひとつも言ってくれない事が、もう既に負けているのかも知れないと思わせた。

   (もしも付き合ってるのがあいつなら、文句もわがままも言えるのか……?素直に甘えたりもできるのか……?)

だけど自分自身もまた、愛美に嫌われるのが怖くて、隠している部分がたくさんある。
本当は毎日でも会いたいし、朝も夜もずっと一緒にいたい。
愛美に近付く男がいれば狂いそうなほど嫉妬もするし、誰にも触れさせないように閉じ込めてしまいたいと思うほどの独占欲もある。
だけどつまらない嫉妬心を剥き出しにして束縛なんかしたら、愛美は愛想をつかして離れていくかも知れない。
今は、愛美に嫌われる事が何よりも怖い。
長い片想いの末にやっと手に入れた愛美を、何があっても失いたくない。
こんな情けない自分を知っても、愛美は他の誰よりも愛してくれるだろうか?



激しい嫉妬と自分への嫌悪感に苛まれながら自宅に帰りついた緒川支部長は、倒れ込むようにしてソファーに身を投げ出した。

   (愛美に会いたい……。あいつのとこになんか行くんじゃなかった……)

今からでも酔った勢いに任せて、タクシーを拾って愛美の家に行こうか。
どうしても会いたかったと言えば、愛美は笑って抱きしめてくれるだろうか?

   (愛美……こんなカッコ悪い俺でも、好きだって……愛してるって……言ってくれる?)

スマホを取り出して愛美の電話番号を画面に写し出し、思いきって電話を掛けた。
呼び出し音をひとつ聞くたびに、醜い感情で熱くなっていた頭が冷えていく。

『もしもし……?』

呼び出し音が途切れ愛美の声を耳にした途端、緒川支部長は取り繕うようにしていつもの『政弘さん』を演じた。

「愛美……今帰ってきたよ」
『お疲れ様です。飲みすぎてませんか?』
「少し、飲みすぎたかも……」
『大丈夫ですか?』

少し心配そうな声で愛美が尋ねた。
緒川支部長は、弱い自分を愛美にさらけ出したい衝動を必死で抑える。

   (全然大丈夫なんかじゃないんだ。ホントは今すぐ愛美に会いたい……)

喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、いつものように振る舞った。

「うん……大丈夫。明日も出勤しないといけないから、早めに寝るよ。明日仕事が早く終わったら行っていい?」
『明日、待ってます。今日はゆっくり休んで下さいね』
「うん……今日は会えなくてごめんね」

営業部長に誘われたと嘘をついた後ろめたさなのか、会いに行けなかった事への申し訳なさからなのか、気がつけば自然と謝っていた。

『仕方ないですよ。上司とのお付き合いも大事ですもんね』
「うん……。じゃあ、おやすみ」
『おやすみなさい』

電話を切った後、緒川支部長は意味もなくしばらくの間スマホを眺めていた。

   (寂しかったとか、会いたかったのにとか、言ってくれないんだな……)

おもむろに立ち上がり、握りしめていたスマホをソファーに投げつけた。
苛立たしげにネクタイを外して、グシャグシャに髪をかき乱す。

   (仕方ないってなんだよ……。いつも会いたいって思ってるの、俺だけ……?)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

完全無欠な学園の貴公子は、夢追い令嬢を絡め取る

小桜
恋愛
伯爵令嬢フランシーナ・アントンは、真面目だけが取り柄の才女。 将来の夢である、城勤めの事務官を目指して勉強漬けの日々を送っていた。 その甲斐あって試験の順位は毎回一位を死守しているのだが、二位にも毎回、同じ男の名前が並ぶ。 侯爵令息エドゥアルド・ロブレスーー学園の代表、文武両道、容姿端麗。 学園の貴公子と呼ばれ、なにごとにも完璧な男だ。 地味なフランシーナと、完全無欠なエドゥアルド。 接点といえば試験の後の会話だけ。 まさか自分が、そんな彼と取引をしてしまうなんて。 夢に向かって突き進む鈍感令嬢フランシーナと、不器用なツンデレ優等生エドゥアルドのお話。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣
恋愛
会社は賃金を得るために 労働する場所であって、 異性との出会いや恋愛を求めて 来る場所ではない。 そこにあるのは 仕事としがらみと 面倒な人間関係だけだ。 『オフィスにはラブなんて落ちていない』 それが持論。 過去のつらい恋愛経験で心が荒み、 顔で笑っていつも心で毒を吐く ある保険会社の支部に勤める内勤事務員 菅谷 愛美 26歳 独身。 好みのタイプは 真面目で優しくて性格の穏やかな 草食系眼鏡男子。 とにかく俺様タイプの男は大嫌い!! この上なく大嫌いな 無駄にデカくて胡散臭い イケメンエリート俺様上司から、 彼女になれと一方的に言われ……。 あの男だけは、絶対にイヤだ!!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

処理中です...