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弱い男の嫉妬と自己嫌悪
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緒川支部長は、厨房で手早く料理を作っている健太郎を見ながらため息をついた。
(なんでよりによってこいつと晩飯……?)
なりゆきとは言え断り切れず、健太郎と一緒に夕飯を食べる事になってしまった。
緒川支部長はスーツの内ポケットからスマホを取り出し、【営業部長に飲みに行こうと誘われたから今日は帰りが遅くなる】と愛美にメッセージを送った。
嘘をつく必要などないのかも知れないが、健太郎と一緒にいるとは、なんとなく言いづらい。
(晩飯食ったらさっさと帰ろう……)
【お疲れ様です。
飲みすぎないように気を付けて下さいね】
愛美からの返信は短く、感情も感じられず、恋人ではなく上司に送るメールのようだった。
(遅くなってもいいから来て、とか……たまには言ってくれないかな……)
しばらくすると、健太郎は手際良く作った料理をテーブルの上に並べた。
「試作品の材料の残りで作ったんで、たいしたものはないんですけど……」
「いや、じゅうぶんだよ。この短時間でこんなに作れるなんて、さすがはプロだな」
「緒川さん独身ですよね?料理はしますか?」
「いや、料理はまったく。この歳になって恥ずかしいけど、米も炊いた事ないよ。やっぱり少しくらいはできた方がいいかな」
取り皿と箸を手渡しながら健太郎は笑う。
「緒川さんモテそうだから、毎日手料理を食べて欲しいって言う女性の一人や二人、いるでしょう」
「どうかな……。そう思ってもらえるといいんだけど」
(俺が料理できないのを愛美がどう思ってるかなんて、聞いた事ないよ)
料理がまったくできない自分にとって、料理では健太郎に対して勝ち目がない。
プロの腕前には敵わなくても、いずれ結婚した時のために、やっぱり少しくらいは料理を覚えた方が良さそうだ。
「あ、そうだ」
健太郎はカウンターの奥から酒瓶を取り出し、緒川支部長にそのラベルを見せた。
「これ、試飲用にもらったんですけどね、うまいんですよ。一杯どうです?」
「車だから酒は……」
(いや、待てよ……。シラフじゃとても間が持てないんじゃないか?)
元々人見知りで大人しい性格の緒川支部長にとって、仕事でもないのに知り合ったばかりの相手とシラフで向かい合って食事をするなど、ハードルが高すぎる。
(今日は車置いて帰ればいいか……)
「やっぱりせっかくだからいただこうかな。今日は車置いて電車で帰るよ」
それから緒川支部長は、勧められた日本酒を飲みながら、健太郎の作った料理を食べた。
並べられた料理はどれも、あるもので適当に作ったとは思えない美味しさだった。
(うまっ……。やっぱりプロだ……)
陽気に笑いながらよくしゃべる健太郎は、自分とは正反対の性格だと緒川支部長は思う。
自分もこんなふうに誰とでも打ち解けられる性格だったなら、もう少し明るい学生時代を送れたのかもしれない。
(俺は人見知りで友達も少なかったし、大学生になるまで彼女もできなかったな……。こいつはきっと昔からモテたんだろうな……。見た目もいいし……)
軽い酔いも手伝って、明るく自信ありげな健太郎と素の自分を比べ落ち込んでしまう。
こんな男がずっと近くにいて、愛美は幼馴染み以上の感情を抱かなかったのだろうか?
(こいつは愛美の事、どう思ってるんだ……?)
健太郎は緒川支部長のグラスに並々と日本酒を注いで、前掛けのポケットからタバコを取り出した。
「緒川さんはタバコ吸わないんですか?」
「ああ、うん。俺は吸わないけど。どうぞ」
「すみません。じゃあ失礼して……」
タバコに火をつける手付きに、どこか並々ならぬ色気を感じる。
(相当の手練れだな、こいつ……)
緒川支部長は酔いのまわった頭でぼんやりとそんな事を考えながら、また日本酒を飲んだ。
「菅谷とは幼馴染みなんだろ?」
無意識のうちにそんな言葉がこぼれ落ちた。
健太郎は少し驚いた様子で緒川支部長を見た。
「そうですよ。家も近所だし、幼稚園から高校まで、ずっと一緒でした」
「ふーん……。ホントにただの幼馴染み?昔付き合ってたんじゃないの?」
(何言ってんだ、俺?)
酔ったせいで頭と口がバラバラに動く。
健太郎は笑ってタバコの煙を吐き出した。
「どうでしょうね。付き合ってたと言えば付き合ってたし、付き合ってないと言えば付き合ってない」
曖昧な健太郎の返事に、緒川支部長は怪訝な顔をした。
(なんだそれ?)
「幼稚園から高校までずっと仲の良かった幼馴染みが他にも3人いてね。その中でも愛美とは一番仲が良くて。高校生の時に、俺達付き合っちゃおうかってなった事があるんです」
「ふーん……」
(やっぱあるのか……)
「でもいざ付き合ってみると変に意識して、ギクシャクしてうまくいかなくなっちゃったんですよね。1か月も経たないうちに、愛美がやっぱりやめようって」
健太郎はタバコの火を灰皿の上でもみ消して、ため息混じりに煙を吐き出した。
(なんでよりによってこいつと晩飯……?)
なりゆきとは言え断り切れず、健太郎と一緒に夕飯を食べる事になってしまった。
緒川支部長はスーツの内ポケットからスマホを取り出し、【営業部長に飲みに行こうと誘われたから今日は帰りが遅くなる】と愛美にメッセージを送った。
嘘をつく必要などないのかも知れないが、健太郎と一緒にいるとは、なんとなく言いづらい。
(晩飯食ったらさっさと帰ろう……)
【お疲れ様です。
飲みすぎないように気を付けて下さいね】
愛美からの返信は短く、感情も感じられず、恋人ではなく上司に送るメールのようだった。
(遅くなってもいいから来て、とか……たまには言ってくれないかな……)
しばらくすると、健太郎は手際良く作った料理をテーブルの上に並べた。
「試作品の材料の残りで作ったんで、たいしたものはないんですけど……」
「いや、じゅうぶんだよ。この短時間でこんなに作れるなんて、さすがはプロだな」
「緒川さん独身ですよね?料理はしますか?」
「いや、料理はまったく。この歳になって恥ずかしいけど、米も炊いた事ないよ。やっぱり少しくらいはできた方がいいかな」
取り皿と箸を手渡しながら健太郎は笑う。
「緒川さんモテそうだから、毎日手料理を食べて欲しいって言う女性の一人や二人、いるでしょう」
「どうかな……。そう思ってもらえるといいんだけど」
(俺が料理できないのを愛美がどう思ってるかなんて、聞いた事ないよ)
料理がまったくできない自分にとって、料理では健太郎に対して勝ち目がない。
プロの腕前には敵わなくても、いずれ結婚した時のために、やっぱり少しくらいは料理を覚えた方が良さそうだ。
「あ、そうだ」
健太郎はカウンターの奥から酒瓶を取り出し、緒川支部長にそのラベルを見せた。
「これ、試飲用にもらったんですけどね、うまいんですよ。一杯どうです?」
「車だから酒は……」
(いや、待てよ……。シラフじゃとても間が持てないんじゃないか?)
元々人見知りで大人しい性格の緒川支部長にとって、仕事でもないのに知り合ったばかりの相手とシラフで向かい合って食事をするなど、ハードルが高すぎる。
(今日は車置いて帰ればいいか……)
「やっぱりせっかくだからいただこうかな。今日は車置いて電車で帰るよ」
それから緒川支部長は、勧められた日本酒を飲みながら、健太郎の作った料理を食べた。
並べられた料理はどれも、あるもので適当に作ったとは思えない美味しさだった。
(うまっ……。やっぱりプロだ……)
陽気に笑いながらよくしゃべる健太郎は、自分とは正反対の性格だと緒川支部長は思う。
自分もこんなふうに誰とでも打ち解けられる性格だったなら、もう少し明るい学生時代を送れたのかもしれない。
(俺は人見知りで友達も少なかったし、大学生になるまで彼女もできなかったな……。こいつはきっと昔からモテたんだろうな……。見た目もいいし……)
軽い酔いも手伝って、明るく自信ありげな健太郎と素の自分を比べ落ち込んでしまう。
こんな男がずっと近くにいて、愛美は幼馴染み以上の感情を抱かなかったのだろうか?
(こいつは愛美の事、どう思ってるんだ……?)
健太郎は緒川支部長のグラスに並々と日本酒を注いで、前掛けのポケットからタバコを取り出した。
「緒川さんはタバコ吸わないんですか?」
「ああ、うん。俺は吸わないけど。どうぞ」
「すみません。じゃあ失礼して……」
タバコに火をつける手付きに、どこか並々ならぬ色気を感じる。
(相当の手練れだな、こいつ……)
緒川支部長は酔いのまわった頭でぼんやりとそんな事を考えながら、また日本酒を飲んだ。
「菅谷とは幼馴染みなんだろ?」
無意識のうちにそんな言葉がこぼれ落ちた。
健太郎は少し驚いた様子で緒川支部長を見た。
「そうですよ。家も近所だし、幼稚園から高校まで、ずっと一緒でした」
「ふーん……。ホントにただの幼馴染み?昔付き合ってたんじゃないの?」
(何言ってんだ、俺?)
酔ったせいで頭と口がバラバラに動く。
健太郎は笑ってタバコの煙を吐き出した。
「どうでしょうね。付き合ってたと言えば付き合ってたし、付き合ってないと言えば付き合ってない」
曖昧な健太郎の返事に、緒川支部長は怪訝な顔をした。
(なんだそれ?)
「幼稚園から高校までずっと仲の良かった幼馴染みが他にも3人いてね。その中でも愛美とは一番仲が良くて。高校生の時に、俺達付き合っちゃおうかってなった事があるんです」
「ふーん……」
(やっぱあるのか……)
「でもいざ付き合ってみると変に意識して、ギクシャクしてうまくいかなくなっちゃったんですよね。1か月も経たないうちに、愛美がやっぱりやめようって」
健太郎はタバコの火を灰皿の上でもみ消して、ため息混じりに煙を吐き出した。
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