上 下
9 / 57
幼馴染みは料理のできる男

しおりを挟む
愛美と健太郎が二人で支部を出ると、緒川支部長は小さくため息をついた。
ビニール袋から試作品の入った弁当箱を取り出し、蓋を開けてじっと眺める。
肉野菜炒めに白身魚のフライ、ポテトサラダ。
自分には作れない料理ばかりだ。
割り箸を割って肉野菜炒めを一口食べてみる。

   (うまっ……。料理人だから当たり前かも知れないけど、あいつこんなの作れるんだ……)

宮本さんと竹山さんが言っていたように、料理はまったくできない。
洗濯は休みの日に仕方なくするけれど、ワイシャツはクリーニングに出す。
時間があまりないので、掃除はお掃除ロボットに任せきりで、行き届かない面倒な場所は何か月かに一度、ハウスクリーニング業者に頼む。
家事もろくにできない自分は、共働き夫婦の夫には向いていないかも知れない。

   (愛美は仕事の後に俺が急に訪ねて行っても、文句のひとつも言わずに夕飯を用意してくれるけど……。ホントは愛美も料理ができる男の方がいいのかな……)

緒川支部長はポテトサラダを口に入れてため息をついた。

   (これもうまい……。よく考えたら、俺はいい歳をして米も炊いたことないぞ……)

自分が家事もろくにできないなんて、今まで気にした事もなかった。
だけど、突然現れた幼馴染みの健太郎は、背が高くて顔も良くて、おまけに自分の店を持ち、料理のプロだ。
健太郎が自分の知らない愛美を知っている事に嫉妬を覚えたり、宮本さんたちの『料理ができる男を選んだ方がいい』という言葉に焦りを感じたりする。

   (ホントに付き合っちゃおうかなんて言ってたけど……あいつ、愛美の事が好きなのか……?)

緒川支部長が眉間にシワを寄せながら黙々と弁当を食べ進めていると、目の前にコトリと湯飲みが置かれた。

「支部長、お茶どうぞ」
「高瀬か……。ありがとう。宮本さんたちも出掛けたんだな」

緒川支部長が顔を上げると、高瀬FPも自分の湯飲みをテーブルに置いて椅子に座った。

「支部長、いろいろ気になりますね」
「……そんな事ない」
「そんな事ないって……ずっと眉間にシワが寄ってます」
「あ……」

高瀬FPに指摘され、緒川支部長はバツが悪そうな顔をして指で眉間をさすった。

「高瀬はさぁ……料理とか家事とかできるか?」
「うちは父子家庭だったし、僕は長男なので、学生の頃は僕がほとんどの家事をやってましたよ。家庭料理は一通り作れます」
「すごいな……。俺は33にもなって、米も炊いた事ないよ……」
「あんなのは慣れです。やってみると簡単ですよ。今はネットでなんでも調べられるし」

高瀬FPはなんともなさそうな顔でそう言うけれど、この歳になって自分にもそれができるだろうかと不安になる。

   (できないよりは、できるに越した事はない……か……。やってみようかな……)



一方、健太郎と一緒に支部を出た愛美は、エレベーターで1階に降り、営業所を出た。

「まさか愛美の勤め先の隣とはなぁ」
「こっちの方がビックリしてるよ」
「オープンしたら来いよ」

健太郎は店の前で立ち止まり、愛美の肩に腕をまわした。

「ランチは無理だけどね。あんまり長く支部を離れる訳にはいかないから」
「昼飯、いつもどうしてるんだ?」
「だいたいはそこのお弁当屋で買って支部で食べてる」
「そうなのか?じゃあ……日替わりランチを今日みたいに弁当にして届けてやるよ」

そんな事をされたら、またオバサマたちに何を言われるかわからないと、愛美は慌てて首を横に振った。

「いや……いいよ、そこまでしてくれなくて」
「なんでだよ。どうせ弁当屋で弁当買って食うんだろ?愛美、いつもいくらくらいの弁当買うんだ?」
「400円から500円くらいかな」
「うちのランチ、コーヒー付きで600円なんだけどな。愛美はコーヒーなしで400円でいいから、俺の店のランチ食え。いらない時はいらないって言ってくれりゃいいし」
「ええっ……それは安すぎない……?」
「いいんだよ。よし、決まり。じゃあな」

言いたい事だけ言うと、健太郎は愛美の頭をポンポンと軽く叩いて、さっさと店の中に入っていった。

   (相変わらず強引だな、健太郎は……)

愛美はため息をついて郵便局に向かった。
そんな二人の様子を、隣の支部のオバサマたちが少し離れた所から見ている事に、愛美は気付いていなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オフィスにラブは落ちてねぇ!!

櫻井音衣
恋愛
会社は賃金を得るために 労働する場所であって、 異性との出会いや恋愛を求めて 来る場所ではない。 そこにあるのは 仕事としがらみと 面倒な人間関係だけだ。 『オフィスにはラブなんて落ちていない』 それが持論。 過去のつらい恋愛経験で心が荒み、 顔で笑っていつも心で毒を吐く ある保険会社の支部に勤める内勤事務員 菅谷 愛美 26歳 独身。 好みのタイプは 真面目で優しくて性格の穏やかな 草食系眼鏡男子。 とにかく俺様タイプの男は大嫌い!! この上なく大嫌いな 無駄にデカくて胡散臭い イケメンエリート俺様上司から、 彼女になれと一方的に言われ……。 あの男だけは、絶対にイヤだ!!

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

【完結】元カノ〜俺と彼女の最後の三ヶ月〜

一茅苑呼
恋愛
女って、なんでこんなに面倒くさいんだ。 【身勝手なオトコ✕過去にすがりつくオンナ】    ── あらすじ ── クールでしっかり者の『彼女』と別れたのは三ヶ月前。 今カノの面倒くささに、つい、優しくて物分かりの良い『彼女』との関係をもってしまった俺。 「──バラしてやる、全部」 ゾッとするほど低い声で言ったのは、その、物分かりの良いはずの『彼女』だった……。 ※表紙絵はAIイラストです。 ※他サイトでも公開しています。

身代わりお見合い婚~溺愛社長と子作りミッション~

及川 桜
恋愛
親友に頼まれて身代わりでお見合いしたら…… なんと相手は自社の社長!? 末端平社員だったので社長にバレなかったけれど、 なぜか一夜を共に過ごすことに! いけないとは分かっているのに、どんどん社長に惹かれていって……

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

処理中です...