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幼馴染みは料理のできる男

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昼食を終えた緒川支部長は、険しい顔をして給湯室で弁当箱を洗っていた。

   (使い捨てじゃない弁当箱……)

さっき休憩スペースで高瀬FPが不思議そうに呟いた言葉が、なんだかやけに引っ掛かった。

『これ、使い捨てじゃないんですね』

使い捨てじゃないという事は、これを返すために、愛美と健太郎がまた会うという事だ。

   (もしかしてそのために、わざと使い捨てじゃない弁当箱を使ったのか?)

モヤモヤしながら泡をすすいでいると、給湯室横の喫煙スペースから賑やかな笑い声が聞こえてきた。
隣の第一支部に所属している営業職員たちだ。
真面目で堅実な主婦の多い第二支部とは違い、第一支部は派手でやり手のオバサマが多い。

   (相変わらず騒がしいな……)

緒川支部長は、いつになく気に障る大きな笑い声にうんざりしながら、洗い終わった弁当箱を持って支部に戻ろうとした。

「絶対そうだって!!」
「私は幼馴染みだって聞いたけど?」

喫煙スペースから聞こえる大きな声に、思わず緒川支部長の足が止まった。

「あれはただの幼馴染みって感じじゃなかったでしょ!昔付き合ってたんじゃないの?」
「オーナー、菅谷さんの事好きだと思うわ。好きでもない女の子にあんな事しないよねぇ」

   (あんな事ってなんだ?!)

「ねーっ、私も思った!!菅谷さんもまんざらじゃなさそうだったし、あの二人くっつくんじゃない?」

緒川支部長の胸が途端にいやな音をたててざわついた。

   (まさか……)



金曜日。
緒川支部長のデスクの上のデジタル時計が、ピピッと電子音を鳴らして7時ちょうどを知らせた。
それを合図にしたかのように、高瀬FPが鞄を持って席を立つ。

「それじゃあ支部長、お先に失礼します」
「ああ、お疲れ」

忙しかった増産月が終わったばかりなので、営業職員たちの退社時間がいつもより早い。
6時半前には、一番最後まで残っていた赤木さんと宮本さんが退社した。
赤木さんと宮本さんは、明日の朝の訪問のために書類を作成しながら、愛美と健太郎の噂話をしていた。
二人はお似合いだとか、昔付き合っていたんじゃないかとか、健太郎が愛美を抱き寄せて何か言っているのを第一支部の職員が見ただとか。
緒川支部長はそれを気にしないようにしようと無関心を装いながらも、デスクの端に置いた弁当箱が視界に入り余計に苛立っていた。
緒川支部長と愛美が密かに付き合っている事を知っている高瀬FPと峰岸主管は、気の毒そうに緒川支部長を見ていた。
噂話がヒートアップしてなかなか途切れないので、「おしゃべりしてる暇があったら、早く帰って夕飯の支度でもしなさいよ」と峰岸主管がたしなめた。
ようやく赤木さんと宮本さんが退社すると、峰岸主管は緒川支部長の肩をポンポンと叩いて、「支部長、あんな根も葉もない噂なんか気にしちゃダメよ」と笑った。
なんでもないふうを装っていたのに、そんなにわかりやすく不機嫌な顔をしていたのだろうかと、緒川支部長は苦笑いを浮かべた。


峰岸主管に続いて高瀬FPも退社し、支部のオフィスには緒川支部長一人が残った。
支社からの業務連絡を確認した後、緒川支部長は椅子から立ち上がり大きく伸びをして、ブラインドの隙間から営業部の隣のビルを眺めた。
健太郎の店に人が出入りしている事に気付いた緒川支部長は、帰るついでに健太郎に返そうと、弁当箱を鞄に入れ、オフィスの戸締まりをして支部を出た。


『居酒屋  やまねこ』の看板を見ながら店の引き戸を開けると、カウンター席に並べた新品の食器の数を確認していた健太郎が振り返った。

「緒川さんじゃないですか!お疲れ様です、今帰りですか?」
「ああ、うん。帰るついでにこれを渡そうと思って」

緒川支部長が鞄から弁当箱を取り出して手渡すと、健太郎は笑ってそれを受け取った。

「わざわざ洗ってくれたんですか?勝手に持って行ったのにすみません」
「いや……。こちらこそ、ご馳走さま」
「お口に合いましたか」
「どれもうまかったけど……肉野菜炒めが特にうまかった……かな……」

自分の彼女と噂になっている男と、何食わぬ顔をして話している事に妙な違和感を覚えた。
だからと言って、愛美をどう思っているのか突然健太郎に聞くというのもおかしな話だ。
居心地の悪さに耐えかね、もう帰ろうと緒川支部長が思っていると、健太郎が近くにあったテーブル席の椅子を引いた。

「緒川さん、良かったら一緒に晩飯でもどうです?」



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